武道初心集 / 假威竊威二
巳に其御用も足り候節は。そろ〱御取返し不被成しては不叶候處に。御心永くいつまでも便々と借置被成候から事起りて。後々は取返し惡き樣に罷成り。つまりは借取に値ひ被成候。是を名付て家來に威を盜まるゝと申候。是は主君の御身にとりて。大きなる御恥辱と申すばかりにも無之。數々の御損も有之事に候。家來に威勢が付過ぎ候へば。おのづから主君の御威光は薄くなり。何もかも家來次第の樣に罷成。あの人さへ能呑込て合點なれば。御上の儀は事濟み埒明くと心得。一家中の諸士。其物の機嫌を取事を肝要と仕り。主君の御事をば。假令の樣に存ずるを以て。主從の親しみも離れ。自然と家中に忠義の武士の出來可申樣も無之。萬一事の變到來の節。好人に事を欠なされ候。扨外樣向の士は申すに及ばず。主君の側近く奉公致し。或はおとなしき役義を勤むる士までも彼壹人の權威に抑れ。すくみかへりて罷在仕合なれば。是は御爲宜しからずと心付たる事とても。一言申出す事罷りならず。或は心底に悔み。扨は心安き友傍輩と。喞きつぶやき候へ共。誰有て進み出。主君の御聞に達し候者無之故。
新字:巳に其御用も足り候節は。そろ〱御取返し不被成しては不叶候処に。御心永くいつまでも便々と借置被成候から事起りて。後々は取返し悪き様に罷成り。つまりは借取に値ひ被成候。是を名付て家来に威を盗まるゝと申候。是は主君の御身にとりて。大きなる御恥辱と申すばかりにも無之。数々の御損も有之事に候。家来に威勢が付過ぎ候へば。おのづから主君の御威光は薄くなり。何もかも家来次第の様に罷成。あの人さへ能呑込て合点なれば。御上の儀は事済み埒明くと心得。一家中の諸士。其物の機嫌を取事を肝要と仕り。主君の御事をば。仮令の様に存ずるを以て。主従の親しみも離れ。自然と家中に忠義の武士の出来可申様も無之。万一事の変到来の節。好人に事を欠なされ候。扨外様向の士は申すに及ばず。主君の側近く奉公致し。或はおとなしき役義を勤むる士までも彼壱人の権威に抑れ。すくみかへりて罷在仕合なれば。是は御為宜しからずと心付たる事とても。一言申出す事罷りならず。或は心底に悔み。扨は心安き友傍輩と。喞きつぶやき候へ共。誰有て進み出。主君の御聞に達し候者無之故。
書き下し
巳に其御用も足り候節は。そろ〱御取返し不被成しては不叶候處に。御心永くいつまでも便々と借置被成候から事起りて。後々は取返し惡き樣に罷成り。つまりは借取に値ひ被成候。是を名付て家來に威を盜まるゝと申候。是は主君の御身にとりて。大きなる御恥辱と申すばかりにも無之。數々の御損も有之事に候。家來に威勢が付過ぎ候へば。おのづから主君の御威光は薄くなり。何もかも家來次第の樣に罷成。あの人さへ能呑込て合點なれば。御上の儀は事濟み埒明くと心得。一家中の諸士。其物の機嫌を取事を肝要と仕り。主君の御事をば。假令の樣に存ずるを以て。主從の親しみも離れ。自然と家中に忠義の武士の出來可申樣も無之。萬一事の變到來の節。好人に事を欠なされ候。扨外樣向の士は申すに及ばず。主君の側近く奉公致し。或はおとなしき役義を勤むる士までも彼壹人の權威に抑れ。すくみかへりて罷在仕合なれば。是は御爲宜しからずと心付たる事とても。一言申出す事罷りならず。或は心底に悔み。扨は心安き友傍輩と。喞きつぶやき候へ共。誰有て進み出。主君の御聞に達し候者無之故。
現代語訳
すでにその御用も足りたときには、そろそろお取り返しにならなければならないのに、気長にいつまでもだらだらと貸し置きなされるから、事が起こって、後々は取り返しにくいようになり、ついには借り取りにされてしまいます。これを名づけて、家来に威を盗まれると申します。これは主君ご自身にとって、大きな恥辱というだけでなく、数々の損もあることです。家来に威勢がつきすぎれば、自然と主君の御威光は薄くなり、何もかも家来次第のようになって、あの人さえよく呑み込んで承知していれば、お上のことは事が済み、埒があくと心得て、一家中の武士たちはその者の機嫌を取ることを肝要とし、主君のことは仮の存在のように思うことで、主従の親しみも離れ、自然と家中に忠義の武士ができるはずもありません。万一事変が到来したとき、良い人に事を欠かれます。また外様向きの士はいうまでもなく、主君の側近くで奉公し、あるいは穏やかな役目を勤める士までも、その一人の権威に押さえられ、すくみかえっているありさまなので、お為にならないと気づいたことがあっても、一言申し出ることもできません。あるいは心の底で悔やみ、気心の知れた友や同僚と、愚痴をこぼしても、誰も進み出て、主君のお耳に達する者がいないために、
解説
この章句が説くこと
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史記 酷吏列伝治むる所即し上の意の罪せんと欲する所ならば、監史の深禍なる者に予へ、即し上の意の釈さんと欲する所ならば、監史の軽平なる者に与ふ。治むる所即し豪ならば、必ず文を舞はし巧みに詆る。即し下戸の羸弱ならば、時に口もて言ふ、文もて法を致すと雖も、上財察せよと。是に於て往往にして湯の言ふ所を釈す。湯大吏に至り、内行修まる。賓客に通じて飲食す。故人の子弟の吏為る及び貧しき昆弟に於て、之を調護すること尤も厚し。其の諸公に造り請ふこと、寒暑を避けず。是を以て湯は文深く意忌にして専ら平らかならずと雖も、然れども此の声誉を得たり。而して刻深の吏の多く爪牙の用を為す者は、文学の士に依る。丞相弘数々其の美を称す。淮南・衡山・江都の反獄を治むるに及び、皆根本を窮む。厳助及び伍被、上之を釈さんと欲す。湯争ひて曰く、「伍被は本反謀を画す、而して助は親幸して禁闥に出入する爪牙の臣なり、乃ち諸侯と交私すること此くの如し、誅せずんば、後に治むべからず」と。是に於て上之を論ずるを可とす。其の獄を治めて大臣を排して自ら功と為すこと、多く此の類なり。是に於て湯益々尊任せられ、遷りて御史大夫と為る。会々渾邪等降り、漢大いに兵を興して匈奴を伐つ、山東水旱あり、貧民流徙し、皆給を県官に仰ぐ、県官空虚なり。是に於て上の指を丞け、請ひて白金及び五銖銭を造り、天下の塩鉄を籠め、富商大賈を排し、告緡令を出だし、豪彊并兼の家を鉏き、文を舞はし巧みに詆りて以て法を輔く。湯朝する毎に事を奏し、国家の用を語り、日晏れ、天子食を忘る。丞相は充位を取るのみ、天下の事皆湯に決す。百姓其の生に安んぜず、騒動す、県官の興す所、未だ其の利を獲ず、姦吏并びに侵漁す、是に於て痛く縄するに罪を以てす。則ち公卿以下より、庶人に至るまで、咸湯を指す。湯嘗て病む、天子自ら至りて病を視る、其の隆貴なること此くの如し。匈奴来たりて和親を請ふ、群臣上の前に議す。博士狄山曰く、「和親便なり」と。
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『春秋左氏伝』桓公十五年 父と夫と孰れか親しき十五年春、天王家父をして來りて車を求めしむ、禮に非ざるなり。諸侯は車・服を貢せず、天子は私に財を求めず。祭仲專らにす。鄭伯之を患へ、其の婿雍糾をして之を殺さしめんとす。將に諸を郊に享せんとす。雍姬之を知り、其の母に謂ひて曰く、「父と夫と孰れか親しき」と。其の母曰く、「人盡く夫なり、父は一のみ。胡ぞ比ぶべけんや」と。遂に祭仲に告げて曰く、「雍氏其の室を舍てて將に子を郊に享せんとす。吾之に惑ふ、以て告ぐ」と。祭仲雍糾を殺し、諸を周氏の汪に屍す。公載せて以て出で、曰く、「謀婦人に及ぶ、其の死するや宜なり」と。夏、厲公蔡に出奔す。六月乙亥、昭公入る。許叔許に入る。公齊侯に艾に會す。許を定めんことを謀るなり。秋、鄭伯櫟人に因りて檀伯を殺し、遂に櫟に居る。冬、袲に會す。鄭を伐たんことを謀る。將に厲公を納れんとするなり。克たずして還る。
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説苑・善說桓公仲父を立て、大夫を致して曰く、「吾を善しとする者は門に入りて右せよ、吾を善しとせざる者は門に入りて左せよ。」門に中して立つ者有り。桓公之に問う。對えて曰く、「管子の知は、與に天下を謀るべく、其の強は與に天下を取るべし。君其の信を恃むか。內政焉に委ね、外事焉に斷ず。民を驅りて之に歸せしむれば、是れ亦た奪うべきなり。」桓公曰く、「善し。」乃ち管仲に謂いて曰く、「政は則ち卒に子に歸せん。政の及ばざる所は、唯だ子是れ匡せ。」管仲故に三歸の臺を築き、以て自ら民に傷つく。
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『韓非子』外儲說左下第三十三若し知能く天下を謀り、斷敢て大事を行わば、君因て専ら之を屬するに國柄を以てせん。...危うきこと無きを得んや。...乃ち隰朋をして内を治め、管仲をして外を治めしめて以て相參す。
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『韓非子』人主第五十二人主の身危うく國亡ぶる所以の者は、大臣太だ貴く、左右太だ威あればなり。
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