武道初心集 / 總論三
其身も壯健に候。儲こそ無病息災にて。壽命までも長久なりとは申にて候。其上此世の逗留を永く存するに付。色々の望みも出來。欲心深くなり候て。人の物といへば欲しがり。我が物をば惜しみ。悉皆町人體の意地あひのごとくには罷成にて候。死を常に心にあつる時は。貪欲の心もおのづから薄くなり。ほしきおしきのむさき意地あひも左のみさし出ざる道理に候。去に依て。其人柄までも宜しくなるとは申にて候。但し死をいかに心に當ればとて。吉田の兼好がつれ〳〵草に書置たる。心戒と申比丘がごとく。二六時中死期を待心にて。いつもたゞうづくまりてのみ罷在候は。出家沙門の修行にはいかんも候へ。武道修行の本意には相叶ひ不申候。左樣に死をあて候ては。主親へ忠孝の道も捨り。武士の家業も欠果申なれば。大きに宜しからず候。晝夜を限らず。公私の諸用を仕廻ひ。しばらくも身の暇ありて。心靜なる時は。死の一字を思ひ出し。懈怠なく心にあてよと申事にて候。楠正成が子息正行に申敎へし言葉にも。常に死をならへと有之由承り傳へ候。初心の武士心得のため仍如件。
新字:其身も壮健に候。儲こそ無病息災にて。寿命までも長久なりとは申にて候。其上此世の逗留を永く存するに付。色々の望みも出来。欲心深くなり候て。人の物といへば欲しがり。我が物をば惜しみ。悉皆町人体の意地あひのごとくには罷成にて候。死を常に心にあつる時は。貪欲の心もおのづから薄くなり。ほしきおしきのむさき意地あひも左のみさし出ざる道理に候。去に依て。其人柄までも宜しくなるとは申にて候。但し死をいかに心に当ればとて。吉田の兼好がつれ〳〵草に書置たる。心戒と申比丘がごとく。二六時中死期を待心にて。いつもたゞうづくまりてのみ罷在候は。出家沙門の修行にはいかんも候へ。武道修行の本意には相叶ひ不申候。左様に死をあて候ては。主親へ忠孝の道も捨り。武士の家業も欠果申なれば。大きに宜しからず候。昼夜を限らず。公私の諸用を仕廻ひ。しばらくも身の暇ありて。心静なる時は。死の一字を思ひ出し。懈怠なく心にあてよと申事にて候。楠正成が子息正行に申教へし言葉にも。常に死をならへと有之由承り伝へ候。初心の武士心得のため仍如件。
書き下し
其身も壯健に候。儲こそ無病息災にて。壽命までも長久なりとは申にて候。其上此世の逗留を永く存するに付。色々の望みも出來。欲心深くなり候て。人の物といへば欲しがり。我が物をば惜しみ。悉皆町人體の意地あひのごとくには罷成にて候。死を常に心にあつる時は。貪欲の心もおのづから薄くなり。ほしきおしきのむさき意地あひも左のみさし出ざる道理に候。去に依て。其人柄までも宜しくなるとは申にて候。但し死をいかに心に當ればとて。吉田の兼好がつれ〳〵草に書置たる。心戒と申比丘がごとく。二六時中死期を待心にて。いつもたゞうづくまりてのみ罷在候は。出家沙門の修行にはいかんも候へ。武道修行の本意には相叶ひ不申候。左樣に死をあて候ては。主親へ忠孝の道も捨り。武士の家業も欠果申なれば。大きに宜しからず候。晝夜を限らず。公私の諸用を仕廻ひ。しばらくも身の暇ありて。心靜なる時は。死の一字を思ひ出し。懈怠なく心にあてよと申事にて候。楠正成が子息正行に申敎へし言葉にも。常に死をならへと有之由承り傳へ候。初心の武士心得のため仍如件。
現代語訳
その身も壮健でございます。だからこそ、無病息災で寿命までも長いと申すのです。そのうえ、この世にとどまる期間を長いものと思うと、いろいろな望みも出てきて欲心が深くなり、人の物と見れば欲しがり、自分の物は惜しみ、すっかり町人のような根性になってしまいます。死を常に心にあてているときは、貪欲の心も自然と薄くなり、欲しい惜しいという見苦しい根性もそれほど表に出ないという道理です。だから、人柄までもよくなると申すのです。ただし、死をどれほど心にあてるといっても、吉田兼好が『徒然草』に書き残した心戒という僧のように、一日じゅう死期を待つ心持ちで、いつもただうずくまってばかりいるのは、出家した僧の修行としてはともかく、武道修行の本意にはかないません。そのように死をあてては、主君や親への忠孝の道も捨たり、武士の家業も欠けてしまいますので、大いによくありません。昼夜を限らず、公私の用事を済ませ、しばらくでも身に暇ができて心静かなときは、死の一字を思い出し、怠りなく心にあてなさいということです。楠正成が子息の正行に申し教えた言葉の中にも、常に死を習えとあったと伝え聞いております。初心の武士の心得のために、以上のとおりである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『春秋左氏伝』襄公二十八年 晏子、邶殿を受けず對へて曰く、「慶氏の邑は、欲を足す、故に亡ぶ。吾が邑は欲を足さざるなり。之に益すに邶殿を以てせば、乃ち欲を足さん。欲を足さば、亡ぶること日無からん。外に在りては、吾が一邑をも宰するを得ず。邶殿を受けざるは、富を惡むに非ざるなり、富を失はんことを恐るるなり。且つ夫れ富は布帛の幅有るが如し。之が制度を為りて、遷ること無からしむ。夫れ民は生厚くして用利なり。是に於いてか德を正して以て之を幅し、黜嫚すること無からしむ。之を幅利と謂ふ。利過ぐれば則ち敗を為す。吾敢へて多きを貪らず。所謂幅なり」と。北郭佐に邑六十を與ふ、之を受く。子雅に邑を與ふ、多きを辭して少なきを受く。子尾に邑を與ふ、受けて稍く之を致す。公以て忠と為す、故に寵有り。盧蒲嫳を北竟に釋(はな)つ。崔杼の尸を求め、將に之を戮せんとす。得ず。叔孫穆子曰く、「必ず之を得ん。武王に亂臣十人有り。崔杼其れ有らんや。十人ならずんば、以て葬るに足らず」と。既にして崔氏の臣曰く、「我に其の拱璧を與へよ、吾其の柩を獻ぜん」と。是に於いて之を得たり。
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『囲炉夜話』第二百六則・飲食に節有り男女に別有り飲食男女は、人の大欲存す、然れども人欲既に勝てば天理或いは亡ぶ。 故に有道の士は、必ず飲食をして節有らしめ、男女をして別有らしむ。
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『慎思録』巻之三飲食声色の諸資俸は、皆身を養ふ所以にして、復た身を病ましむる所以なり。蓋し之を用ふること節に中れば則ち養ひ、過ぐれば則ち病む。之を用ふる者は、慎みて之を節する所以を貴ぶなり。人の功を記して、人の罪を忘るるは、是れ長者の人心を得る所以なり。漢書に曰く、項羽は人の功に於て記する所無く、人の罪に於て忘るる所無し、と。愚謂へらく、是れ旧悪を念ふの事にして、乃ち羽の人心を失ひて亡ぶる所以なり。本邦近世の英雄猛将の亡ぶるが如きも、亦士を侮ると人の旧悪を忘れざるとに由るのみ。
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『酔古堂剣掃』集法・不盡の意を留む凡そ事は不盡の意を留むれば則ち機圓かに、凡そ物は不盡の意を留むれば則ち用裕かに、凡そ情は不盡の意を留むれば則ち味深く、凡そ言は不盡の意を留むれば則ち致遠く、凡そ興は不盡の意を留むれば則ち趣多く、凡そ才は不盡の意を留むれば則ち神滿つ。
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