武道初心集 / 儉畜二
身上相應の暮しを仕り。少しなりとも無益の義には。物を入れぬ分別を仕り。是非致さずしては叶はざる事ばかりに物を入る。是を儉約の道と申候。但し此儉約に付て一つの心得有之候。いかんとなれば。儉約儉約とばかり申て。物の費をいとひ。內證をつめて簡畧專らなる時は。程なく勝手を持直し。其初め持つけぬ金銀を持てば。持つほど多くなるを悦び。耗るを悲しむむさき心と成り。後々は爲べき事をもせず。致さて叶はぬ事をも致さぬ。義理知らずとなり。兎にも角にも金銀を蓄ふる分別の外無之。之を名付て吝嗇と申候。百姓町人の上はいかんも候へ。武士の吝嗇と申すは。三寶の棄物とやらんにて。大きに嫌ひ申義に候。其子細は。世に多き金銀をさへ。義理にかへて。遺ふ事をいやがり候心からは。ましては外に二つとなき一命を惜し氣もなく捨る義は。決して無之道理に候。されば吝嗇は。臆病の唐名なりと。古き人の申置候事に候。初心の武士心得のため仍如件。
新字:身上相応の暮しを仕り。少しなりとも無益の義には。物を入れぬ分別を仕り。是非致さずしては叶はざる事ばかりに物を入る。是を倹約の道と申候。但し此倹約に付て一つの心得有之候。いかんとなれば。倹約倹約とばかり申て。物の費をいとひ。内証をつめて簡略専らなる時は。程なく勝手を持直し。其初め持つけぬ金銀を持てば。持つほど多くなるを悦び。耗るを悲しむむさき心と成り。後々は為べき事をもせず。致さて叶はぬ事をも致さぬ。義理知らずとなり。兎にも角にも金銀を蓄ふる分別の外無之。之を名付て吝嗇と申候。百姓町人の上はいかんも候へ。武士の吝嗇と申すは。三宝の棄物とやらんにて。大きに嫌ひ申義に候。其子細は。世に多き金銀をさへ。義理にかへて。遺ふ事をいやがり候心からは。ましては外に二つとなき一命を惜し気もなく捨る義は。決して無之道理に候。されば吝嗇は。臆病の唐名なりと。古き人の申置候事に候。初心の武士心得のため仍如件。
書き下し
身上相應の暮しを仕り。少しなりとも無益の義には。物を入れぬ分別を仕り。是非致さずしては叶はざる事ばかりに物を入る。是を儉約の道と申候。但し此儉約に付て一つの心得有之候。いかんとなれば。儉約儉約とばかり申て。物の費をいとひ。內證をつめて簡畧專らなる時は。程なく勝手を持直し。其初め持つけぬ金銀を持てば。持つほど多くなるを悦び。耗るを悲しむむさき心と成り。後々は爲べき事をもせず。致さて叶はぬ事をも致さぬ。義理知らずとなり。兎にも角にも金銀を蓄ふる分別の外無之。之を名付て吝嗇と申候。百姓町人の上はいかんも候へ。武士の吝嗇と申すは。三寶の棄物とやらんにて。大きに嫌ひ申義に候。其子細は。世に多き金銀をさへ。義理にかへて。遺ふ事をいやがり候心からは。ましては外に二つとなき一命を惜し氣もなく捨る義は。決して無之道理に候。されば吝嗇は。臆病の唐名なりと。古き人の申置候事に候。初心の武士心得のため仍如件。
現代語訳
身上にふさわしい暮らしをし、少しでも無益なことには物を費やさない分別を持ち、どうしてもしなければならないことだけに物を費やす。これを倹約の道と言います。ただし、この倹約について一つの心得があります。なぜかといえば、倹約倹約とばかり言って物の費えを嫌い、内証を詰めて簡略一辺倒にしていると、ほどなく暮らしを持ち直し、初めは持ちつけなかった金銀を持つと、持つほど多くなるのを喜び、減るのを悲しむ見苦しい心となり、のちにはすべきこともせず、しなければならないこともしない、義理知らずとなります。とにもかくにも金銀を蓄える以外に分別がなくなる、これを名付けて吝嗇と言います。百姓町人の身の上ならばともかく、武士の吝嗇というのは、「三宝の棄物」とかいうように、大いに嫌うことです。その訳は、世に多い金銀でさえ、義理と引き換えに使うのを嫌がる心では、まして二つとない一命を惜しげもなく捨てることは決してない道理だからです。だから吝嗇は臆病の唐名(漢語での呼び名)であると、古い人が言い置きました。初心の武士の心得のために、以上のとおりである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『武道初心集』儉畜(一)奉公仕る武士は。大身小身に限らず。常に儉約を用ゐて。隨分勝手をすり切不申分別尤に候。但し知行高を取武士の義は。たとひ一度勝手をすり切候ても。早く思案を致しかへて。爰をつめ彼所をちゞめ。諸事に氣を付て簡畧をさへ致候へば。程なく勝手を取直し申義も罷成候は。身上に餘計あるを以ての義に候。小身にて大身の眞似を致し。無用の義に物を入れ。勝手を仕損じ候ては。身上の餘計無之に付。萬事跡ひけになり。何程簡略致し候ても補ひ兼。後々は跡へも先へも行兼る。大すり切と罷成るは必定に候。人々勝手に成るぞ成らぬぞとは申すは內證の義にて。奉公を致す身には。傍輩一列の格合有之。止事を得ざる物入もなくては叶はず。左樣の刻み爲方なければ。種々の才覺手段に及び。云まじき事をもいひ。仕間敷事をも仕りて。生れも付ざる不律義もの。大はつ者の名取を仕るも。畢竟不勝手より起る過失に候。爰を以て前かたより其覺悟を定め。
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『初学訓』巻之四財を惜みて、人に施さざるは吝嗇といふ、しはきことなり。しはきは、仁義の道にそむきて悪事なり。愚なる人は、倹約と吝嗇との別を知らずして、倹約をも吝嗇なりとて、譏りわらふ。又、吝嗇にして、みづから倹約なりと思ひ誤る人あり。二ながら非なり。いにしへの聖賢、いづれも倹約ならざるはなし。是善徳なり。倹約なれば俗人そしる。俗人のそしりを顧みず、つとめ行ふべし。俗人の譏りを顧みおそれては、倹約は行はれず。されども、せはしく鄙細なるは倹約にあらず。人に対して寛恕なるべし。
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『家道訓』巻之六・用財下一倹約は人の美徳なり。いにしへより、いみじき聖賢明王、皆倹約を行ひ給へり。よき人の倹約ならざるはなし。俗人は、皆倹約をきらひて鄙吝なりとす。倹約は、我が身に俸養する事をうすくして、おごらざるを云ふ。是善徳なり。吝嗇とは、をしむともやぶさかとも読む。財ををしみてあたふべき人にあたへず、用ふべき事にも用ひざるを云ふ。是は悪事なり。此わかちを知るべし。愚人と下部は、倹約を吝嗇と思へり。一君子はみだりに財を費さざる故、余財ありて人を救ひめぐみ、財を用ふべき事には惜まず、小人はおごりて、濫に財を費せども、人をすくひ恵むことには、財ををしみて施さず。故に奢りてみだりに財をつひやす者は、必ず財ををしみて人をすくひ恵まず。
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『家道訓』巻之五・用財中一倹約にして財をつひやさざるは尤良法なり。然れども、倹約を行ふに事よせて、財ををしみて礼義を欠き、仁愛をほどこさざるは鄙狭と云ふべし。倹約にあらず、是吝嗇なり、不徳なり。礼義をつとめて財を用ふべく、あたふべき時ならば、財ををしまずしていさぎよかるべし。又貧窮をすくふにおいては、財ををしむべからず。我が身には倹約にして、人に施すには財ををしまざるは、是善なり。我が身にはおごりつひやして礼義を欠き、人にほどこしめぐまざるは不徳なり。財ををしみては善を行ひがたしと、古人いへり、むべなるかな。又無益のことに財をつひやしてをしまざる人あり。愚なりと云ふべし。無益のことに財を用ふるは、淵に捨つるに同じ。是善を行ひ人を救ふ道をしらず、其の志なき故なり。
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『家道訓』巻之六・用財下一倹約にして、我身におごりなきをば徳と云ふ。人これをよろこぶ。もし人に対して、財ををしみて、人にほどこさず人にうすくして、礼にあたらざるをば、人皆いやしみそしる。是不徳なり、吝嗇と云ふ。倹約をあしく心得て吝嗇とする者あり、倹約に事よせて吝嗇なるもあり。皆不徳なり。
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『家道訓』巻之六・用財下一衆人は、倹約の善なることを知らず。倹約なれば、吝嗇なりとてそしりわらふは、世俗のならひなり。愚なる人は、世俗のそしりを誠と心得て雷同す。世俗のそしり信ずべからず。世俗のそしりをおそれて、倹約を行はざるは力量なし。されども倹約の道を知らで、心鄙細にして、財を惜むこと過ぐれば、心せはしく、あたふべき物をあたへず、用ふべき財を用ひずして、仁愛をうしなひ礼義にそむくゆゑ、人の和を失ひて、人おもひつかず、何事を行ふもはかゆかず。
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