李衛公問対 / 卷下
攻者,不止攻其城、擊其陳而已,必有攻其心之術焉;守者,不止完其壁、堅其陳而已,必也守吾氣而有待焉。
新字:攻者,不止攻其城、擊其陳而已,必有攻其心之術焉;守者,不止完其壁、堅其陳而已,必也守吾気而有待焉。
書き下し
攻むる者は、其の城を攻め其の陳を擊つに止まらず、必ず其の心を攻むるの術有り。守る者は、其の壁を完くし其の陳を堅くするに止まらず、必ずや吾が氣を守りて待つ有り。
現代語訳
攻める側は、城を攻め陣を撃つだけにとどまらず、必ず相手の心を攻める工夫を持たねばならない。守る側は、城壁を完全にし陣を固めるだけにとどまらず、必ず自軍の士気を保って機を待たねばならない。
解説
攻めるにも守るにも、目に見える物理的な備えだけでは足りず、心の面への働きかけが欠かせないという指摘である。攻める側は相手の意欲や判断力そのものを揺さぶる工夫を持ち、守る側は自分たちの士気を保ちながら好機を待つ姿勢を持つ。仕事の競争や交渉でも、条件や手段を整えるだけでなく、相手や自分たちの気持ちの状態にまで目を配ることが結果を左右する。形だけでなく心をどう保つかを考える必要がある。
この章句が説くこと
心理士気備え
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