武道初心集 / 交誼二
或は異見を加へ候も。勘辨あるべき事にて候。子細を申すに。人の親師匠。兄伯父などの身にて。子や弟子や。甥弟へ對しては。たとひいか樣の思ひ寄を申過し候ても。苦しかるまじく候へ共。それさへ武士の口より物を申出すは。遠慮勘辨なくては不叶候。況や友傍輩へ對し候ては。猶更遠慮尤に候。扨又人より打わりて。相談を致し懸る義有之節。我等も了簡に及ばずと云て。一向相談を斷り候は格別の義に候。既に其相談相手と罷成より初めては。たとひ其人の心に叶はず。氣に入らぬ事なりとも。少しも遠慮なく道理をせめて。我が存寄の一とほりを殘らず申述るは。一段頼母しき意地に候。然るを心弱くて。个樣に申したらんには。若も心に障るべきか。氣に當るべきかなど。下手遠慮を致して。事の道理に背き。筋目にあらざる義を。尤左樣にも可然など。間に合なる相談に及び。其人に云まじき事をいはせ。或は仕形の負を取らせなど致して。後日人々の誹嘲りに逢せ候は。相談相手に頼まれたる甲斐もなき仕合に候。或は我を人がましく思ひて。相談を致すに付て。理の當る所を以て。相談に及ぶ義を不用して。己が心任せに致し。事を仕損ずる樣なる無分別ものならば。向後入魂仕間敷事に候。初心の武士心得のため仍如件。
新字:或は異見を加へ候も。勘弁あるべき事にて候。子細を申すに。人の親師匠。兄伯父などの身にて。子や弟子や。甥弟へ対しては。たとひいか様の思ひ寄を申過し候ても。苦しかるまじく候へ共。それさへ武士の口より物を申出すは。遠慮勘弁なくては不叶候。況や友傍輩へ対し候ては。猶更遠慮尤に候。扨又人より打わりて。相談を致し懸る義有之節。我等も了簡に及ばずと云て。一向相談を断り候は格別の義に候。既に其相談相手と罷成より初めては。たとひ其人の心に叶はず。気に入らぬ事なりとも。少しも遠慮なく道理をせめて。我が存寄の一とほりを残らず申述るは。一段頼母しき意地に候。然るを心弱くて。个様に申したらんには。若も心に障るべきか。気に当るべきかなど。下手遠慮を致して。事の道理に背き。筋目にあらざる義を。尤左様にも可然など。間に合なる相談に及び。其人に云まじき事をいはせ。或は仕形の負を取らせなど致して。後日人々の誹嘲りに逢せ候は。相談相手に頼まれたる甲斐もなき仕合に候。或は我を人がましく思ひて。相談を致すに付て。理の当る所を以て。相談に及ぶ義を不用して。己が心任せに致し。事を仕損ずる様なる無分別ものならば。向後入魂仕間敷事に候。初心の武士心得のため仍如件。
書き下し
或は異見を加へ候も。勘辨あるべき事にて候。子細を申すに。人の親師匠。兄伯父などの身にて。子や弟子や。甥弟へ對しては。たとひいか樣の思ひ寄を申過し候ても。苦しかるまじく候へ共。それさへ武士の口より物を申出すは。遠慮勘辨なくては不叶候。況や友傍輩へ對し候ては。猶更遠慮尤に候。扨又人より打わりて。相談を致し懸る義有之節。我等も了簡に及ばずと云て。一向相談を斷り候は格別の義に候。既に其相談相手と罷成より初めては。たとひ其人の心に叶はず。氣に入らぬ事なりとも。少しも遠慮なく道理をせめて。我が存寄の一とほりを殘らず申述るは。一段頼母しき意地に候。然るを心弱くて。个樣に申したらんには。若も心に障るべきか。氣に當るべきかなど。下手遠慮を致して。事の道理に背き。筋目にあらざる義を。尤左樣にも可然など。間に合なる相談に及び。其人に云まじき事をいはせ。或は仕形の負を取らせなど致して。後日人々の誹嘲りに逢せ候は。相談相手に頼まれたる甲斐もなき仕合に候。或は我を人がましく思ひて。相談を致すに付て。理の當る所を以て。相談に及ぶ義を不用して。己が心任せに致し。事を仕損ずる樣なる無分別ものならば。向後入魂仕間敷事に候。初心の武士心得のため仍如件。
現代語訳
さてまた、人に自分の思いつきを言い、あるいは意見を加えることも、考慮すべきことです。その訳は、人の親・師匠・兄・伯父などの身で、子・弟子・甥・弟に対してなら、どのような思いつきを言いすぎても差し支えないでしょうが、それでさえ武士の口から物を言い出すのは、遠慮と考慮がなくてはなりません。ましてや友・同輩に対しては、いっそう遠慮するのがもっともです。さてまた、人のほうから打ち割って相談を持ちかけられる場合、「我らも了簡に及ばず」と言って、まったく相談を断るのは別のことです。すでにその相談相手となった以上は、たとえその人の心にかなわず、気に入らないことであっても、少しも遠慮なく道理を攻めて、自分の考えを残らず述べるのは、一段と頼もしい意地です。それなのに心弱くて、「このように言ったら、もしや心に障るだろうか、気に当たるだろうか」などと下手な遠慮をして、事の道理に背き、筋目でないことを「もっともそのようにしてもよい」などと間に合わせの相談に及び、その人に言うべきでないことを言わせ、あるいは仕方の負けを取らせなどして、後日人々の誹りや嘲りに遭わせるのは、相談相手に頼まれた甲斐もない結果です。あるいは自分を人並みに思って相談を持ちかけてくれたのに、理の当たるところで相談することを用いず、己が心任せにして、事をしくじるような無分別者ならば、今後は親しくしてはなりません。初心の武士の心得のために、以上のとおりである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『武道初心集』交誼(一)武士たらむものゝ。頼母しき。意地有之と申すは。武道の正義に候。然りといへ共。譯もなく頼母しだてを致し。懸も搆はぬ所へもさし出、我が苦勞に成まじき事をも。荷なひ取持候をばさし出者共申し。又は物に懸りなどゝも沙汰仕り。大きに宜しからず候。是は少し搆ひてもと存ずる事なりとも。人が頼まぬ事ならば。かまわぬ程好事は無之候。子細を申すに。小事はいふに及ばず。たとひいか樣のむつかしき事たり共。武士の上に於て。既に頼むぞ頼まるゝぞと申すに至り候ては。我が身に引懸。苦勞に不仕しては不叶候。事の首尾によりては。主君親兄弟の爲にさへ。無差と捨ぬ一命をも。是非なく相果す儀も有まじきに非ず。爰を以て譯もなき頼母しだてを。無用とは申にて候。古き武士は。人に物を頼まれ候へば。成る筋。成らぬ筋を勘辨仕りて。成まじきと存ずる事をば。最初より請負不申。可成筋の義と存ずる義も。篤と思案致して後。其義を受負申に付。既に受負候ほどの義は相調ひ。首尾不合の義とては無之物にて候。去るに依て。人も埒明哉と申して。譽事にも仕るにて候。然るに其考なしに。人が物をさへ頼めば。心易く受負。首尾不合なれども。それを何共不存候時は。不埒者といふ名取を仕り候。扨又人に我が思ひ寄を申し。
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『武道初心集』擇友奉公仕る武士は。多き傍輩の中にても。勇氣有りて義理を正す事を好み。智惠才覺有りて口をきく武士とは。日比入魂致し。內外心安く申合する義尤に候。右樣の武士は。左のみ澤山には無之ものに候へば。壹人にても。自余の友達幾人にも懸合ひ。何事ぞ有之時は。大きに便りと罷成物にて候。總じて武士の友達をゑらぶ事なく。彼とも是とも狎れ睦び。飮食の交りを致し。出入を繁く仕るは宜しからず候。子細を申すに。武士の入魂を仕るは。互の心根をも見屆け。見とゞけられてこそ。念比には可罷成を。當分出會て面白きぞ。合口なるぞと申す迄にて。心易だてを仕り。武士の出會の樣にも無之。不禮不作法のみを盡し。手足をもたせあひて。小歌淨瑠璃にて夜を明し。うぬがわがと挨拶よきかと思へば。假初の事を中しつのりて不通義絶を致し。誰有りて中をなほす者の無さにも。頓て又中のなほり候など。一つとして踏詰たる意地の無之は。貌は武士にても。心は夫人足に等しき樣子にて。耻慎しむべき事に候。初心の武士心得のため仍如件。
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『武道初心集』絶交奉公仕る武士。傍輩の中に何ぞ子細有て。不通義絶のものも可有之候。然るに主君の仰を以て。其者と同役に罷成候節は。早速其者の方へ罷越。我等義今度貴殿と同役に仰付られ御請に及び候。其許とは日比義絶の義に候得共。既に同役と仰付られ候上は。向後互ひに隔意なく申合せ。御用の相滯り不申候樣に無之てはと存ずる事に候。其許は當役に於て先輩の義にも候へば。諸事御指南頼入存候。但明日にも貴殿我等の內他役に轉じ。同僚を離れ候はゞ。又義絶に及び可申候。それまでの義は。隔意なく申合せ候外無之段申理り。互に心を合せて相勤るは。武士の正義に候。況や日比何の子細無之傍輩と。同役の義ならば。尙更隔意なく申合せずしては叶はず候。然るをやゝもすれば權を爭ひ。或は新役にて諸事不案內なるには。氣をつけ心を添て。首尾好勤めさせべきといふ。おとなしき心はなく。仕落有之を見ては嬉しがり申すなどは。むさきともきたなさとも。兎角の批判に及ばず候。左樣なる心立の武士は。自然の變に臨みては。必定奪ひ首。味方討等。卑怯なる働きをも仕兼ず候。尤耻慎しむべき事に候。初心の武士心得のため仍如件。
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『武道初心集』親族(二)實子實弟のあいさつなれば。見放しがたくて。餘伎なく世話に致すなどは。左もあるべき義に候。次に我が娘を他へ嫁せしめ。男子產れて後。其聟相果。幼少の外孫家督に備はり。其跡式の義に付。聟の方の親類縁者と立合相談の義など有之においては。十の物ならば八つ九つまでも。聟の方の諸親類の取捌に致させて。指置申心得肝要に候。但し其聟存生の時より。勝手不如意なる跡式などにて。諸親類の厄介とも罷成次第ならば。畢竟我が娘の難義をも。見屆け遣はす道理にも有之候へば。彼是と世話にも不致しては不叶候。其聟の果たる跡に。何の事欠る義も無之か。又は少しにてもたくはひなども有之ならば。猶以て舅方より手ざしは致さぬ筈の義に候。其孫とてもいまだ幼少なるに。我娘と相談を以ての後見。一圓其意を得ぬと。他人の批判も憚るべき事に候。扨又一家の總領筋。或は先祖の主筋。旗頭など申す人の家衰へ。世に落ぶれて。見る影もなく成果たるを。少しも疎略致さず。むかしの筋目を立て折々の心寄せをも仕るは。武士の本意に候。襟元足元にばかり目を付け。盛なると見ては。敬ふまじきをも敬まひ。衰へたると見ては。賤しむまじきをも賤しむは。悉皆百姓町人の意地合にして。武士の正義にあらず候。初心の武士心得のため仍如件。
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『武道初心集』言辭(二)偏に時の運のよき也と申して。誰も左のみ譽不申候。もしも致し損じたる時は。右御請の砌から。何とやらん覺束なく思はれしが。果して仕損ひたりと申して。諸人謗るものにて候。爰を以て何分にも御請をば。潔よくとは申にて候。總じて武士をたしなむ者は。假初にも。仕形の負を取らぬ樣にとの心懸第一に候。譬ば人に無心合力などを云懸られ候ても。是は成る事成らぬ事をば。幾重にも分別致し。成まじきと思ふ事ならば。それは格別。既に得心致す程ならば。如何にも潔よく請合候てこそ。先の者も別て過分共可存候を。請口鈍く。不宵々々の樣子に見ゆる時は。向の者の心に成ては。過分氣も薄く。何とぞ可成ならば。此仁へばかりは無心を云ぬ樣に致し度事かなと。無念にも。口惜くも。不存しては不叶候。如此なるを。意地のきたなき共申し。切離れのなき共申し。損の上の損共申候。初心の武士心得のため仍如件。
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『武道初心集』言辭(一)奉公仕る武士。主君より大切の仕もの。放討など仰付らるゝ時は。御家中人多き中に。今度の御用を私へ仰付らるゝ段。武士の冥理に相叶ひ。忝次第に存ずる旨。成程潔よく御請を申上る心得尤に候。然るを生溫き御請に及ぶは。以ての外宜しからず候。子細を申すに。內心には勇氣を勵し。天晴仕すまして御目に懸べきと存じ詰候ても。勝負は時の運によれば討損じ。剩へ返り討に逢事も有之候。何れも後日に至り。諸傍輩の中において善惡の批判有べき事に候。其首尾好ければ。いかさま御請の砌より。仕り乘まじき氣色に見えたるが。能は仕濟したりと申して。もし又仕損じて返り討に逢候時は。右の御請の次第を申出て。中々仕り損ずる樣なる者にては無かりしが。如何致して討損じけるぞと申して。各悔みて惜み申候。扨又少しにても鈍き御請を仕り候時は。たとひ好首尾に致し濟し候ても。
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