武道初心集 / 擇友
奉公仕る武士は。多き傍輩の中にても。勇氣有りて義理を正す事を好み。智惠才覺有りて口をきく武士とは。日比入魂致し。內外心安く申合する義尤に候。右樣の武士は。左のみ澤山には無之ものに候へば。壹人にても。自余の友達幾人にも懸合ひ。何事ぞ有之時は。大きに便りと罷成物にて候。總じて武士の友達をゑらぶ事なく。彼とも是とも狎れ睦び。飮食の交りを致し。出入を繁く仕るは宜しからず候。子細を申すに。武士の入魂を仕るは。互の心根をも見屆け。見とゞけられてこそ。念比には可罷成を。當分出會て面白きぞ。合口なるぞと申す迄にて。心易だてを仕り。武士の出會の樣にも無之。不禮不作法のみを盡し。手足をもたせあひて。小歌淨瑠璃にて夜を明し。うぬがわがと挨拶よきかと思へば。假初の事を中しつのりて不通義絶を致し。誰有りて中をなほす者の無さにも。頓て又中のなほり候など。一つとして踏詰たる意地の無之は。貌は武士にても。心は夫人足に等しき樣子にて。耻慎しむべき事に候。初心の武士心得のため仍如件。
新字:奉公仕る武士は。多き傍輩の中にても。勇気有りて義理を正す事を好み。智恵才覚有りて口をきく武士とは。日比入魂致し。内外心安く申合する義尤に候。右様の武士は。左のみ沢山には無之ものに候へば。壱人にても。自余の友達幾人にも懸合ひ。何事ぞ有之時は。大きに便りと罷成物にて候。総じて武士の友達をゑらぶ事なく。彼とも是とも狎れ睦び。飲食の交りを致し。出入を繁く仕るは宜しからず候。子細を申すに。武士の入魂を仕るは。互の心根をも見届け。見とゞけられてこそ。念比には可罷成を。当分出会て面白きぞ。合口なるぞと申す迄にて。心易だてを仕り。武士の出会の様にも無之。不礼不作法のみを尽し。手足をもたせあひて。小歌浄瑠璃にて夜を明し。うぬがわがと挨拶よきかと思へば。仮初の事を中しつのりて不通義絶を致し。誰有りて中をなほす者の無さにも。頓て又中のなほり候など。一つとして踏詰たる意地の無之は。貌は武士にても。心は夫人足に等しき様子にて。耻慎しむべき事に候。初心の武士心得のため仍如件。
書き下し
奉公仕る武士は。多き傍輩の中にても。勇氣有りて義理を正す事を好み。智惠才覺有りて口をきく武士とは。日比入魂致し。內外心安く申合する義尤に候。右樣の武士は。左のみ澤山には無之ものに候へば。壹人にても。自余の友達幾人にも懸合ひ。何事ぞ有之時は。大きに便りと罷成物にて候。總じて武士の友達をゑらぶ事なく。彼とも是とも狎れ睦び。飮食の交りを致し。出入を繁く仕るは宜しからず候。子細を申すに。武士の入魂を仕るは。互の心根をも見屆け。見とゞけられてこそ。念比には可罷成を。當分出會て面白きぞ。合口なるぞと申す迄にて。心易だてを仕り。武士の出會の樣にも無之。不禮不作法のみを盡し。手足をもたせあひて。小歌淨瑠璃にて夜を明し。うぬがわがと挨拶よきかと思へば。假初の事を中しつのりて不通義絶を致し。誰有りて中をなほす者の無さにも。頓て又中のなほり候など。一つとして踏詰たる意地の無之は。貌は武士にても。心は夫人足に等しき樣子にて。耻慎しむべき事に候。初心の武士心得のため仍如件。
現代語訳
奉公する武士は、多くの同輩の中でも、勇気があって義理を正すことを好み、知恵・才覚があって物の言える武士とは、日ごろ親しくし、内も外も心安く申し合わせるのがもっともです。そのような武士はそれほど多くはいないので、一人でもいれば、ほかの友達幾人にもかけ合ってくれ、何事かあったときは大いに頼りになるものです。総じて、武士が友達を選ぶことなく、あれともこれとも馴れ睦び、飲食の交わりをし、出入りを繁くするのはよくありません。その訳は、武士が親しくするのは、互いの心根を見届け、見届けられてこそ懇意になれるものなのに、その場で出会って面白い、気が合うというだけで、気安だてをし、武士の出会いのようでもなく、不礼不作法ばかりを尽くし、手足を取り合ってじゃれ合い、小歌・浄瑠璃で夜を明かし、「おまえが、おれが」と言葉づかいがよいかと思えば、ちょっとしたことを言い募って不通・義絶となり、誰も仲直りさせる者がいないのに、やがてまた仲が直るなど、一つとして踏み詰めた意地がないのは、顔は武士でも心は人夫に等しい有様で、恥じ慎むべきことです。初心の武士の心得のために、以上のとおりである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『武道初心集』絶交奉公仕る武士。傍輩の中に何ぞ子細有て。不通義絶のものも可有之候。然るに主君の仰を以て。其者と同役に罷成候節は。早速其者の方へ罷越。我等義今度貴殿と同役に仰付られ御請に及び候。其許とは日比義絶の義に候得共。既に同役と仰付られ候上は。向後互ひに隔意なく申合せ。御用の相滯り不申候樣に無之てはと存ずる事に候。其許は當役に於て先輩の義にも候へば。諸事御指南頼入存候。但明日にも貴殿我等の內他役に轉じ。同僚を離れ候はゞ。又義絶に及び可申候。それまでの義は。隔意なく申合せ候外無之段申理り。互に心を合せて相勤るは。武士の正義に候。況や日比何の子細無之傍輩と。同役の義ならば。尙更隔意なく申合せずしては叶はず候。然るをやゝもすれば權を爭ひ。或は新役にて諸事不案內なるには。氣をつけ心を添て。首尾好勤めさせべきといふ。おとなしき心はなく。仕落有之を見ては嬉しがり申すなどは。むさきともきたなさとも。兎角の批判に及ばず候。左樣なる心立の武士は。自然の變に臨みては。必定奪ひ首。味方討等。卑怯なる働きをも仕兼ず候。尤耻慎しむべき事に候。初心の武士心得のため仍如件。
-
『武道初心集』交誼(二)或は異見を加へ候も。勘辨あるべき事にて候。子細を申すに。人の親師匠。兄伯父などの身にて。子や弟子や。甥弟へ對しては。たとひいか樣の思ひ寄を申過し候ても。苦しかるまじく候へ共。それさへ武士の口より物を申出すは。遠慮勘辨なくては不叶候。況や友傍輩へ對し候ては。猶更遠慮尤に候。扨又人より打わりて。相談を致し懸る義有之節。我等も了簡に及ばずと云て。一向相談を斷り候は格別の義に候。既に其相談相手と罷成より初めては。たとひ其人の心に叶はず。氣に入らぬ事なりとも。少しも遠慮なく道理をせめて。我が存寄の一とほりを殘らず申述るは。一段頼母しき意地に候。然るを心弱くて。个樣に申したらんには。若も心に障るべきか。氣に當るべきかなど。下手遠慮を致して。事の道理に背き。筋目にあらざる義を。尤左樣にも可然など。間に合なる相談に及び。其人に云まじき事をいはせ。或は仕形の負を取らせなど致して。後日人々の誹嘲りに逢せ候は。相談相手に頼まれたる甲斐もなき仕合に候。或は我を人がましく思ひて。相談を致すに付て。理の當る所を以て。相談に及ぶ義を不用して。己が心任せに致し。事を仕損ずる樣なる無分別ものならば。向後入魂仕間敷事に候。初心の武士心得のため仍如件。
-
『武道初心集』治家武士たらむもの。我が妻女の身の上に於て。心に叶はざる義有之候はゞ。事の道理をいひ分けて。よく合點致す樣に申し敎へ。少々の義ならば思ひ免し。堪忍仕りて差置尤に候。然れ共元來心だて惡く。畢竟用に立間敷と存ずる程ならば。一向に暇を遣はし。親のもとへ送り返すは格別の義に候。左ながら左樣にも致さず。我が女房と定め。奧樣かみ樣と人にも言はせて指置者へ對し。高聲を揚げ。種々の惡口雜言に及ぶは。市町の裏屋脊戸屋の。傭夫役丁の風情は格別。既に一騎役をも勤むる武士の所行には。決して有まじき義に候。況や腰刀などをひねくり廻し。或は握り拳の一つもあて候類は。言語道斷の事にて臆病武士の仕業に候。子細を申すに武士の娘に生れ。人の女房と成程の年齡にて。男子の義ならば人に拳をあてられては中々こらへぬ筈なれ共。女性の淺ましさに。是非なく涙を流して。堪忍をば仕るにて候。總じて我に手向ひのならぬ相手と見懸て。理不盡の仕形に及ぶ義をば。猛き武士は決して致さぬものに候。猛き武士の嫌ふてせぬ事を。好みて致すものをさして。臆病者とは申にて候。初心の武士心得のため仍如件。
-
『武道初心集』軍法戰法(一)武士たらむものは。假令小身たり共。然るべき武者師を撰びて。兵法の傳授を致し。軍法戰法の奧秘に至るまで。委細に覺悟仕り罷在べき事に候。小身武士の軍法だて。不相應に思はるゝなど。申す者も有之候へ共。それは大きなる不吟味と可申候。子細を申すに。古今國郡の守護と仰がれ。良將の名を得玉ふ人々の中には。微賤孤獨より起りて。大業を立玉へる方々。いか程も有之候。然れば今とても。小身より仕出て立身を遂。一方の將とも罷成事の有間敷に非ず候。其上兵學を學び候へば。元來賢き者は益賢くなり。少々鈍き生れ付の者も。左のみ鈍なる事を申さぬ程には罷成物にて候。然れば武士は必ず兵學を仕るべき事に候。然りといへ共。兵法の修行を惡く仕り損ひ候へば功者づき候程我が智に高ぶり。寄障る人を見こなし。實理にもあらぬ。
-
『武道初心集』頭支配番頭支配頭の下に付て。奉公勤る小身の武士。我が頭たる面々の心入。又は組あたりの善惡の義は。其身に引受。能合點致し罷在るに付。我々など若も武士の冥理に叶ひ立身を遂げて。組をも預る仕合にも罷成に於ては。組下の面々を。形の如く勞はり懷けて。主君の御用に相立べし。勿論依怙最屓などは。毛頭も仕るまじき物をと。人々存ずる物に候。然れども其身段々立身致して。番頭支配頭になり上り候へば。前方の心入とは相違致すものにて候。織田家の佐久間。羽柴家の魚住など申す輩。小身の時は。隨分の好武士に候ひしが。大身と成て後。分別相違致して。主君の見かぎりを蒙り。身上亡び候。是等よき先證と存候。初心の武士心得のため仍如件。
-
『武道初心集』臣職(三)或は其塲を一足も引退かずして。晴なる討死をも遂なん。此義に於ては摩利支尊天も照覽あれ。人にさせては見まじき物をと、口廣くこそいはね。我が心一つに覺悟を極め罷在を。武士の奉公の奧意とは申候。扱右の如く奧意を極むるうへは。我が身も命も我が物に非ずいつ何時主君の御用有べきも難計からは。彌身命を大切にかけ。大食大酒淫欲等の不養生を愼しみ。疊の上の病死をさへも本意と思はず。ましてや喧嘩口論など仕出して友傍輩を打果し。我が身命を失ふ類ひの不忠不義は。深く愼しむべき事に候。其愼の致方は。むざと口をきかぬがよく候。口をきくから起りて口論あり。口論がつのりては必ず雜言あり。武士と武士との出會にて。互ひの雜言に及びて後。無事なる事は。千萬に一つも無之候。去るに依て。最初口論に及ぶ時。其心得を致し。兼て主君へ捧げ置たる身命といふ義を存じ出し。抑へ控へを仕るを忠義の武士共申し。又は分別者共申にて候。初心の武士心得のため仍如件。
人生の答えは、ぜんぶ古典に書いてあった。
古典の入門書『人生の教科書』(PDF)と、師導の全機能1か月がセットで700円。二十四の悩みに、論語・老子・孫子から徒然草・五輪書までが答えます。
本の中身を見る