武道初心集 / 軍法戰法二
高上なる理窟だてを申して。若輩の耳を誤らせ。氣立を傷ひ。口には正義正法に似たる。分外の言葉を吐候へ共。心根は大に貪り。立にも居るにも利害を謀り。次第に人柄惡く成り。武士の意地合までも取失ふ者有之候。是兵學修行の中半なるに付ての過失に候。迚も兵を學ぶとならば。此半途に足を止めず。如何にもして奧旨に至り頓て元の愚に立歸り。安住致すまでに。修行仕度事に候。然れ共。我人兵學の半途に日を送り。奧義に至る事叶はず候ゆへ。本の愚に立歸るべき方角を取失ひ狼狽罷在候は。心外の至りに候。爰に愚に歸ると申すは。いまだ兵の道を學ばざる以前の心の如くにと申事に候。總じて味噌の味噌くさきと。兵法者の兵法くさきとに出會候ては。鼻向もならざる物のよし。古來より申傳へ候。初心の武士心得のため仍如件。
新字:高上なる理窟だてを申して。若輩の耳を誤らせ。気立を傷ひ。口には正義正法に似たる。分外の言葉を吐候へ共。心根は大に貪り。立にも居るにも利害を謀り。次第に人柄悪く成り。武士の意地合までも取失ふ者有之候。是兵学修行の中半なるに付ての過失に候。迚も兵を学ぶとならば。此半途に足を止めず。如何にもして奥旨に至り頓て元の愚に立帰り。安住致すまでに。修行仕度事に候。然れ共。我人兵学の半途に日を送り。奥義に至る事叶はず候ゆへ。本の愚に立帰るべき方角を取失ひ狼狽罷在候は。心外の至りに候。爰に愚に帰ると申すは。いまだ兵の道を学ばざる以前の心の如くにと申事に候。総じて味噌の味噌くさきと。兵法者の兵法くさきとに出会候ては。鼻向もならざる物のよし。古来より申伝へ候。初心の武士心得のため仍如件。
書き下し
高上なる理窟だてを申して。若輩の耳を誤らせ。氣立を傷ひ。口には正義正法に似たる。分外の言葉を吐候へ共。心根は大に貪り。立にも居るにも利害を謀り。次第に人柄惡く成り。武士の意地合までも取失ふ者有之候。是兵學修行の中半なるに付ての過失に候。迚も兵を學ぶとならば。此半途に足を止めず。如何にもして奧旨に至り頓て元の愚に立歸り。安住致すまでに。修行仕度事に候。然れ共。我人兵學の半途に日を送り。奧義に至る事叶はず候ゆへ。本の愚に立歸るべき方角を取失ひ狼狽罷在候は。心外の至りに候。爰に愚に歸ると申すは。いまだ兵の道を學ばざる以前の心の如くにと申事に候。總じて味噌の味噌くさきと。兵法者の兵法くさきとに出會候ては。鼻向もならざる物のよし。古來より申傳へ候。初心の武士心得のため仍如件。
現代語訳
高尚な理屈ばかりを言って若者の耳を誤らせ、気力を傷つけ、口では正義正法に似た分不相応な言葉を吐くものの、心根は大いに貪欲で、立つにも座るにも利害をはかり、だんだんと人柄が悪くなり、武士の心根までも失う者がいます。これは兵学の修行が中途半端であるための過失です。いやしくも兵を学ぶなら、この中途で足を止めず、何としても奥旨に至り、やがて元の愚に立ち帰って安住するまで、修行したいものです。ところが、自分も人も兵学の途中で日を送り、奥義に至ることができず、本の愚に立ち帰る方向を見失い、うろたえているのは、まことに心外なことです。ここで愚に帰るというのは、まだ兵の道を学ぶ前の心のようにということです。総じて、味噌の味噌くさいのと、兵法者の兵法くさいのとに出会っては、鼻向けもならないものだと、昔から申し伝えています。初心の武士が心得るために、以上のとおりである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『十善法語』巻第五・不綺語戒又有道ノ士カ自ノ所得ノ法ヲ文辞ニ寓スル。三祖ノ信心銘。永嘉ノ証道歌。寒山ノ詩。杯度ノ歌。ソノ類多キシヤ。又勧戒ヲ世ニ垂ルルモアル。上古ノ金人銘。鼎銘ノ類。ミナ糸竹管絃ノ比対スヘキトコロニアラス。狂言綺語トハ同日ノ論ニアラスシヤ。法トシテ如是ナレドモ。此綺語ヲモ一向ニ廃セヨト云テハナイ。広ク云ハハ。世間一切事。ミナ利アリ害アル。仮令詩書六経モ時ニヨリテハ其害生スル。囲碁飲酒モ事ニ当テハ少分ノ徳有ル。喩ヘハ一草一木ノミナ能アリ毒アル如クシヤ。人参白朮モ時ニヨリテ害アル。砒礵斑猫モ其病ニ当テハ薬トナル如シヤ。今民間ノ風俗ヲ観ルニ。世僧ノ連歌聯句ヲ習フスラ。ナホ我慢勝他ノ俗態少ク。細民ノ誹諧ナトヲ好ム。ナホ非理ノ口論ニ勇マヌシヤ。
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『韓非子』六反第四十六霸王なる者は、人主の大利なり。人主大利を挟みて以て治を聴く、故に其の官に任ずる者は能に当たり、其の賞罰は私無し。士民をして明らかならしめば、力を尽くし死を致し、則ち功伐立つべくして爵禄致すべし、爵禄致りて富貴の業成る。富貴なる者は、人臣の大利なり。人臣大利を挟みて以て事に従ふ、故に其の行危ふくして死に至り、其の力尽くして望まず。此れを君仁ならず、臣忠ならずして、則ち以て霸王たるべしと謂ふ。夫れ姦は必ず知らるれば則ち備へ、必ず誅せらるれば則ち止む。知られざれば則ち肆にし、誅せられざれば則ち行ふ。夫れ軽貨を幽隠に陳ぬれば、曾・史と雖も疑ふべし。百金を市に懸くれば、大盗と雖も取らず。知られざれば、則ち曾・史も幽隠に疑ふべし。必ず知らるれば、則ち大盗も懸金を市に取らず。故に明主の国を治むるや、其の守を衆くして其の罪を重くし、民をして法を以て禁ぜしめて廉を以て止めしめず。母の子を愛するや父に倍す、父の令の子に行はるるは母に十す。吏の民に於けるや愛無し、令の民に行はるるは父に万す。母は愛を積みて令窮し、吏は威厳を用ひて民聴従す、厳愛の筴も亦決すべし。且つ父母の子に求むる所以や、動作すれば則ち其の安利を欲し、身を行へば則ち其の罪に遠ざからんことを欲す。君上の民に於けるや、難有れば則ち其の死を用ひ、安平なれば則ち其の力を尽くさしむ。親は厚愛を以て子を安利に関はらしめんとして聴かれず、君は無愛利を以て民の死力を求めて令行はる。明主之を知る、故に恩愛の心を養はずして威厳の勢を増す。故に母厚愛に処りて、子多く敗るるは、愛を推せばなり。父薄愛にして教笞して、子多く善なるは、厳を用ふればなり。
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孫子・作戦篇兵を用うるの害を尽く知らざる者は、兵を用うるの利を尽く知ること能わず。
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『韓非子』八經第四十八臣主の異利を知る者は王たり、以て同じと爲す者は劫かされ、與に事を共にする者は殺さる。
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孫子・九変篇是の故に智者の慮は、必ず利害に雑う。利に雑えて務め信なる可きなり。害に雑えて患い解く可きなり。
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『長短経』利害〔孫子曰く「兵甚だ陥れば則ち懼れず、已むを得ざれば則ち闘う。是の故に、其の兵は修めずして戒め、求めずして得、約せずして親しみ、令せずして信ず。之を往く無きに投ずれば、諸将の勇なり」と。此の謂いなり。〕魏の太祖、張繡を征す。一朝軍を引きて退く。繡自ら之を追わんとす。賈詡曰く「追うべからざるなり」と。繡従わず、果たして敗れて還る。詡、繡に謂いて曰く「促やかに更に之を追え。戦えば必ず勝たん」と。繡、散卒を収め、赴きて太祖を追い、戦いて果たして勝つ。還りて、詡に問いて曰く「繡は精兵を以て退軍を追い、而して公は必ず敗れんと曰う。退くに敗卒を以て勝兵を撃ち、而して公は必ず克たんと曰う。皆公の言の如し。何ぞ其れ反して皆験あるや」と。詡曰く「此れ知り易きのみ。軍勢百途、事一ならざるなり。将軍は善く兵を用うと雖も、曹公の敵に非ざるなり。魏の軍新たに退けば、曹公必ず自ら其の後ろを断つ。追兵精しと雖も、将既に敵せず、彼の士も亦た鋭し。故に必ず敗るるを知る。曹公の将軍を攻むるに失策無し。力未だ尽きずして還るは、必ず国内に故有ればなり。既に将軍を破らば、必ず軽軍にして速やかに進み、諸将を留めて後ろを断たしめん。諸将勇なりと雖も、亦た将軍の敵に非ざるなり。故に敗兵を用うと雖も勝つなり」と。繡乃ち其の能に服す。
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