武学啓蒙 / 論・師を敬い、武器を手入れする日々
せらるゝやうにするを、孝行の的とし、出て君に仕ふるには、忠といひて、中心、虛僞なる、かざりもの、ならざる、誠心、一ぱいを、打こみたる、つとめかたを、忠の的とし、朝とく朝し、夕には、おそく退るの義を知り、直するには、よろづに、ゆだんなき、宿衛の法を、心がけ、長者に對しては、言行ともに、ですぐることなく、ひかへめにする、弟道を會得し、益友に、交りては、武功の先蹤を、たゞし、又今日の、是非を論じ、師につき、道を受ては、貴人も、貴を挾まず、恭敬の心あるべし、昔し漢の張子房なる人は、天下に高き、豪傑の資なれども、いまだなることの、ありしを、圯上老人、ふかく惜み、一面、試に、せつかん、せられしに、子房、敬禮、怠らず、故に帝師となる、大道を得たりと、傳に、民は、三に生ずるとて、敎を受る師は、君父と、ひとしく、崇敬すべき義と、知るべし、さて、家に在る日は、出にも、還りしにも、必父母に謁し、顏色を和らげ、聲容をも、するどく、せざるは、子たるの禮なりと、心得べし、閑なる時、武藝より、武器の閱あるべし、元來、兵器、其職司あるほどの富有なりとも、時々手自試考に、あらざれば、金具の、ぐあひ、錆損、缺腐おこり、木竹の具、外面の好に、內蠧となること多し、故に古昔より、武士の座右、必武器を莊嚴とす、是徒に、飾る、ばかりには、あらず、一には、手煉の、ためにし、
新字:せらるゝやうにするを、孝行の的とし、出て君に仕ふるには、忠といひて、中心、虚偽なる、かざりもの、ならざる、誠心、一ぱいを、打こみたる、つとめかたを、忠の的とし、朝とく朝し、夕には、おそく退るの義を知り、直するには、よろづに、ゆだんなき、宿衛の法を、心がけ、長者に対しては、言行ともに、ですぐることなく、ひかへめにする、弟道を会得し、益友に、交りては、武功の先蹤を、たゞし、又今日の、是非を論じ、師につき、道を受ては、貴人も、貴を挟まず、恭敬の心あるべし、昔し漢の張子房なる人は、天下に高き、豪傑の資なれども、いまだなることの、ありしを、圯上老人、ふかく惜み、一面、試に、せつかん、せられしに、子房、敬礼、怠らず、故に帝師となる、大道を得たりと、伝に、民は、三に生ずるとて、教を受る師は、君父と、ひとしく、崇敬すべき義と、知るべし、さて、家に在る日は、出にも、還りしにも、必父母に謁し、顔色を和らげ、声容をも、するどく、せざるは、子たるの礼なりと、心得べし、閑なる時、武芸より、武器の閲あるべし、元来、兵器、其職司あるほどの富有なりとも、時々手自試考に、あらざれば、金具の、ぐあひ、錆損、欠腐おこり、木竹の具、外面の好に、内蠹となること多し、故に古昔より、武士の座右、必武器を荘厳とす、是徒に、飾る、ばかりには、あらず、一には、手煉の、ためにし、
書き下し
せらるゝやうにするを、孝行の的とし、出て君に仕ふるには、忠といひて、中心、虛僞なる、かざりもの、ならざる、誠心、一ぱいを、打こみたる、つとめかたを、忠の的とし、朝とく朝し、夕には、おそく退るの義を知り、直するには、よろづに、ゆだんなき、宿衛の法を、心がけ、長者に對しては、言行ともに、ですぐることなく、ひかへめにする、弟道を會得し、益友に、交りては、武功の先蹤を、たゞし、又今日の、是非を論じ、師につき、道を受ては、貴人も、貴を挾まず、恭敬の心あるべし、昔し漢の張子房なる人は、天下に高き、豪傑の資なれども、いまだなることの、ありしを、圯上老人、ふかく惜み、一面、試に、せつかん、せられしに、子房、敬禮、怠らず、故に帝師となる、大道を得たりと、傳に、民は、三に生ずるとて、敎を受る師は、君父と、ひとしく、崇敬すべき義と、知るべし、さて、家に在る日は、出にも、還りしにも、必父母に謁し、顏色を和らげ、聲容をも、するどく、せざるは、子たるの禮なりと、心得べし、閑なる時、武藝より、武器の閱あるべし、元來、兵器、其職司あるほどの富有なりとも、時々手自試考に、あらざれば、金具の、ぐあひ、錆損、缺腐おこり、木竹の具、外面の好に、內蠧となること多し、故に古昔より、武士の座右、必武器を莊嚴とす、是徒に、飾る、ばかりには、あらず、一には、手煉の、ためにし、
現代語訳
(親が安心)されるようにすることを孝行の目当てとし、出仕して君に仕えるには、忠といって、まごころ、偽りの飾り物でない誠心をいっぱいに打ち込んだ勤め方を忠の目当てとします。朝は早く出仕し、夕方は遅く退く意義を知り、宿直では万事に油断のない宿衛の法を心がけ、年長者に対しては言行ともに出過ぎず控えめにする弟道を会得し、よき友と交わっては武功の先例を正し、また今日の是非を論じ、師につき道を受けるときは、貴人であっても貴さを笠に着ず、恭敬の心を持つべきです。昔、漢の張子房(張良)という人は、天下に高い豪傑の資質がありましたが、まだ成っていないところがあるのを、圯上の老人が深く惜しみ、一度試しに叱責したところ、子房は敬礼を怠りませんでした。そのため帝の師となり、大道を得たと伝えられています。「民は三に生ず」といって、教えを受ける師は君や父と等しく崇敬すべき義だと知るべきです。さて、家にいる日は、出るときも帰ったときも必ず父母に会い、顔色を和らげ、声や態度も鋭くしないのが、子たる者の礼と心得なさい。閑なときには、武芸から武器の点検をするのがよいでしょう。もともと、兵器にはそれを司る役職があるほどの富有な家であっても、ときどき自分の手で試して考えなければ、金具の具合や錆びの損じ、欠けや腐りが起こり、木や竹の道具は外面は良くても内側が虫食いになることが多いのです。ゆえに古来、武士は座右に必ず武器を荘厳(立派に整えること)としました。これはいたずらに飾るだけではなく、一つには手練(熟達)のために、
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
関連する章句
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『肝要工夫録』・忠は我を忘れる先祖代々、我が身まで數百年來、安樂に暮し、其家を相續すること、君の御恩の廣大なること、たとふべきものなし。先づ君につかふるには、唯だ忠の一字を朝暮忘るべからず、一體忠の字は、君にかぎらず、朋友其外、人に對して、こゝろのまことを十分に盡すことなり。この誠をつくすべきの最上は、君に止まる故に、專ら君に對していふなり。されば、君につかふるには、何事も裏表なく、己れが力一ぱいに盡すべき事なり。その心力をつくさむとおもはゞ、先づ君あることを知りて、我あることをわするゝを肝要の工夫とすべし。もし幸を得て、昇進する事あらば、我が不肖を以て此職に任じ、果して御爲になるか、ならざるかと、薄氷を踏むが如く、深淵に臨むが如く、唯だ其任を重んじて、いよいよ人をも敬ひ、己を謙虛するものなり。(謙虛とは、いんぎんにへりくだりて、胸中に慢心なきをいふ。かやうの人は、衆人の贔屓するものなり。古人の言葉に、足多きものは倒れずといふて、蜈蚣や、蚰は、死んでも倒れぬものにて、足の助け多き故なり。人もそのごとくにて、おのれの高貴才智に誇らず、謙虛なるときは、衆人ひゐきして、助け多きゆゑに、無實のつまづきなどなきことなり。)是れ我あることを知らざるゆゑなり。
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『韓非子』初見秦第一然り而して兵甲頓れ、士民病み、蓄積索き、田疇荒れ、囷倉虚しく、四隣の諸侯服せず、霸王の名成らず。此れ異なる故無し、其の謀臣皆な其の忠を尽くさざればなり。
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『翁問答』上卷之本軍忠を以て論ずれば、二心無く身を棄て、礼儀正しく情深く、英雄の心を取り、軍兵を懐け謀を帷幄の内にめぐらし、勝つ事を千里の外に決し、百戦百勝の功を立つるを大忠と云ふ、是は軍の大将の忠節なり、二心無く身を棄てさきがけをして、鑓を突き首を取るを小忠と云ふ、是は半武者の忠節なり、扨又庶人を棘草の臣と云ふ、其国に産業を勤め、生理を遂ぐるは主君の恩沢なる故に、扶持を被らざれ共、臣下と云ふなり、其国の仕置法度を能く守り、其職分を能く勤めて、年貢公役を懈怠せず、一心に国君を恐れ、敬ことは庶人の忠節なり、君は仁礼の徳に従て臣下を使ひ、臣下は忠敬の道を守つて、君に事へて、君臣交泰する道理、天命の本然自から有る義なる故に、五教第二君臣有義と説給へり、
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『都鄙問答』卷之一・武士ノ道ヲ問ノ段答ふ、実に左もあるべきことかな。樊遅仁を問ふ。子曰く、人を愛す。知を問ふ。人を知る。仁知は大なりといへども、此の二語を以て尽くし玉ふ。文字によらずして、人の暁し易きこそよからん。愚元来不学なれば、幸ひなるかな、心易く汝が身にも備はりたることを以て語るべし。先づ手足は、口のために使はるるなり。如何となれば、口が物を食はねば、手足安穏なること能はず。このゆゑに手足が苦労して、一代口の為に使はるると云へども、少しも不屑らしきことなく、口に忠を尽くして、能く事へまつるものなり。君に事へまつる道も、手足の口に使はるることを法とすべし。臣下の飯と汁は、君より給はる奉禄なり。其の禄なくして、何を以て命をつぐべきや。このゆへに我が身を委ねて、君の身に代はり、
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葉隠・聞書第一主君さえ大切に仕り候えば、親も悦び、仏神も納受(のうじゅ)あるべしと存じ候。此方(こなた)は主を思うより外のこと知らず、志(こころざし)つのり候えば、不断(ふだん)御身辺(ごしんぺん)に気を附け、片時も離れ申さず候。又、女は第一に夫を主君の如く存ずべき事である。
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『武士道』第九章 忠節・支那は孝を本とし日本は忠を本とす此れと等しく、日本人の懐抱する如き忠節は、国を異にして之を頌するものの、ほとんど稀なるを見ん。然れども此れ、吾人の観念の非なるが故にあらずして、却つて彼れにありては既に之を忘却せるが故にして、又た日本人の忠節の念に深厚なるは、他国の未だ容易に企及する能はざるものあるが為なるなからんか。グリフィス氏が、支那に在りては孔教は孝を以て百行の基と為し、日本に在りては忠を以て本と為す、と説けるは真に然り。予は今ここに、読者の或は吃驚酸鼻すべきを顧みず、シェイクスピアの所謂『落魄の主君に仕へて艱苦をつぶさにし』、以て『稗史に名を得たる』忠臣の物語を叙せん。其物語は、我国史を飾れる清廉高義の人格、菅原道真を寓せるものなり。