武道初心集 / 忠死四
主君の御事は。被成度まゝの費侈りを被成候故。家中大小の諸奉公人。口に出してこそ言はね。心には各不足を抱さ。誰壹人身に染て。忠義を勵む者も無之ものに候。五つには。大名たるもの。弓矢の道を不沙汰可被成樣とては無之候得共。件の壹人武道不心掛にて。かゝる芽出度靜謐の御代には。武備の吟味穿鑿には不可及と申すに付。元來不嗜なる家中の諸人。それを好事に致して。武藝を務めず。武具兵具の用意も致さず。何事も只當座の間さへ合ばよきぞと申す家風なれば。其御先祖に。世に聞えある名將のをはしましたる家柄の樣には少しも無之。只明日にも事の變有之に於ては。大きに狼狽騷ぎたるばかりにて。事の埒は一つも明兼可申と。覺束なき次第に候。六つには主君の御事。遊興酒色に長じ被成に付。次第に御氣隨もつのり。剩へ病身にまで御成候へば。家中の諸士氣を屆し。心のまめしげなく。一日暮しの樣子なれば。世間の取沙汰。上の思召不可然。畢竟のつまり。主君の御身上にも相障り可申か。然れば大きなる物怪也。其根取を仕る件の壹人は。當家の惡魔。主君の怨敵と申て。
新字:主君の御事は。被成度まゝの費侈りを被成候故。家中大小の諸奉公人。口に出してこそ言はね。心には各不足を抱さ。誰壱人身に染て。忠義を励む者も無之ものに候。五つには。大名たるもの。弓矢の道を不沙汰可被成様とては無之候得共。件の壱人武道不心掛にて。かゝる芽出度静謐の御代には。武備の吟味穿鑿には不可及と申すに付。元来不嗜なる家中の諸人。それを好事に致して。武芸を務めず。武具兵具の用意も致さず。何事も只当座の間さへ合ばよきぞと申す家風なれば。其御先祖に。世に聞えある名将のをはしましたる家柄の様には少しも無之。只明日にも事の変有之に於ては。大きに狼狽騷ぎたるばかりにて。事の埒は一つも明兼可申と。覚束なき次第に候。六つには主君の御事。遊興酒色に長じ被成に付。次第に御気随もつのり。剰へ病身にまで御成候へば。家中の諸士気を届し。心のまめしげなく。一日暮しの様子なれば。世間の取沙汰。上の思召不可然。畢竟のつまり。主君の御身上にも相障り可申か。然れば大きなる物怪也。其根取を仕る件の壱人は。当家の悪魔。主君の怨敵と申て。
書き下し
主君の御事は。被成度まゝの費侈りを被成候故。家中大小の諸奉公人。口に出してこそ言はね。心には各不足を抱さ。誰壹人身に染て。忠義を勵む者も無之ものに候。五つには。大名たるもの。弓矢の道を不沙汰可被成樣とては無之候得共。件の壹人武道不心掛にて。かゝる芽出度靜謐の御代には。武備の吟味穿鑿には不可及と申すに付。元來不嗜なる家中の諸人。それを好事に致して。武藝を務めず。武具兵具の用意も致さず。何事も只當座の間さへ合ばよきぞと申す家風なれば。其御先祖に。世に聞えある名將のをはしましたる家柄の樣には少しも無之。只明日にも事の變有之に於ては。大きに狼狽騷ぎたるばかりにて。事の埒は一つも明兼可申と。覺束なき次第に候。六つには主君の御事。遊興酒色に長じ被成に付。次第に御氣隨もつのり。剩へ病身にまで御成候へば。家中の諸士氣を屆し。心のまめしげなく。一日暮しの樣子なれば。世間の取沙汰。上の思召不可然。畢竟のつまり。主君の御身上にも相障り可申か。然れば大きなる物怪也。其根取を仕る件の壹人は。當家の惡魔。主君の怨敵と申て。
現代語訳
主君がなさりたいままに贅沢をなさるので、家中の大小の奉公人は、口に出してこそ言わないが、心にはみな不満を抱き、誰ひとり身にしみて忠義に励む者もいないものです。五つには、大名たる者は、弓矢の道を疎かにしてよいわけではありませんが、さきの一人が武道に心がけがなく、「このようなめでたい静謐の御代には、武備の吟味・詮索には及びません」と申すので、もともと嗜みのない家中の人々は、それを幸いにして、武芸を勤めず、武具・兵具の用意もせず、何事もただ当座の間に合えばよい、という家風なので、その御先祖に世に聞こえた名将がおられた家柄のようには少しもなく、ただ明日にも事の変があれば、大いに狼狽え騒ぐばかりで、事の埒はひとつも明けかねるだろうと、心もとない次第です。六つには、主君が遊興・酒色に長じなさるために、次第にお気ままがつのり、そのうえ病身にまでなられると、家中の諸士は気を配り、心が落ち着かず、一日暮らしの様子なので、世間の取り沙汰も、上の御心得もよくなく、結局は、主君の御身上にも差し障ることになるでしょう。そうなれば大きな物怪です。その根っこを作った例の一人は、当家の悪魔、主君の怨敵と言って、
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
言志四録・言志晩録 別存 第二十六条 酒樽を破りて舟人に飲ましむ辛未の歳、韓人来聘す。旨有りて之を対州に館し、大小の官員を遣はして聘を受けしむ。公も亦焉に与る。公海を渡る時、酒数樽を貯へしむ。人其の故を知らず。既にして事訖り、纜を解きて帰に就く。時に風浪驟かに興り、風逆ひ、舟人極めて苦しむ。公乃ち自ら酒樽を倒し、鎗鐓を以て其の底を撞き破り、手自ら飯椀を以て之を斟み、舟人に飲ましむ。舟人是に於て気力一倍し、我が船独り先づ唐津に達す。他船は則ち後るること数十里なりと云ふ。
-
李衛公問対・卷下攻むる者は、其の城を攻め其の陳を擊つに止まらず、必ず其の心を攻むるの術有り。守る者は、其の壁を完くし其の陳を堅くするに止まらず、必ずや吾が氣を守りて待つ有り。
-
『甲陽軍鑑』品第十一縦へば番匠か大和国ならの大仏殿を立るに、二尺·三尺のかねをもつて立て、二間四方のらいさき堂をも右のかねにて仕る、すこしき備を立て、大人数には組合せよからん、大備へに組み其陣にて用有るとて、人数をわくれば、其備減りたるとて上下力をおとす者なり、其所に当る敵も大にきほふ者なり、惣じて大備への崩れ立ちたるは、何たる名大将とても、其下の剛の者共も支配成るまじきぞ、
-
『新論』守禦若し夫れ干鹵以て甲冑を輔け、弓弩以て銃砲に副へ、鉄石以て鉛銅を佐くる者は、抑も亦説有り。戦国の世、士卒死を軽んじ、干鹵を待たざる者有り。然れども亦往往之を用ゐて以て自ら扞蔽す。(城を攻むる者は、必ず竹を束ねて之を城外に樹て、以て銃丸を遮る。号して竹束と曰ふ。朝鮮の役、加藤清正等の亀甲を用ゐたる者は、其の制轒轀車の如し。其の他攻戦の自ら遮蔽する所以の者は、固より枚挙すべからざるなり。銃丸の迅き、洞徹せざる莫しと雖も、既に一盾を洞せば、其の末力未だ必ずしも鉄甲を貫かず。則ち士卒恃みて以て其の胆を壮んにすべし。清正嘗て兵を遣はして宇土を攻めしむ。将士民舎の戸扇を撤し、以て自ら遮蔽し、猶ほ以て飛丸の下に立ちて懾れざるを得たり。況んや干鹵の堅実、戸扇の比に非ざるをや。且つ虜銃一発に数丸を装ふは、之を単に一丸を装ふ者に比すれば、其の力稍微なり。未だ必ずしも一たび堅盾を洞して又更に鉄甲を貫かず。亦之を其の物に試みて可なり。然れども干鹵の用は、其の洞すると洞せざるとに在らずして、兵卒をして敵銃を見ざらしむるに在り。兵機を暁る者は、必ず能く之を知らん。)今習安脆弱の卒を以て、一旦事に臨み、身を飛丸迸箭の間に挺し、自ら遮蔽する無くんば、能く懾るる無からんや。則ち其の既に蔽ふに甲冑を以てし、又之を遮るに干鹵を以てし、以て士卒の心を固むる、其の制以て講ぜざるべからざるなり。
-
言志四録・言志晩録 第百十五条 士気を振起するは率先に在り士気振はざれば、則ち防禦固からず。防禦固からざれば、則ち民心も亦固き能はず。然して其の士気を振起するは、人主の自ら奮ひて以て率先を為すに在り。復た別法の設くべき無し。
-
史記 高祖本紀約に負き、更めて沛公を立てて漢王と為し、巴・蜀・漢中に王とし、南鄭に都せしむ。関中を三分し、秦の三将を立つ。章邯を雍王と為し、廃丘に都せしむ。司馬欣を塞王と為し、櫟陽に都せしむ。董翳を翟王と為し、高奴に都せしむ。楚の将瑕丘の申陽を河南王と為し、洛陽に都せしむ。趙の将司馬卬を殷王と為し、朝歌に都せしむ。趙王歇徙りて代に王たり。趙の相張耳を常山王と為し、襄国に都せしむ。当陽君黥布を九江王と為し、六に都せしむ。懐王の柱国共敖を臨江王と為し、江陵に都せしむ。番君呉芮を衡山王と為し、邾に都せしむ。燕の将臧荼を燕王と為し、薊に都せしむ。故の燕王韓広徙りて遼東に王たり。広聴かず、臧荼攻めて之を無終に殺す。成安君陳余を河間の三県に封じ、南皮に居らしむ。梅鋗を十万戸に封ず。四月、兵戯下に罷み、諸侯各々国に就く。漢王国に之く、項王卒三万人をして従はしむ、楚と諸侯の慕ひて従ふ者数万人、杜の南より蝕中に入る。去れば輒ち棧道を焼き絶ち、以て諸侯の盗兵の之を襲ふに備へ、亦項羽に東する意無きを示す。南鄭に至る、諸将及び士卒多く道に亡げ帰る、士卒皆歌ひて東帰を思ふ。韓信漢王に説きて曰く、「項羽諸将の功有る者を王とし、而して王独り南鄭に居る、是れ遷なり。軍吏士卒は皆山東の人なり、日夜跂ちて帰らんことを望む、其の鋒に及びて之を用ゐば、以て大功有るべし。天下已に定まらば、人皆自ら寧んじ、復た用ゐるべからず。策を決して東に郷ひ、天下に権を争ふに如かず。」と。項羽関を出で、人をして義帝を徙さしむ。曰く、「古の帝者は地方千里、必ず上游に居る。」と。乃ち使をして義帝を長沙の郴県に徙さしめ、義帝の行を趣す、群臣稍々之に倍叛す、乃ち陰かに衡山王・臨江王をして之を撃たしめ、義帝を江南に殺す。項羽田栄を怨み、斉の将田都を立てて斉王と為す。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る