武学啓蒙 / 論・人を見下さず、家の内も律する
一には、其人を得て、其利用、製作の、是非、差略をも、せんさくせん、ためなり、又家居、休暇の日の如き、權威あればとて、わけもなく眼下のものを、木の葉の落たるやうにみなし、用向などゝ、こしらへ、面ざるも、自尊と云べし、昔し周公旦といへる人は、天子の叔父にして、しかも天下の大聖なれども、客來れば、ふくみたる食などを吐ても、いんぎんに、あしらひ玉ひしと、苟も道に志ざすもの、人に傲り、人をみくだすまじきこと、思ひやるべし、又武士の怫鬱をとき、悶を遣には、山川阻澤の險に、漁獵するあり、是にて英氣を大にし、骨節を固くするも、亦一術と云べし、最も世間の漫遊、酒色の間行、切に戒むべし、殊に日沒以後は、家居旅夜に論なく、大に不虞の備あるを、武士の、かくごとすゝ所なり、もし我に、さきだちて起、我に、おくれて寐る如きの奴僕は、少しく心を用ひ、憐恕の道あるべし、苟にも、賞罰の法に、あづかることゝ、甘苦を與にするの深義とは、武家の肝要たりと心得べし、又家人の行儀も、大切なりとす、婦人女子の汚名あるも、家姓の瑕瑾なれば、是もまた、法度あるべし、唯女子、柔順の道、其敎、丈夫に同じとは云ず、されど、麻につるゝ蓬にて、古より、武士の、妻女、義を守り、烈を、ふるひし事迹、少なしとせず、是は枝葉の末、瑣々たることに、似たれども、時々、ぎんみ、あるを、よしとす、
新字:一には、其人を得て、其利用、製作の、是非、差略をも、せんさくせん、ためなり、又家居、休暇の日の如き、権威あればとて、わけもなく眼下のものを、木の葉の落たるやうにみなし、用向などゝ、こしらへ、面ざるも、自尊と云べし、昔し周公旦といへる人は、天子の叔父にして、しかも天下の大聖なれども、客来れば、ふくみたる食などを吐ても、いんぎんに、あしらひ玉ひしと、苟も道に志ざすもの、人に傲り、人をみくだすまじきこと、思ひやるべし、又武士の怫鬱をとき、悶を遣には、山川阻沢の険に、漁猟するあり、是にて英気を大にし、骨節を固くするも、亦一術と云べし、最も世間の漫遊、酒色の間行、切に戒むべし、殊に日没以後は、家居旅夜に論なく、大に不虞の備あるを、武士の、かくごとすゝ所なり、もし我に、さきだちて起、我に、おくれて寐る如きの奴僕は、少しく心を用ひ、憐恕の道あるべし、苟にも、賞罰の法に、あづかることゝ、甘苦を与にするの深義とは、武家の肝要たりと心得べし、又家人の行儀も、大切なりとす、婦人女子の汚名あるも、家姓の瑕瑾なれば、是もまた、法度あるべし、唯女子、柔順の道、其教、丈夫に同じとは云ず、されど、麻につるゝ蓬にて、古より、武士の、妻女、義を守り、烈を、ふるひし事迹、少なしとせず、是は枝葉の末、瑣々たることに、似たれども、時々、ぎんみ、あるを、よしとす、
書き下し
一には、其人を得て、其利用、製作の、是非、差略をも、せんさくせん、ためなり、又家居、休暇の日の如き、權威あればとて、わけもなく眼下のものを、木の葉の落たるやうにみなし、用向などゝ、こしらへ、面ざるも、自尊と云べし、昔し周公旦といへる人は、天子の叔父にして、しかも天下の大聖なれども、客來れば、ふくみたる食などを吐ても、いんぎんに、あしらひ玉ひしと、苟も道に志ざすもの、人に傲り、人をみくだすまじきこと、思ひやるべし、又武士の怫鬱をとき、悶を遣には、山川阻澤の險に、漁獵するあり、是にて英氣を大にし、骨節を固くするも、亦一術と云べし、最も世間の漫遊、酒色の間行、切に戒むべし、殊に日沒以後は、家居旅夜に論なく、大に不虞の備あるを、武士の、かくごとすゝ所なり、もし我に、さきだちて起、我に、おくれて寐る如きの奴僕は、少しく心を用ひ、憐恕の道あるべし、苟にも、賞罰の法に、あづかることゝ、甘苦を與にするの深義とは、武家の肝要たりと心得べし、又家人の行儀も、大切なりとす、婦人女子の汚名あるも、家姓の瑕瑾なれば、是もまた、法度あるべし、唯女子、柔順の道、其敎、丈夫に同じとは云ず、されど、麻につるゝ蓬にて、古より、武士の、妻女、義を守り、烈を、ふるひし事迹、少なしとせず、是は枝葉の末、瑣々たることに、似たれども、時々、ぎんみ、あるを、よしとす、
現代語訳
一つには、その道具を使う人を得て、その使い勝手や製作の良し悪し、工夫も詮索するためです。また、家にいて休暇の日などに、権威があるからといって、わけもなく目下の者を木の葉が落ちたもののように見なし、用事などをこしらえて偉そうな顔をするのも、うぬぼれというべきです。昔、周公旦という人は、天子の叔父であり、しかも天下の大聖人でしたが、客が来ると口に含んだ食べ物を吐き出してでも、丁寧にもてなされたと言います。いやしくも道に志す者は、人に傲らず、人を見下してはならないことを思いやりなさい。また、武士が気のふさぎを解き、悶えを晴らすには、山川や沢の険しいところで漁や狩りをする方法があり、これで英気を大きくし、骨節を固くするのも一つの術といえます。ただし、世間をあてどなく遊び歩くことや、酒色の間をさまようことは、強く戒めるべきです。特に日没後は、家にいても旅の夜でも、思いがけない事態への備えを大いにすることが、武士の覚悟とするところです。もし自分より先に起き、自分より遅く寝るような奴僕(召使い)には、少し気を配り、思いやりと許しの道があるべきです。いやしくも賞罰の法にあずかることと、苦楽をともにする深い義とは、武家の肝要と心得なさい。また家人の行儀も大切です。婦人や女子に悪い評判が立つのも家の名の傷ですから、これにもまた決まりがあるべきです。ただ、女子の柔順の道について、その教えを男子と同じとは言いません。しかし、麻にまじる蓬は真っすぐ育つという言葉のとおり、昔から武士の妻や娘で義を守り、烈(節操)を奮った事跡は少なくありません。これは枝葉の末の細かなことのようですが、ときどき吟味があるのがよいのです。
解説

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本の中身を見るこの章句が説くこと
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『晏子春秋』問下・景公問國如何則謂安晏子對以內安政外歸義/景公問諸侯孰危晏於對以莒其先亡景公、晏子に問いて曰く、「国如何なれば則ち安しと謂う可きか」と。晏子対えて曰く、「下に諱言無く、官に怨治無く、通人は華ならず、窮民は怨まず、喜楽に羨賞無く、忿怒に羨刑無く、上は士に礼有り、下は民に恩有り。地博くして小を兼ねず、兵強くして弱を劫かさず。百姓、内は其の政を安んじ、外は其の義に帰す。安しと謂う可し」と。景公、晏子に問いて曰く、「当今の時、諸侯孰れか危うき」と。晏子対えて曰く、「莒、其れ先ず亡びんか」と。公曰く、「何の故ぞ」と。対えて曰く、「地は斉に侵され、貨は晋に竭く。是を以て亡ぶなり」と。
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荀子・正論篇子宋子曰く、「人の情、欲は寡(すく)なし。而るに皆な己の情を以て、欲多しと為すは、是れ過ちなり」と。故に其の群徒を率い、其の談説を辨じ、其の譬称を明らかにし、将に人をして情の欲寡なきを知らしめんとす。之に応じて曰く、然らば則ち亦た人の情を以て、目は綦色(きしょく)を欲せず、耳は綦声を欲せず、口は綦味を欲せず、鼻は綦臭を欲せず、形は綦佚(きいつ)を欲せずと為すか。此の五綦なる者、亦た人の情を以て欲せずと為すか。曰く、「人の情、是れを欲するのみ」と。曰く、是くの若くんば、則ち説必ず行われざらん。人の情を以て此の五綦なる者を欲すと為して、而も多きを欲せずとは、之を譬うるに、是れ猶お人の情を以て富貴を欲して而も貨を欲せずと為し、美を好みて西施を悪(にく)むがごときなり。古の人の之を為すは然らず。人の情を以て多きを欲して寡なきを欲せずと為す。故に賞するに富厚を以てして、罰するに殺損を以てす。是れ百王の同じき所なり。故に上賢は天下を禄とし、次賢は一国を禄とし、下賢は田邑を禄とし、愿愨(げんかく)の民は衣食を完(まっと)うす。今、子宋子は是の情を以て寡なきを欲して多きを欲せずと為すなり。然らば則ち先王は人の欲せざる所の者を以て賞して、人の欲する所の者を以て罰するか。乱は焉(これ)より大なるは莫し。今、子宋子は厳然として説を好み、人徒を聚(あつ)め、師学を立て、文典を成す。然り而して説は至治を以て至乱と為すを免れず。豈に過ぎたること甚だしからずや。
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