武道初心集 / 總論二
儲又死を忘れて油斷致す心より。物に慎しみなく。人の氣に障る事をも云て口論に及び。聞捨に仕りて事濟儀をも。聞答めて物云に仕なし。或は無益なる遊山見物の場所。人込の中といふ遠慮もなく。ありきまはり。ゑしれぬ馬鹿者などにも出逢不慮の喧嘩に及び。身命を果て主君の御名を出し。親兄弟に難儀を懸る事皆常に死を心にあてぬ油斷より起る禍ひに候。死を常に心に當る時は。物をいふも。人の物云返答を致すも。武士の身にては。一言の甲乙を大事と心得るを以て。譯もなき口論などを不仕。勿論むさと致したる場所へは。人が誘ひても行ざるゆへ。不慮の首尾に出合ふべき様も是なく候。爰を以て萬の惡事災難をも遁るゝとは申にて候。貴きも賤しきも。人は死を忘るゝゆゑに。常に過食大酒淫欲等の不養生を致し。脾腎の煩を仕出し。思ひの外なる若死をも致し。たとひ存命にても。何の用に立ざる病者とはなり果候。死を常に心にあつるときは。其身の年も若く。無病息災なりといへども。兼て補養の心得を致し。飲食を節に仕り。色の道をも遠ざけ。たしなみ愼しみ候故に。
新字:儲又死を忘れて油断致す心より。物に慎しみなく。人の気に障る事をも云て口論に及び。聞捨に仕りて事済儀をも。聞答めて物云に仕なし。或は無益なる遊山見物の場所。人込の中といふ遠慮もなく。ありきまはり。ゑしれぬ馬鹿者などにも出逢不慮の喧嘩に及び。身命を果て主君の御名を出し。親兄弟に難儀を懸る事皆常に死を心にあてぬ油断より起る禍ひに候。死を常に心に当る時は。物をいふも。人の物云返答を致すも。武士の身にては。一言の甲乙を大事と心得るを以て。訳もなき口論などを不仕。勿論むさと致したる場所へは。人が誘ひても行ざるゆへ。不慮の首尾に出合ふべき様も是なく候。爰を以て万の悪事災難をも遁るゝとは申にて候。貴きも賤しきも。人は死を忘るゝゆゑに。常に過食大酒淫欲等の不養生を致し。脾腎の煩を仕出し。思ひの外なる若死をも致し。たとひ存命にても。何の用に立ざる病者とはなり果候。死を常に心にあつるときは。其身の年も若く。無病息災なりといへども。兼て補養の心得を致し。飲食を節に仕り。色の道をも遠ざけ。たしなみ慎しみ候故に。
書き下し
儲又死を忘れて油斷致す心より。物に慎しみなく。人の氣に障る事をも云て口論に及び。聞捨に仕りて事濟儀をも。聞答めて物云に仕なし。或は無益なる遊山見物の場所。人込の中といふ遠慮もなく。ありきまはり。ゑしれぬ馬鹿者などにも出逢不慮の喧嘩に及び。身命を果て主君の御名を出し。親兄弟に難儀を懸る事皆常に死を心にあてぬ油斷より起る禍ひに候。死を常に心に當る時は。物をいふも。人の物云返答を致すも。武士の身にては。一言の甲乙を大事と心得るを以て。譯もなき口論などを不仕。勿論むさと致したる場所へは。人が誘ひても行ざるゆへ。不慮の首尾に出合ふべき様も是なく候。爰を以て萬の惡事災難をも遁るゝとは申にて候。貴きも賤しきも。人は死を忘るゝゆゑに。常に過食大酒淫欲等の不養生を致し。脾腎の煩を仕出し。思ひの外なる若死をも致し。たとひ存命にても。何の用に立ざる病者とはなり果候。死を常に心にあつるときは。其身の年も若く。無病息災なりといへども。兼て補養の心得を致し。飲食を節に仕り。色の道をも遠ざけ。たしなみ愼しみ候故に。
現代語訳
さらに、死を忘れて油断する心から、物事への慎みがなくなり、人の気に障ることをも言って口論になったり、聞き捨てにしてすむことをも聞きとがめて物を言いつのったりします。あるいは無益な遊山や見物の場所、人混みの中という遠慮もなく歩き回り、わけのわからない馬鹿者にも出くわして不慮の喧嘩に及び、身命を落として主君の御名を出し、親兄弟に難儀をかけることになります。これらはみな、常に死を心にあてない油断から起こる禍いです。死を常に心にあてていれば、物を言うにも、人の言葉に返答するにも、武士の身としては一言の言い方の良し悪しを大事と心得るので、わけもない口論などはしません。もちろん、むさくるしい場所へは人が誘っても行かないので、思いがけない事態に出会いようもありません。このために、あらゆる悪事災難をも逃れると申すのです。身分の高い者も低い者も、人は死を忘れるために、常に食べ過ぎ、大酒、色欲などの不養生をして、脾臓や腎臓の病気を起こし、思いのほか若死にもし、たとえ生きていても何の役にも立たない病人になり果てます。死を常に心にあてているときは、その身の年が若く、無病息災であっても、かねてから養生の心得をして、飲食を節し、色事を遠ざけ、たしなみ慎みますので、
解説
この章句が説くこと
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