武道初心集 / 勇者一
武士道に於て肝要と仕り候は。忠義勇の三つに止り申候。忠勤の武士。節義の武士。勇剛の武士を申候。此忠義勇の三德を。一人に兼備へたる武士をさして。上品の士と申候。去れば百千の武士の中において。上品の士と申は稀なるものに候。扨忠勤の武士と。節義の武士との見分けは。常々の行跡にも顯はれ。知れ易き道理に候。勇者の儀は。治世の今。無事の時代には。知れ兼可申やとの不審も有之候得共。左樣には無之候。子細を申に。凡勇氣と申すものは。身に甲胄をよそひ。手に鎗薙刀を以て戰塲に臨み。勝負を爭ふ時節に至り。初て顯はるゝにては更々無之候。平生疊の上において。是は勇者。是は不勇者と申す見分けは。成程相知れ申ものにて候。生得の勇者と申すものは。主親へ忠孝を勵み。少しにても身の暇あれば。學文に心を寄せ。武藝の稽古も怠る事なく。身の奢りを愼み。一錢の費をも厭ふ。扨は吝くきたなき心かと見れば左はなく。致さで叶はぬ事には。金銀を惜氣なく出し。或は主君の御法度。或は親々の嫌ふ事とさへあれば。何程我行度と思ふ所へも行ず。止にくき事をも止めて。兎にも角にも主親の心に背かず。身命を全く保ちて。是非一度は大功を立んと思ふを以て。常々の養生深く。喰度物をもひかへ。飮たき物をも飮まず。
新字:武士道に於て肝要と仕り候は。忠義勇の三つに止り申候。忠勤の武士。節義の武士。勇剛の武士を申候。此忠義勇の三徳を。一人に兼備へたる武士をさして。上品の士と申候。去れば百千の武士の中において。上品の士と申は稀なるものに候。扨忠勤の武士と。節義の武士との見分けは。常々の行跡にも顕はれ。知れ易き道理に候。勇者の儀は。治世の今。無事の時代には。知れ兼可申やとの不審も有之候得共。左様には無之候。子細を申に。凡勇気と申すものは。身に甲胄をよそひ。手に鎗薙刀を以て戦塲に臨み。勝負を争ふ時節に至り。初て顕はるゝにては更々無之候。平生畳の上において。是は勇者。是は不勇者と申す見分けは。成程相知れ申ものにて候。生得の勇者と申すものは。主親へ忠孝を励み。少しにても身の暇あれば。学文に心を寄せ。武芸の稽古も怠る事なく。身の奢りを慎み。一銭の費をも厭ふ。扨は吝くきたなき心かと見れば左はなく。致さで叶はぬ事には。金銀を惜気なく出し。或は主君の御法度。或は親々の嫌ふ事とさへあれば。何程我行度と思ふ所へも行ず。止にくき事をも止めて。兎にも角にも主親の心に背かず。身命を全く保ちて。是非一度は大功を立んと思ふを以て。常々の養生深く。喰度物をもひかへ。飲たき物をも飲まず。
書き下し
武士道に於て肝要と仕り候は。忠義勇の三つに止り申候。忠勤の武士。節義の武士。勇剛の武士を申候。此忠義勇の三德を。一人に兼備へたる武士をさして。上品の士と申候。去れば百千の武士の中において。上品の士と申は稀なるものに候。扨忠勤の武士と。節義の武士との見分けは。常々の行跡にも顯はれ。知れ易き道理に候。勇者の儀は。治世の今。無事の時代には。知れ兼可申やとの不審も有之候得共。左樣には無之候。子細を申に。凡勇氣と申すものは。身に甲胄をよそひ。手に鎗薙刀を以て戰塲に臨み。勝負を爭ふ時節に至り。初て顯はるゝにては更々無之候。平生疊の上において。是は勇者。是は不勇者と申す見分けは。成程相知れ申ものにて候。生得の勇者と申すものは。主親へ忠孝を勵み。少しにても身の暇あれば。學文に心を寄せ。武藝の稽古も怠る事なく。身の奢りを愼み。一錢の費をも厭ふ。扨は吝くきたなき心かと見れば左はなく。致さで叶はぬ事には。金銀を惜氣なく出し。或は主君の御法度。或は親々の嫌ふ事とさへあれば。何程我行度と思ふ所へも行ず。止にくき事をも止めて。兎にも角にも主親の心に背かず。身命を全く保ちて。是非一度は大功を立んと思ふを以て。常々の養生深く。喰度物をもひかへ。飮たき物をも飮まず。
現代語訳
武士道において肝要なことは、忠・義・勇の三つに尽きます。忠勤の武士、節義の武士、勇剛の武士のことです。この忠義勇の三徳を一人で兼ね備えた武士を、上品の士と言います。ですから、百人千人の武士の中でも、上品の士というのは稀なものです。さて、忠勤の武士と節義の武士の見分けは、ふだんの行いにも現れ、分かりやすい道理です。勇者については、治世の今、無事の時代には見分けがつきにくいのではないかという疑問もありますが、そうではありません。わけを申せば、そもそも勇気というものは、身に甲冑をまとい、手に槍や薙刀を持って戦場に臨み、勝負を争う時になって初めて現れるものでは決してありません。ふだん畳の上で、これは勇者、これは不勇者という見分けは、なるほど分かるものなのです。生まれつきの勇者というものは、主君と親に忠孝を励み、少しでも身の暇があれば学問に心を寄せ、武芸の稽古も怠らず、身の奢りを慎み、一銭の費えも惜しみます。では、けちで卑しい心かと見ればそうではなく、しなければならないことには金銀を惜しげなく出し、あるいは主君の御法度、あるいは親たちの嫌うことであれば、自分がどれほど行きたいと思う所へも行かず、やめにくいこともやめて、何としても主君と親の心に背かず、身命を保って、いずれ一度は大功を立てようと思うがゆえに、ふだんの養生が深く、食べたい物も控え、飲みたい物も飲まず、
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『武道初心集』義不義(三)恥入て。不義をなさず。義を行ひつけ候得ば。自然とそれが習と成て。後々は義に從ふことを好み。不義を行ふ事をいやに存ずる意地合に罷成候物に候。扱又武勇の道に於ても。生得の勇者と申は。戰塲に臨み。いか程矢鐵砲の劇しき塲所をも何とも思はず。忠と義との二つにはまる其身を的になして。進み行く心の勇氣は。形にも顯はるゝ故。其ふり合の美事さ。兎角申されざる物に候。或は扨も危なき事かな。これはいかゞ致して善からむと。胸も轟き。膝節も顫ふといへども。人も行るればこそ行中に。我獨り行ずしては。味方の諸人の見る目もあれば。後日に至りて口のきかれぬ所なりと。是非なく思ひ切。勇者と相ならびて進み行ものも有之。右に申す生得の勇者と並べては。遙に劣り候得共。幾度も左樣の首尾に出合て。塲を踏み重ね物馴候へば。後々は心も定まり。生得の勇者にもさして劣る事なき。譽れの剛の武士とも罷成候。然れば義を行ひ勇を勵むに付ても。兎角恥を知ると申より外に。心得とては無之候。よし人は不義ともいへ。大事なしと云て不義を行ひ。扨も腰ぬけかなと申て笑はゞ笑へ。大事なしと云て臆病をはたらく者には。何を申敎ゆべき樣も無之候。初心の武士心得のため仍如件。
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『武道初心集』勇者(二)人間第一の惑なる。色情をも愼み遠さけ。其外萬事の上に付て。物に能く堪へ忍ぶ意地のあるは。是れ皆勇者のきつかけに候。扨又不勇者と申は主君をも親をも。上べばかり敬ふふりを致し。信實に大切と存ずる意地は無之。主君の法度。親々のいやがる事といふ愼みもなく。行まじき所へも狼狽ありき。仕るまじき事も仕り。萬に氣隨を先だち。朝寢晝寢を好みて。學文をば大きに嫌ひ。武藝を務るとても。何一色取しめて稽古致す事もなく。所作も叶はぬ藝自慢の利口だてばかり申し。役にも立ぬ阿房狂ひ。又は榮耀喰ひなどにはいか程も物を入れ。知行の物成切符をも。跡先の考へなしに遣ひ散し。致さで叶はぬ事には至て嗇く。親の讓りに受たる古具足毛切れ仕り。塗の剝候を修復致すべき心掛さへ無之仕合なれば。ましてや外の武具馬具の不足を改めて。新たに支度するなどは思ひも寄ず。其身病者にては。主君へ奉公も叶はず。親々の氣違ひ苦勞になるといふ勘辨もなく。大食大酒の上色情に耽り。我と我が壽命に鑪子を懸る如くなるは。是皆物に堪忍ぶとの成り乘る。柔弱未練の心より起る義なれば。是を不勇者。臆病武士のきつかけと目利して。大方外れは無之候。爰を以て勇者も。不勇者も。疊の上に於て。成程相知れ候とは申にて候。初心の武士心得のため仍如件
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『文武訓』武訓上一武に本末あり。忠孝義勇は兵法の本なり、武徳なり。節制謀略は兵法なり。節制とは、人数をくばり兵を行る道、是いはゆる軍法なり。弓矢剣戟等の兵器の術は兵法の末なり、武芸なり。本末ともにそなはるをよしとす。武芸は兵法を本とし、兵法は仁義を本とす。此三の品あることを知りて、其序をわかち其軽重を知るべし。三の者かぬることを得ずんば、忠孝義理の武徳をはけむべし。武芸を知らざる人も、忠孝義理勇あれば、戦功を立て武名を得る人多し。武芸に達すとも、忠義なき臆病人ならば、戦功を立て武名をとることかたかるべし。君子は本をつとむ。本立ちて道生るとは是なり。武芸はまことに学ぶべくして捨つべからずといへど、必ず武徳を本としてつとめはげますべし。軽重本末ある事をしるべし。又忠義と剛勇にも本末あり。程子曰く、人必ず仁義の心有りて、而る後に仁義の気有り。仁義の心は本なり、剛勇は仁義の気なり、末なり。仁義の心あれば、勇気はおのづから出でくるなり。仁義なくして武勇を好めば、大人は乱をおこし、小人は盗賊となる。
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『文武訓』武訓上一凡武士となる者は、忠孝義理の志なくしては、武勇おろそかに節義闕けて、奉公の道たたず。又武士の家に生れ、兵術武芸を知らず、武具をそなへず、軍用乏しくては、たとひ心たけくとも、武勇のつとめおろそかなるべし。故に武士の道、内には忠孝義理を以て本として兵法を知り、外には武芸をならひ、武備ともしからざるを以て助とす。武士として忠孝義理の道をしらず、兵法武芸にうとく、武備なくんば、武士の業を失へりといふべし。武芸は匹夫の勇のはたらきなり。其位に応じて学ぶべし。大人は、武芸に専一に心を用ふべからず。芸になづめば道行はれず。武備はかねて定め置くべし。平生無事の時心を用ひ、其分限に応じて、人馬、武具、家人の兵器、馬具、金銀、米銭等まで、かねてそなへ置き、籍にしるし、不足なく用意すべし。出陣の時にのぞみては、兼て定めし制法にしたがひ、何の用意もなく、何時も即時に打立つやうにすべし。凡事予則立とは是なり。何事もかねて用意なくしては、俄の時につまづくものなり。
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葉隠・聞書第二武士の大括(おおくく)りの次第を申さば、先ず身命を主人に奉り、内には智仁勇を備うる事なり。三徳兼備(けんび)などと言えば、凡人(ぼんじん)の及びなき事の様なれども、易(やす)きことなり。智は人に談合(だんごう)するばかりなり。量(はか)りもなき智なり。仁は人の為になる事なり。我と人と比べて、人のよき様にするまでなり。勇は歯嚙(はが)みなり。前後に心付けず、歯嚙みして踏破(ふみやぶ)るまでなり。この上の立ち上りたることは知らぬ事なり。さて、外には風体(ふうてい)、口上(こうじょう)、手跡(しゅせき)なり。これはいずれも常住(じょうじゅう)の事なれば、常住の稽古に成る事なり。大意は閑(しず)かに強みある様にと心得べし。この分、手に入りたらば、国学を今、少し御用に立つ人を見れば、外の三箇条近きなりと。
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『武道初心集』有司(二)或は內緣に便り。又は種々の手段を以て物を贈れば。いか程も受納を遂げ。其返禮には。上を掠めて。依怙最屓の沙汰に及ぶ外無之候。此よごれ樣と申は。かの白小袖の鼠色になりたるを見るに均しき樣子に候。但し白小袖のよごれ候は。身の垢と。ごみほこりの汚に候得ば。好灰汁を以て洗ひさへ致し候へば。隨分暉麗になり申候。人の心には種々樣々の物が染込。其よごれ深く候に付。只大形に洗ひすゝぎたる分にては。暉麗にはなり兼申候。其上白小袖の義は。年に一度か二度洗ひ候ても事濟み申候。人の心の洗濯と申は。二六時中行住座臥事々物々の上に於て。或はもみあらひ。又はふりすゝぎ。油斷透間なく致し候ても。又其跡からよごれ易く。けがれ易きものにて候。白小袖のすゝぎ洗濯には灰汁に品々習ひ有之候。其ごとく武士の心の洗濯を仕るに付ても。灰汁に習ひ有之候。習ひは何ぞなれば。忠義勇の三つに候。其垢の樣子によりて。忠貞の灰汁にて落す垢も有之節義の灰汁にて落すも有之候。右の如く忠を以てあらひ。義を以てすゝぐといへども。其よごれ強くして落かね候時は。勇猛の灰汁を加へて。力を出し無二無三にもみ洗ひ候て。さつぱりと濯ぎあげ候は。是武士の心のせんだくの至極の秘事に候。初心の武士心得のため仍如件。
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