武道初心集 / 忠死五
家中こぞりて是を惡み候へ共。十人が九人迄も。其者の惡事を申立。公事沙汰に取結び。手を汚さず。舌先の勝負にして。本意を遂べきといふ分別相談の外無之。左候ては。中々內證にて埒明ず。主君の御一門方の御取扱と成り。それより事重く成行。畢竟は公義の御沙汰共不罷成しては不叶候。昔が今に至るまで。大名方の家の仕置を被成衆。公義の御厄介と成り。其事の濟たる上に於て。主人の身上の相立たる例とては無之。角を直すとて牛を殺し。鼠を狩とて祉を燒く喩の如く。主人の御身上は潰し。家中大小の諸奉公人は。皆々流浪の身と成果申候。斯る時。前に申す當家の惡魔。主君の怨敵たる。件の大惡人を執て押へ。胴腹を剜り候とも。又ほ元首を刎捨候共。心の儘に仕澄して埒を明け。我が身は即座に切腹を遂げ相果最に候。然る時は。何の出入公事沙汰と申義も無之。主君の御身上に相障る義も無之。家中の諸人も安堵致し。國家安泰に候。爰を以て殉死には百双倍も優り。忠義勇の三つに相叶ひ。末代の武士の手本共可罷成一品とは申にて候。初心の武士心得のため仍如件。
新字:家中こぞりて是を悪み候へ共。十人が九人迄も。其者の悪事を申立。公事沙汰に取結び。手を汚さず。舌先の勝負にして。本意を遂べきといふ分別相談の外無之。左候ては。中々内証にて埒明ず。主君の御一門方の御取扱と成り。それより事重く成行。畢竟は公義の御沙汰共不罷成しては不叶候。昔が今に至るまで。大名方の家の仕置を被成衆。公義の御厄介と成り。其事の済たる上に於て。主人の身上の相立たる例とては無之。角を直すとて牛を殺し。鼠を狩とて祉を焼く喩の如く。主人の御身上は潰し。家中大小の諸奉公人は。皆々流浪の身と成果申候。斯る時。前に申す当家の悪魔。主君の怨敵たる。件の大悪人を執て押へ。胴腹を剜り候とも。又ほ元首を刎捨候共。心の儘に仕澄して埒を明け。我が身は即座に切腹を遂げ相果最に候。然る時は。何の出入公事沙汰と申義も無之。主君の御身上に相障る義も無之。家中の諸人も安堵致し。国家安泰に候。爰を以て殉死には百双倍も優り。忠義勇の三つに相叶ひ。末代の武士の手本共可罷成一品とは申にて候。初心の武士心得のため仍如件。
書き下し
家中こぞりて是を惡み候へ共。十人が九人迄も。其者の惡事を申立。公事沙汰に取結び。手を汚さず。舌先の勝負にして。本意を遂べきといふ分別相談の外無之。左候ては。中々內證にて埒明ず。主君の御一門方の御取扱と成り。それより事重く成行。畢竟は公義の御沙汰共不罷成しては不叶候。昔が今に至るまで。大名方の家の仕置を被成衆。公義の御厄介と成り。其事の濟たる上に於て。主人の身上の相立たる例とては無之。角を直すとて牛を殺し。鼠を狩とて祉を燒く喩の如く。主人の御身上は潰し。家中大小の諸奉公人は。皆々流浪の身と成果申候。斯る時。前に申す當家の惡魔。主君の怨敵たる。件の大惡人を執て押へ。胴腹を剜り候とも。又ほ元首を刎捨候共。心の儘に仕澄して埒を明け。我が身は即座に切腹を遂げ相果最に候。然る時は。何の出入公事沙汰と申義も無之。主君の御身上に相障る義も無之。家中の諸人も安堵致し。國家安泰に候。爰を以て殉死には百双倍も優り。忠義勇の三つに相叶ひ。末代の武士の手本共可罷成一品とは申にて候。初心の武士心得のため仍如件。
現代語訳
家中こぞってこれを憎みますが、十人のうち九人までも、その者の悪事を申し立てて公事沙汰にし、手を汚さず、舌先の勝負で本意を遂げようという考えと相談のほかはありません。そうなっては、なかなか内々では決着がつかず、主君の御一門方のお取り扱いとなり、それから事が重くなって、結局は公儀のご沙汰とならざるを得ません。昔から今にいたるまで、大名方の家の仕置をなさる衆が、公儀の厄介となり、その事が済んだうえで、主人の身上が立ったという例はありません。角を直そうとして牛を殺し、鼠を狩ろうとして社を焼くたとえのように、主人の御身上はつぶれ、家中の大小の奉公人は、みな流浪の身と成り果てます。このような時、先に申した、当家の悪魔、主君の怨敵である例の大悪人を取り押さえ、胴腹を抉ろうとも、首を刎ね捨てようとも、心のままに成し遂げて決着をつけ、自分はその場で切腹して果てるのがもっともです。そうすれば、何の出入りや公事沙汰ということもなく、主君の御身上に差し障ることもなく、家中の人々も安心し、国家は安泰です。これをもって、殉死に百倍まさり、忠義・勇の三つにかない、末代の武士の手本ともなるべき一品とは申すのです。初心の武士の心得のために、以上のとおりである。
解説
この章句が説くこと
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