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武道初心集 / 總論一

武士たらむものは。正月元日の朝。雜煮の餅を祝ふとて。箸を取初るより。其年の大晦日の夕べに至るまで。日々夜々死を常に心にあつるを以て。本意の第一と仕り候。死をさへ常に心にあて候へば。忠孝の二つの道にも相叶ひ。萬の惡事災難をも遁れ。其身無病息災にして。壽命長久に。剩へ其人柄までもよろしく罷成。其德おほき事に候。其仔細を申に。總じて人間の命をば夕部の露。あしたの霜になぞらへ。隨分はかなき物に致し置候中にも。殊更危きは武士の身命にて候を。人々おのれが心すましに。いつまでも長生を仕る了簡なるに依て。主君へも末永き御奉公。親々への孝養も。末久しき義なりと存ずるから事起りて。主君へも不奉公を仕り。親々への孝行も。疎略には罷成にて候。今日在て明日を知らぬ身命とさへ。覺悟仕り候に於ては。主君の御前へ罷出て御用を承るも。親々の顔を見上るも。是をかぎりと罷成事もやと。存ずる心あひに相成候ゆゑ。主親へ眞實の思ひ入れと罷成らずしてはかなはず候。去に依て。忠孝の二つの道にも相叶ふとは申にて候。

新字:武士たらむものは。正月元日の朝。雑煮の餅を祝ふとて。箸を取初るより。其年の大晦日の夕べに至るまで。日々夜々死を常に心にあつるを以て。本意の第一と仕り候。死をさへ常に心にあて候へば。忠孝の二つの道にも相叶ひ。万の悪事災難をも遁れ。其身無病息災にして。寿命長久に。剰へ其人柄までもよろしく罷成。其徳おほき事に候。其仔細を申に。総じて人間の命をば夕部の露。あしたの霜になぞらへ。随分はかなき物に致し置候中にも。殊更危きは武士の身命にて候を。人々おのれが心すましに。いつまでも長生を仕る了簡なるに依て。主君へも末永き御奉公。親々への孝養も。末久しき義なりと存ずるから事起りて。主君へも不奉公を仕り。親々への孝行も。疎略には罷成にて候。今日在て明日を知らぬ身命とさへ。覚悟仕り候に於ては。主君の御前へ罷出て御用を承るも。親々の顔を見上るも。是をかぎりと罷成事もやと。存ずる心あひに相成候ゆゑ。主親へ真実の思ひ入れと罷成らずしてはかなはず候。去に依て。忠孝の二つの道にも相叶ふとは申にて候。

書き下し

武士たらむものは。正月元日の朝。雜煮の餅を祝ふとて。箸を取初るより。其年の大晦日の夕べに至るまで。日々夜々死を常に心にあつるを以て。本意の第一と仕り候。死をさへ常に心にあて候へば。忠孝の二つの道にも相叶ひ。萬の惡事災難をも遁れ。其身無病息災にして。壽命長久に。剩へ其人柄までもよろしく罷成。其德おほき事に候。其仔細を申に。總じて人間の命をば夕部の露。あしたの霜になぞらへ。隨分はかなき物に致し置候中にも。殊更危きは武士の身命にて候を。人々おのれが心すましに。いつまでも長生を仕る了簡なるに依て。主君へも末永き御奉公。親々への孝養も。末久しき義なりと存ずるから事起りて。主君へも不奉公を仕り。親々への孝行も。疎略には罷成にて候。今日在て明日を知らぬ身命とさへ。覺悟仕り候に於ては。主君の御前へ罷出て御用を承るも。親々の顔を見上るも。是をかぎりと罷成事もやと。存ずる心あひに相成候ゆゑ。主親へ眞實の思ひ入れと罷成らずしてはかなはず候。去に依て。忠孝の二つの道にも相叶ふとは申にて候。

現代語訳

武士たる者は、正月元日の朝、雑煮の餅を祝って箸を取り初めるときから、その年の大晦日の夕べに至るまで、日々夜々、死を常に心にあてることを、本意の第一といたします。死を常に心にあてていれば、忠と孝の二つの道にもかない、あらゆる悪事や災難をも逃れ、その身は無病息災で寿命も長く、そのうえ人柄までもよくなります。その徳は大きいのです。その理由を申しますと、そもそも人の命は夕べの露、朝の霜にたとえられるほどはかないものですが、中でもとりわけ危ういのは武士の身命です。ところが人々は自分勝手な思い込みで、いつまでも長生きするつもりでいます。そのために、主君への奉公も末永く務められる、親への孝養も先の長いことだと考えるところから事が起こり、主君には不奉公となり、親への孝行もなおざりになってしまうのです。今日あって明日をも知れない身命だと覚悟しておけば、主君の御前に出て御用を承るのも、親の顔を見上げるのも、これが最後になるかもしれないと思う心持ちになりますから、主君にも親にも真実の思いを込めずにはいられません。だからこそ、忠孝の二つの道にもかなうと申すのです。

解説

友山はまず、元日の雑煮から大晦日の夕べまで、一年じゅう死を心にあてることを武士の第一の心得とします。その効用を忠孝、災難除け、健康長寿、人柄の四つに分け、この段では忠孝を説いています。理屈は単純で、人は命がいつまでも続くと思うから、主君への奉公も親孝行も「いずれそのうち」と後回しにする、というのです。『葉隠』と比べられる冒頭ですが、ここでの死の覚悟は、今日の対面を最後かもしれないと思って人に向き合うための実用の心得です。現代の職場でも、明日がある前提で上司や部下、家族への一言を先送りにしがちです。今日の会話を最後かもしれないと思って交わす習慣は、仕事の誠実さを変えます。

この章句が説くこと

死の覚悟忠孝奉公誠実先送り武道初心集

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