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武道初心集 / 義不義三

恥入て。不義をなさず。義を行ひつけ候得ば。自然とそれが習と成て。後々は義に從ふことを好み。不義を行ふ事をいやに存ずる意地合に罷成候物に候。扱又武勇の道に於ても。生得の勇者と申は。戰塲に臨み。いか程矢鐵砲の劇しき塲所をも何とも思はず。忠と義との二つにはまる其身を的になして。進み行く心の勇氣は。形にも顯はるゝ故。其ふり合の美事さ。兎角申されざる物に候。或は扨も危なき事かな。これはいかゞ致して善からむと。胸も轟き。膝節も顫ふといへども。人も行るればこそ行中に。我獨り行ずしては。味方の諸人の見る目もあれば。後日に至りて口のきかれぬ所なりと。是非なく思ひ切。勇者と相ならびて進み行ものも有之。右に申す生得の勇者と並べては。遙に劣り候得共。幾度も左樣の首尾に出合て。塲を踏み重ね物馴候へば。後々は心も定まり。生得の勇者にもさして劣る事なき。譽れの剛の武士とも罷成候。然れば義を行ひ勇を勵むに付ても。兎角恥を知ると申より外に。心得とては無之候。よし人は不義ともいへ。大事なしと云て不義を行ひ。扨も腰ぬけかなと申て笑はゞ笑へ。大事なしと云て臆病をはたらく者には。何を申敎ゆべき樣も無之候。初心の武士心得のため仍如件。

新字:恥入て。不義をなさず。義を行ひつけ候得ば。自然とそれが習と成て。後々は義に従ふことを好み。不義を行ふ事をいやに存ずる意地合に罷成候物に候。扱又武勇の道に於ても。生得の勇者と申は。戦塲に臨み。いか程矢鉄砲の劇しき塲所をも何とも思はず。忠と義との二つにはまる其身を的になして。進み行く心の勇気は。形にも顕はるゝ故。其ふり合の美事さ。兎角申されざる物に候。或は扨も危なき事かな。これはいかゞ致して善からむと。胸も轟き。膝節も顫ふといへども。人も行るればこそ行中に。我独り行ずしては。味方の諸人の見る目もあれば。後日に至りて口のきかれぬ所なりと。是非なく思ひ切。勇者と相ならびて進み行ものも有之。右に申す生得の勇者と並べては。遥に劣り候得共。幾度も左様の首尾に出合て。塲を踏み重ね物馴候へば。後々は心も定まり。生得の勇者にもさして劣る事なき。誉れの剛の武士とも罷成候。然れば義を行ひ勇を励むに付ても。兎角恥を知ると申より外に。心得とては無之候。よし人は不義ともいへ。大事なしと云て不義を行ひ。扨も腰ぬけかなと申て笑はゞ笑へ。大事なしと云て臆病をはたらく者には。何を申教ゆべき様も無之候。初心の武士心得のため仍如件。

書き下し

恥入て。不義をなさず。義を行ひつけ候得ば。自然とそれが習と成て。後々は義に從ふことを好み。不義を行ふ事をいやに存ずる意地合に罷成候物に候。扱又武勇の道に於ても。生得の勇者と申は。戰塲に臨み。いか程矢鐵砲の劇しき塲所をも何とも思はず。忠と義との二つにはまる其身を的になして。進み行く心の勇氣は。形にも顯はるゝ故。其ふり合の美事さ。兎角申されざる物に候。或は扨も危なき事かな。これはいかゞ致して善からむと。胸も轟き。膝節も顫ふといへども。人も行るればこそ行中に。我獨り行ずしては。味方の諸人の見る目もあれば。後日に至りて口のきかれぬ所なりと。是非なく思ひ切。勇者と相ならびて進み行ものも有之。右に申す生得の勇者と並べては。遙に劣り候得共。幾度も左樣の首尾に出合て。塲を踏み重ね物馴候へば。後々は心も定まり。生得の勇者にもさして劣る事なき。譽れの剛の武士とも罷成候。然れば義を行ひ勇を勵むに付ても。兎角恥を知ると申より外に。心得とては無之候。よし人は不義ともいへ。大事なしと云て不義を行ひ。扨も腰ぬけかなと申て笑はゞ笑へ。大事なしと云て臆病をはたらく者には。何を申敎ゆべき樣も無之候。初心の武士心得のため仍如件。

現代語訳

恥じ入って不義をせず、義を行い続けていれば、自然とそれが習慣となり、後には義に従うことを好み、不義を行うことをいやに思う性分になるものです。さて武勇の道においても、生まれつきの勇者というものは、戦場に臨めば、どれほど矢や鉄砲が激しい場所でも何とも思わず、忠と義の二つにはまった自分の身を的にして進んで行く心の勇気が形にも現れるので、その振る舞いの見事さは言いようがありません。あるいは、これは何と危ないことだ、どうしたらよいだろうと、胸が高鳴り膝の節まで震えるといっても、人が行くから行くのであり、自分ひとりが行かなければ味方の皆の見る目もあり、後日に口をきけなくなる、と是非もなく思い切り、勇者と並んで進んで行く者もあります。前に述べた生まれつきの勇者と並べれば遥かに劣りますが、何度もそのような場面に出会って場数を踏み、物に慣れてくると、後には心も定まり、生まれつきの勇者にもさして劣らない、誉れある剛の武士にもなります。そうであれば、義を行い勇を励むについても、ひとえに恥を知るということのほかに、心得というものはありません。たとえ人が不義と言おうと、大事ない、と言って不義を行い、何と腰抜けだと笑うなら笑え、大事ない、と言って臆病を働く者には、何と言って教えればよいのかも分かりません。初心の武士が心得るために、以上のとおりである。

解説

この段は、義も勇も「恥を知る」ことから育つと説きます。胸が高鳴り膝が震えながら、仲間の目があるから退けずに進む武士を、友山は生まれつきの勇者に劣るとしつつ、場数を踏めば遜色ない剛の者になると認めます。ここには、初心の武士への励ましがあります。最初から平気な人はまれで、緊張しながらも引かない経験の積み重ねが人を作るという見方は、新しい仕事に怯む若手を育てる管理職に役立ちます。一方で、笑われても平気で臆病を通す者には教えようがないという結びは、恥の感覚こそ指導の入口だという厳しい指摘です。

この章句が説くこと

恥勇気場数習い臆病武道初心集

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