武道初心集 / 絶交
奉公仕る武士。傍輩の中に何ぞ子細有て。不通義絶のものも可有之候。然るに主君の仰を以て。其者と同役に罷成候節は。早速其者の方へ罷越。我等義今度貴殿と同役に仰付られ御請に及び候。其許とは日比義絶の義に候得共。既に同役と仰付られ候上は。向後互ひに隔意なく申合せ。御用の相滯り不申候樣に無之てはと存ずる事に候。其許は當役に於て先輩の義にも候へば。諸事御指南頼入存候。但明日にも貴殿我等の內他役に轉じ。同僚を離れ候はゞ。又義絶に及び可申候。それまでの義は。隔意なく申合せ候外無之段申理り。互に心を合せて相勤るは。武士の正義に候。況や日比何の子細無之傍輩と。同役の義ならば。尙更隔意なく申合せずしては叶はず候。然るをやゝもすれば權を爭ひ。或は新役にて諸事不案內なるには。氣をつけ心を添て。首尾好勤めさせべきといふ。おとなしき心はなく。仕落有之を見ては嬉しがり申すなどは。むさきともきたなさとも。兎角の批判に及ばず候。左樣なる心立の武士は。自然の變に臨みては。必定奪ひ首。味方討等。卑怯なる働きをも仕兼ず候。尤耻慎しむべき事に候。初心の武士心得のため仍如件。
新字:奉公仕る武士。傍輩の中に何ぞ子細有て。不通義絶のものも可有之候。然るに主君の仰を以て。其者と同役に罷成候節は。早速其者の方へ罷越。我等義今度貴殿と同役に仰付られ御請に及び候。其許とは日比義絶の義に候得共。既に同役と仰付られ候上は。向後互ひに隔意なく申合せ。御用の相滞り不申候様に無之てはと存ずる事に候。其許は当役に於て先輩の義にも候へば。諸事御指南頼入存候。但明日にも貴殿我等の内他役に転じ。同僚を離れ候はゞ。又義絶に及び可申候。それまでの義は。隔意なく申合せ候外無之段申理り。互に心を合せて相勤るは。武士の正義に候。況や日比何の子細無之傍輩と。同役の義ならば。尚更隔意なく申合せずしては叶はず候。然るをやゝもすれば権を争ひ。或は新役にて諸事不案内なるには。気をつけ心を添て。首尾好勤めさせべきといふ。おとなしき心はなく。仕落有之を見ては嬉しがり申すなどは。むさきともきたなさとも。兎角の批判に及ばず候。左様なる心立の武士は。自然の変に臨みては。必定奪ひ首。味方討等。卑怯なる働きをも仕兼ず候。尤耻慎しむべき事に候。初心の武士心得のため仍如件。
書き下し
奉公仕る武士。傍輩の中に何ぞ子細有て。不通義絶のものも可有之候。然るに主君の仰を以て。其者と同役に罷成候節は。早速其者の方へ罷越。我等義今度貴殿と同役に仰付られ御請に及び候。其許とは日比義絶の義に候得共。既に同役と仰付られ候上は。向後互ひに隔意なく申合せ。御用の相滯り不申候樣に無之てはと存ずる事に候。其許は當役に於て先輩の義にも候へば。諸事御指南頼入存候。但明日にも貴殿我等の內他役に轉じ。同僚を離れ候はゞ。又義絶に及び可申候。それまでの義は。隔意なく申合せ候外無之段申理り。互に心を合せて相勤るは。武士の正義に候。況や日比何の子細無之傍輩と。同役の義ならば。尙更隔意なく申合せずしては叶はず候。然るをやゝもすれば權を爭ひ。或は新役にて諸事不案內なるには。氣をつけ心を添て。首尾好勤めさせべきといふ。おとなしき心はなく。仕落有之を見ては嬉しがり申すなどは。むさきともきたなさとも。兎角の批判に及ばず候。左樣なる心立の武士は。自然の變に臨みては。必定奪ひ首。味方討等。卑怯なる働きをも仕兼ず候。尤耻慎しむべき事に候。初心の武士心得のため仍如件。
現代語訳
奉公する武士で、同輩の中に何か訳があって不通・義絶の者がいることもあるでしょう。ところが主君の仰せで、その者と同役になったときは、すぐその者の所へ行き、「私はこのたび貴殿と同役を仰せつけられ、お受けいたしました。あなたとは日ごろ義絶の間柄ですが、すでに同役を仰せつけられた上は、今後互いに隔意なく申し合わせ、御用が滞らないようにしなくてはと存じます。あなたはこの役では先輩でもありますから、諸事ご指南を頼みます。ただし、明日にも貴殿か私のうちどちらかが他の役に転じ、同僚を離れたならば、また義絶いたしましょう。それまでは隔意なく申し合わせるほかない」と断り、互いに心を合わせて勤めるのが武士の正義です。ましてや日ごろ何の訳もない同輩と同役になったなら、なおさら隔意なく申し合わせなくてはなりません。それなのに、ともすれば権を争い、あるいは新役で諸事不案内な者には、気をつけ心を添えて首尾よく勤めさせようという大人らしい心がなく、仕損じがあるのを見ては嬉しがるなどは、むさいとも汚いとも、あれこれ批判するまでもありません。そのような心立ての武士は、いざ変事に臨んでは、必ず奪い首・味方討ちなどの卑怯な働きをもしかねません。いかにも恥じ慎むべきことです。初心の武士の心得のために、以上のとおりである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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易経・小畜卦復ること道よりすとは、其の義吉なるなり。牽かれて復りて中に在り、亦自ら失わざるなり。夫妻目を反すとは、室を正すこと能わざるなり。孚有り。惕れ出づ。上志を合わすなり。孚有りて攣如たりとは、独り富まざるなり。既に雨ふり既に処るとは、徳積みて載すなり。君子征けば凶とは、疑わしき所有るなり。
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尚書・君奭又曰く、往来する能はざれば、茲れ彝教を迪むる無く、文王の蔑(な)き徳、国人に降らず、と。亦惟れ純ら佑けて徳を秉り、天威を迪知し、乃ち惟れ時れ文王を昭らかにし、迪みて見はれ冒ひて上帝に聞こゆ、惟れ時に殷の命を受け有つかな。武王は惟れ茲の四人、尚ほ迪みて禄有り。後に武王と暨に、誕いに天威を将ひ、咸く厥の敵を劉(ころ)す。惟れ茲の四人、武王を昭らかにし、惟れ冒ひ、丕いに単(ことごと)く徳を称す。今予小子旦に在りては、大川に游ぶが若し、予往きて汝奭と暨に其れ済らん。小子は未だ位に在らざるに同じく、誕いに我を責むること無し。収めて不及を勖むる罔く、耇(おい)の造る徳降らずんば、我則ち鳴鳥だに聞かず、矧んや曰く其れ能く格ること有らんや。」公曰く、「嗚呼(ああ)!君肆に其れ茲に監みよ。我命を受くること疆無きは惟れ休なれど、亦大いに惟れ艱し。君に乃の猷を告ぐ、裕かにして我後人を以て迷はしめざれ。」公曰く、「前人乃の心を敷き、乃ち悉く汝に命じ、汝を民の極と作す。曰く、『汝明らかに勖めて王を偶(たす)けよ。亶に茲の大命に乗り、惟れ文王の徳を丕いに承けて疆無きの恤あれ』と。」公曰く、「君よ。汝に朕の允を告ぐ、保奭よ。其れ汝克く敬して予と以に殷の喪の大否を監み、肆に我が天威を念へ。予允ならずして惟れ茲の若く誥げんや。予惟れ曰く、我二人を襄けよ、汝合ふこと有らんか、と言ふ。曰く、『時の二人に在り、天休滋ます至らん、惟れ時の二人も戡(た)へず』と。其れ汝克く徳を敬し、我が俊民を明らかにせよ。後人に丕時を譲れ。嗚呼(ああ)!篤く時の二人を棐けしかば、我式て克く今日の休に至る。我咸く文王の功を怠らざるに成し、丕いに冒ひ、海隅日の出づるところまで、率俾せざる罔からしめん。」公曰く、「君よ。予は恵はずして茲の若く多く誥ぐるにあらず、予惟れ用て天と民とを閔(うれ)ふ。」公曰く、「嗚呼(ああ)!君よ。
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孫子・九地篇敢えて問う、兵をして率然の如くならしむべきか。曰く、可なり。夫れ呉人と越人とは相悪むも、其の舟を同じくして済るに当たり、風に遇わば、其の相救うや左右の手の如し。
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『文武訓』武訓下聖人も、子路を戒めて、暴虎馮河して、死して悔なからん者には我くみせじ、必ず事にのぞんでおそれ。謀を好んでなさんものなりとのたまへり。伍子胥が父兄の仇を報ぜしも、身を全うして呉王につかへ、呉国の力をかりしなり。若伍子胥も、敵身方の勢をはからずして、押しよせて父兄の仇を報ぜんとせば、などか本意を遂げんや。張良が韓の仇を報ぜしも、高祖の勢をかりてこそ、秦楚をば亡ぼしけれ。打つべき時ありてうたざらんは、まことにおこたりといふべし。工藤祐経は、家富み郎徒多くして用心をなす。祐成、時宗、単身にて即時に押寄せたらば、などか敵を打ちすますべき、只犬死をこそせめ。されば義貞軍記の論と、近世の先輩それに雷同せし説、さらに理にかなへりともおもほえず。われかつて曽我記の序において、此事を詳に論ぜり。
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『春秋左氏伝』昭公三十二年 成周に城かんことを請う三十二年春、王の正月、公乾侯に在り。外内すること能はず、又其の人を用ゐること能はざるを言ふなり。夏、吳越を伐つ。始めて師を越に用ゐるなり。史墨曰く、「四十年に及ばずして、越其れ吳を有たんか。越歲を得て吳之を伐つ、必ず其の凶を受けん」と。秋、八月、王、富辛と石張とをして晉に如かしめ、成周に城かんことを請ふ。天子曰く、「天禍を周に降し、我が兄弟をして並びに亂心有らしめ、以って伯父の憂ひと為す。我が一二の親昵甥舅、啟處に皇あらず、今に於いて十年。勤めて戍ること五年。余一人日として之を忘るること無し。閔閔焉として農夫の歲を望むが如く、懼れて以って時を待つ。伯父若し大惠を肆(ほどこ)し、二文の業を復し、周室の憂ひを弛め、文武の福を徼め、以って盟主を固め、令名を宣昭せば、則ち余一人大願有り。昔成王諸侯を合し、成周に城きて、以って東都と為し、文德を崇ぶ。今我福を徼め靈を成王に假りて、成周の城を脩め、戍人をして勤むること無く、諸侯用って寧く、蝥賊遠く屏けしめんと欲す。晉の力なり。其れ諸を伯父に委ね、伯父をして實に重ねて之を圖らしむ。我一人をして怨みを百姓に徵(まね)くこと無からしめて、伯父榮施有り、先王之を庸(もち)ゐん」と。范獻子魏獻子に謂ひて曰く、「其の周を戍らんよりは、之に城くに如かず。天子實に云ふ、後事有りと雖も、晉與り知ること勿くして可なりと。王命に從ひて以って諸侯を紓(ゆる)めば、晉國憂ひ無し。是を之れ務めずして、又焉にか事に從はん」と。魏獻子曰く、「善し」と。伯音をして對へしめて曰く、「天子命有り、敢へて奉承して、以って諸侯に奔告せざらんや。遲速衰序、是に於いてか在り」と。
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『講孟余話』滕文公下 第五章湯の民を弔し、武王の残を取る、是れ所謂王者の兵なり。皆後世の師法とすべき所なり。而して湯の葛に於ける、尤も其の道を尽くすと云ふべし。方今有志の諸侯、若し心を茲に用ふる者あらば、実に神州の大幸と云ふべし。先づ自国の政教を修め、稍く隣国他国の非政を誨諭革正せしめ、米粟給せざれば是れを給せしめ、甲兵備はらざれば是れを備へしめ、相共に神州を守護せんことを約せば、国脈不日に強盛なるべし。世の湯武の事を称道する者、必ず放伐と云ふ。噫、湯武をして真に聖人ならしめば、放伐は豈に其の好む所ならんや。殊に已むを得ざるに出づるのみ。其の本心は葛伯の如き者と雖も、善政に進ましめんと欲するなり。故に牛羊を遺り、衆を遣はして耕さしむる、皆是れ至誠惻怛の心より出づることなり。若し是れを以て恩を売り威を養ふの術数とせば、大いに非なり。
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