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武道初心集 / 勇者二

人間第一の惑なる。色情をも愼み遠さけ。其外萬事の上に付て。物に能く堪へ忍ぶ意地のあるは。是れ皆勇者のきつかけに候。扨又不勇者と申は主君をも親をも。上べばかり敬ふふりを致し。信實に大切と存ずる意地は無之。主君の法度。親々のいやがる事といふ愼みもなく。行まじき所へも狼狽ありき。仕るまじき事も仕り。萬に氣隨を先だち。朝寢晝寢を好みて。學文をば大きに嫌ひ。武藝を務るとても。何一色取しめて稽古致す事もなく。所作も叶はぬ藝自慢の利口だてばかり申し。役にも立ぬ阿房狂ひ。又は榮耀喰ひなどにはいか程も物を入れ。知行の物成切符をも。跡先の考へなしに遣ひ散し。致さで叶はぬ事には至て嗇く。親の讓りに受たる古具足毛切れ仕り。塗の剝候を修復致すべき心掛さへ無之仕合なれば。ましてや外の武具馬具の不足を改めて。新たに支度するなどは思ひも寄ず。其身病者にては。主君へ奉公も叶はず。親々の氣違ひ苦勞になるといふ勘辨もなく。大食大酒の上色情に耽り。我と我が壽命に鑪子を懸る如くなるは。是皆物に堪忍ぶとの成り乘る。柔弱未練の心より起る義なれば。是を不勇者。臆病武士のきつかけと目利して。大方外れは無之候。爰を以て勇者も。不勇者も。疊の上に於て。成程相知れ候とは申にて候。初心の武士心得のため仍如件

新字:人間第一の惑なる。色情をも慎み遠さけ。其外万事の上に付て。物に能く堪へ忍ぶ意地のあるは。是れ皆勇者のきつかけに候。扨又不勇者と申は主君をも親をも。上べばかり敬ふふりを致し。信実に大切と存ずる意地は無之。主君の法度。親々のいやがる事といふ慎みもなく。行まじき所へも狼狽ありき。仕るまじき事も仕り。万に気随を先だち。朝寝昼寝を好みて。学文をば大きに嫌ひ。武芸を務るとても。何一色取しめて稽古致す事もなく。所作も叶はぬ芸自慢の利口だてばかり申し。役にも立ぬ阿房狂ひ。又は栄耀喰ひなどにはいか程も物を入れ。知行の物成切符をも。跡先の考へなしに遣ひ散し。致さで叶はぬ事には至て嗇く。親の譲りに受たる古具足毛切れ仕り。塗の剥候を修復致すべき心掛さへ無之仕合なれば。ましてや外の武具馬具の不足を改めて。新たに支度するなどは思ひも寄ず。其身病者にては。主君へ奉公も叶はず。親々の気違ひ苦労になるといふ勘弁もなく。大食大酒の上色情に耽り。我と我が寿命に鑪子を懸る如くなるは。是皆物に堪忍ぶとの成り乗る。柔弱未練の心より起る義なれば。是を不勇者。臆病武士のきつかけと目利して。大方外れは無之候。爰を以て勇者も。不勇者も。畳の上に於て。成程相知れ候とは申にて候。初心の武士心得のため仍如件

書き下し

人間第一の惑なる。色情をも愼み遠さけ。其外萬事の上に付て。物に能く堪へ忍ぶ意地のあるは。是れ皆勇者のきつかけに候。扨又不勇者と申は主君をも親をも。上べばかり敬ふふりを致し。信實に大切と存ずる意地は無之。主君の法度。親々のいやがる事といふ愼みもなく。行まじき所へも狼狽ありき。仕るまじき事も仕り。萬に氣隨を先だち。朝寢晝寢を好みて。學文をば大きに嫌ひ。武藝を務るとても。何一色取しめて稽古致す事もなく。所作も叶はぬ藝自慢の利口だてばかり申し。役にも立ぬ阿房狂ひ。又は榮耀喰ひなどにはいか程も物を入れ。知行の物成切符をも。跡先の考へなしに遣ひ散し。致さで叶はぬ事には至て嗇く。親の讓りに受たる古具足毛切れ仕り。塗の剝候を修復致すべき心掛さへ無之仕合なれば。ましてや外の武具馬具の不足を改めて。新たに支度するなどは思ひも寄ず。其身病者にては。主君へ奉公も叶はず。親々の氣違ひ苦勞になるといふ勘辨もなく。大食大酒の上色情に耽り。我と我が壽命に鑪子を懸る如くなるは。是皆物に堪忍ぶとの成り乘る。柔弱未練の心より起る義なれば。是を不勇者。臆病武士のきつかけと目利して。大方外れは無之候。爰を以て勇者も。不勇者も。疊の上に於て。成程相知れ候とは申にて候。初心の武士心得のため仍如件

現代語訳

人間にとって第一の迷いである色情をも慎み遠ざけ、そのほか万事について、よく堪え忍ぶ心根があるのは、すべて勇者になる手がかりです。一方、不勇者というのは、主君も親も表面だけ敬うふりをして、誠実に大切だと思う心がなく、主君の法度や親たちのいやがることを慎む心もなく、行ってはならない所へもうろうろ出歩き、してはならないこともし、万事に気ままを先にし、朝寝や昼寝を好み、学問を大いに嫌い、武芸を務めるといっても何ひとつ身を入れて稽古せず、できもしない芸を自慢して利口ぶったことばかり言い、役にも立たない阿呆狂いをし、あるいは贅沢な食事には惜しげなく金を使い、知行の年貢の切符も先々の考えなく使い散らし、しなければならないことにはひどくけちです。親から譲り受けた古い具足は毛が切れ、塗りがはげても修復する心がけさえなく、まして他の武具・馬具の不足を調べて新しく支度するなど思いもよらない。そのうえ自分が病身では主君への奉公もかなわず、親たちの心配苦労になるという分別もなく、大食大酒のうえ色情にふけり、自分で自分の寿命に鑢をかけるようなことをするのは、すべて物に堪え忍ぶことができない柔弱で未練な心から起こることなので、これを不勇者、臆病武士の手がかりと見立てて、まず外れはありません。こういうわけで、勇者も不勇者も、畳の上でなるほど見分けられると申したのです。初心の武士が心得るために、以上のとおりである。

解説

前の段の裏返しで、不勇者の暮らしぶりが細かく並べられます。表向きの敬いだけで誠のない奉公、朝寝昼寝、見せかけの芸自慢、贅沢な食事への散財、肝心の出費でのけち、そして古い具足の塗りがはげても直さない無頓着さです。友山はこれらを、堪え忍ぶ力のなさという一つの根から出た柔弱の現れと見ます。現代の職場で言えば、準備や道具の手入れを怠り、必要なところに投資せず、体調管理を後回しにする人です。能力の問題より日常の自己管理の問題として人を見る観点は、評価や指導で見落としやすい点を教えてくれます。

この章句が説くこと

不勇者堪忍気随怠惰自己管理武道初心集

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