武道初心集 / 家作
奉公仕る武士。家作仕るに於ては。表向の門長屋。玄關の見入座敷の體などは。身上相應に暉麗に仕るも尤の義に候。子細は。何れの城下に於ても。外曲輪の邊までは。他所他國の者も入來り。見る事も有之候に。諸士の家居宜しければ。家中も落付て覺ゆるなれば。主君の御爲にも。少しは宜敷道理も有之かにて候。其外奧向。妻子など指置候處は。雨さへ漏ずば。いか樣に見苦しくても堪忍仕り。成べき程は。家普請に物を入ざる樣にと覺悟尤に候。子細を申すに。亂世には城主たる大名方にも。常に籠城の心懸おはしますを以て。二三の丸に罷在士屋敷は家を低く。梁間をつめて。譜請を手輕くとの制を定めらるゝ事に候。ましてや外曲輪に住居仕る士共の家宅は。變に臨みては。悉く自燒致して取拂ふ事なれば。末を兼たる家作とては。可仕樣も無之候。去るに依て。作事の至て輕さをば。寢小屋普請の樣なりとは申にて候。爰を以て存ずる時は。たとひ治世の今とても。武士道を磨く士は。居屋敷の家作に種々の物數奇を盡し。常住の思ひをなすは。有之間敷事に候。其上火災などに逢たる時は。早速似合の小屋掛不仕しては叶はず候に。左樣の勘辨もなく。分限に過たる普請に物を入れ。それを借金の高に結びて嬉しがり候は。至極の不物數奇とより外には可申樣も無之候。初心の武士心得のため仍如件。
新字:奉公仕る武士。家作仕るに於ては。表向の門長屋。玄関の見入座敷の体などは。身上相応に暉麗に仕るも尤の義に候。子細は。何れの城下に於ても。外曲輪の辺までは。他所他国の者も入来り。見る事も有之候に。諸士の家居宜しければ。家中も落付て覚ゆるなれば。主君の御為にも。少しは宜敷道理も有之かにて候。其外奥向。妻子など指置候処は。雨さへ漏ずば。いか様に見苦しくても堪忍仕り。成べき程は。家普請に物を入ざる様にと覚悟尤に候。子細を申すに。乱世には城主たる大名方にも。常に籠城の心懸おはしますを以て。二三の丸に罷在士屋敷は家を低く。梁間をつめて。譜請を手軽くとの制を定めらるゝ事に候。ましてや外曲輪に住居仕る士共の家宅は。変に臨みては。悉く自焼致して取払ふ事なれば。末を兼たる家作とては。可仕様も無之候。去るに依て。作事の至て軽さをば。寝小屋普請の様なりとは申にて候。爰を以て存ずる時は。たとひ治世の今とても。武士道を磨く士は。居屋敷の家作に種々の物数奇を尽し。常住の思ひをなすは。有之間敷事に候。其上火災などに逢たる時は。早速似合の小屋掛不仕しては叶はず候に。左様の勘弁もなく。分限に過たる普請に物を入れ。それを借金の高に結びて嬉しがり候は。至極の不物数奇とより外には可申様も無之候。初心の武士心得のため仍如件。
書き下し
奉公仕る武士。家作仕るに於ては。表向の門長屋。玄關の見入座敷の體などは。身上相應に暉麗に仕るも尤の義に候。子細は。何れの城下に於ても。外曲輪の邊までは。他所他國の者も入來り。見る事も有之候に。諸士の家居宜しければ。家中も落付て覺ゆるなれば。主君の御爲にも。少しは宜敷道理も有之かにて候。其外奧向。妻子など指置候處は。雨さへ漏ずば。いか樣に見苦しくても堪忍仕り。成べき程は。家普請に物を入ざる樣にと覺悟尤に候。子細を申すに。亂世には城主たる大名方にも。常に籠城の心懸おはしますを以て。二三の丸に罷在士屋敷は家を低く。梁間をつめて。譜請を手輕くとの制を定めらるゝ事に候。ましてや外曲輪に住居仕る士共の家宅は。變に臨みては。悉く自燒致して取拂ふ事なれば。末を兼たる家作とては。可仕樣も無之候。去るに依て。作事の至て輕さをば。寢小屋普請の樣なりとは申にて候。爰を以て存ずる時は。たとひ治世の今とても。武士道を磨く士は。居屋敷の家作に種々の物數奇を盡し。常住の思ひをなすは。有之間敷事に候。其上火災などに逢たる時は。早速似合の小屋掛不仕しては叶はず候に。左樣の勘辨もなく。分限に過たる普請に物を入れ。それを借金の高に結びて嬉しがり候は。至極の不物數奇とより外には可申樣も無之候。初心の武士心得のため仍如件。
現代語訳
奉公する武士が家を造る場合は、表向きの門・長屋、玄関から見える座敷の様子などは、身上にふさわしく立派に造るのももっともなことです。その訳は、どの城下でも、外曲輪のあたりまでは他所他国の者も入り来て見ることがあるので、諸士の家構えがよければ家中も落ち着いて見え、主君のためにも少しはよいという道理があるからです。そのほか奥向き、妻子などを置く所は、雨さえ漏らなければどのように見苦しくても我慢し、できるだけ家普請に物を費やさないようにと覚悟するのがもっともです。その訳を言えば、乱世には城主である大名方でも常に籠城の心がけがおありなので、二の丸・三の丸にいる士の屋敷は家を低く、梁間を詰めて、普請を手軽にするようにとの制を定められました。ましてや外曲輪に住む士たちの家宅は、変事に臨んではことごとく自ら焼いて取り払うのですから、末長く続くような家作はできようもありません。そのため作事のごく軽いことを「寝小屋普請のようだ」と言うのです。これによって思うに、たとえ治世の今であっても、武士道を磨く士は、居屋敷の家作にさまざまな物好きを尽くし、ここに永く住むつもりになるようなことはあってはならないことです。そのうえ火災などに遭ったときは、すぐに身分に似合った小屋掛けをしなければならないのに、そのような考えもなく、分限に過ぎた普請に物を費やし、それを借金の高に結びつけて喜ぶのは、この上ない「不物数奇」(風流ならぬ心得違い)としか言いようがありません。初心の武士の心得のために、以上のとおりである。
解説
この章句が説くこと
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