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武道初心集 / 孝行三

主君の御威勢盛なる時は申に及ばず。たとひ御身上に不慮の義出來。御難義千萬なる節は。猶以て眞忠を勵まし。味方百騎が十騎になり。十騎が一騎になるまでも。御側を立はなれず。幾度も敵の矢おもてに立塞がりて。身命をかへり見ぬ樣なる軍忠をも勤め兼ず候。親と主と。孝と忠といふ名のかはる迄にて。心の誠に二つは無之候。去るに依りて古人の詞にも。忠臣をば孝子の門に求めよと有之由に候。たとひ親へこそ不孝に候共主君へ忠貞は格別なりと申義は。決して無之道理に候。己が身の根本たる親へさへ。孝を盡す義の成らざる未熟を以て。骨肉にあらざる主君の恩義に感じて。忠節を盡す事の。罷成べき道理とては。更に無之候。家に在て親へ不孝の子は。外へ出て主君を取り奉公致すとても。主君の襟もとに目をつけ。少しにても左前に成り給ふと見ては。頓て志を變じ鏢際になりては。矢狹間をくどり。或は敵へ內通降參の不義を仕るは。古今間々ある事にて恥愼しむべき所に候。初心の武士心得のため仍如件。

新字:主君の御威勢盛なる時は申に及ばず。たとひ御身上に不慮の義出来。御難義千万なる節は。猶以て真忠を励まし。味方百騎が十騎になり。十騎が一騎になるまでも。御側を立はなれず。幾度も敵の矢おもてに立塞がりて。身命をかへり見ぬ様なる軍忠をも勤め兼ず候。親と主と。孝と忠といふ名のかはる迄にて。心の誠に二つは無之候。去るに依りて古人の詞にも。忠臣をば孝子の門に求めよと有之由に候。たとひ親へこそ不孝に候共主君へ忠貞は格別なりと申義は。決して無之道理に候。己が身の根本たる親へさへ。孝を尽す義の成らざる未熟を以て。骨肉にあらざる主君の恩義に感じて。忠節を尽す事の。罷成べき道理とては。更に無之候。家に在て親へ不孝の子は。外へ出て主君を取り奉公致すとても。主君の襟もとに目をつけ。少しにても左前に成り給ふと見ては。頓て志を変じ鏢際になりては。矢狭間をくどり。或は敵へ内通降参の不義を仕るは。古今間々ある事にて恥慎しむべき所に候。初心の武士心得のため仍如件。

書き下し

主君の御威勢盛なる時は申に及ばず。たとひ御身上に不慮の義出來。御難義千萬なる節は。猶以て眞忠を勵まし。味方百騎が十騎になり。十騎が一騎になるまでも。御側を立はなれず。幾度も敵の矢おもてに立塞がりて。身命をかへり見ぬ樣なる軍忠をも勤め兼ず候。親と主と。孝と忠といふ名のかはる迄にて。心の誠に二つは無之候。去るに依りて古人の詞にも。忠臣をば孝子の門に求めよと有之由に候。たとひ親へこそ不孝に候共主君へ忠貞は格別なりと申義は。決して無之道理に候。己が身の根本たる親へさへ。孝を盡す義の成らざる未熟を以て。骨肉にあらざる主君の恩義に感じて。忠節を盡す事の。罷成べき道理とては。更に無之候。家に在て親へ不孝の子は。外へ出て主君を取り奉公致すとても。主君の襟もとに目をつけ。少しにても左前に成り給ふと見ては。頓て志を變じ鏢際になりては。矢狹間をくどり。或は敵へ內通降參の不義を仕るは。古今間々ある事にて恥愼しむべき所に候。初心の武士心得のため仍如件。

現代語訳

主君の御威勢が盛んなときは言うまでもなく、たとえ御身上に不慮のことが起こって御難義千万のときには、なおさら真の忠を励み、味方百騎が十騎になり、十騎が一騎になるまでも、御側を立ち離れず、何度も敵の矢面に立ちふさがって、身命を顧みないような軍忠をも務めかねないでしょう。親と主、孝と忠と、名が変わるだけで、心の誠に二つはありません。そのため、古人の言葉にも、忠臣は孝子の門に求めよとあるそうです。たとえ親に不孝であっても、主君への忠貞は格別だという道理は、決してありません。自分の身の根本である親にさえ孝を尽くすことができない未熟な者が、骨肉でない主君の恩義に感じて忠節を尽くすことなど、できる道理は少しもありません。家にいて親に不孝の子は、外へ出て主君に仕え奉公しても、主君の襟もとに目をつけ、少しでも左前になられたと見れば、すぐに志を変え、鏢際になると矢狭間を掻い潜り、あるいは敵へ内通・降参するという不義をすることは、古今にまま見られることで、恥じ慎むべきところです。初心の武士の心得のために、以上のとおりである。

解説

この段は孝行の論の締めとして、孝と忠は名が違うだけで心の誠は一つだと言い切ります。忠臣を孝子の門に求めよという古人の言葉を引き、親に不孝でも主君には忠義、という都合のよい分け方を退けます。後半の描写がきびしく、家で不孝の者は主君の襟もとを見て、形勢が悪くなればすぐ志を変え、ついには内通や降参に至る、という具合です。誠実さは場面によって使い分けられるものではなく、身近な人への態度が組織での態度を決めるという見方です。現代なら、家族や身近な同僚に不誠実な人が、重要な局面で信頼できるかを見る目として読めます。人を見る際にも、自分を省みる際にも使える視点です。

この章句が説くこと

忠孝一致忠臣誠実裏切り人を見る目武道初心集

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