武道便蒙録 / 卷之三・友との交わりと武家の三節三要三行
○友と交るに、いかほど心やすくとも、言葉をいやしくすることなかれ、數年を經ても、其知る人になりしときのやうにすべし、かくあれば、いつまでも交りたゆることなし、今世の人を見るに、奴僕馬夫のよりあひの如し、かく不敬にして害を生ずるは、みづから招く所なり、俗歌に、わがよきに、人のあしきが、あらばこそ、人のあしきは、わがあしきなり、○友と交るに、あまりにふかく、おもひ過せば、又それほどの恨生ずるなり、世の人たがひに、まづしきときは、友とふかくまじはるといへども、たま〱幸ひありて、富るか、又備などよくなれば、まづしきと、ひきゝ友をば、いとひて、うとくなりゆく多し、杜甫が貧交行に、翻手作雲覆手雨、紛々輕薄何須數、君不見管鮑貧時交、此道今人棄如土、と賦せり、○武家に三節、三要、三行、といふことあり、三節は、衣食住なり、衣服、食物、住所、身上相應たるべし、三要は軍、旅、客なり、軍具、旅具、客具、かねて用意すべし、三行は、敎、藝、行なり、敎は儒神の敎なり、藝はもろ〱の藝なり、行は敎を聞、藝をならひて行なり、凡て受用を以て主意とす、受ても、守て行はざれば用をなさず、常に守り行へば必其功あり、守れば用をなし、守らざれば、用をなさず、耳に聞、口に唱へたるまでにて、行はざるは、乘て習はざるにはおとれり、
新字:○友と交るに、いかほど心やすくとも、言葉をいやしくすることなかれ、数年を経ても、其知る人になりしときのやうにすべし、かくあれば、いつまでも交りたゆることなし、今世の人を見るに、奴僕馬夫のよりあひの如し、かく不敬にして害を生ずるは、みづから招く所なり、俗歌に、わがよきに、人のあしきが、あらばこそ、人のあしきは、わがあしきなり、○友と交るに、あまりにふかく、おもひ過せば、又それほどの恨生ずるなり、世の人たがひに、まづしきときは、友とふかくまじはるといへども、たま〱幸ひありて、富るか、又備などよくなれば、まづしきと、ひきゝ友をば、いとひて、うとくなりゆく多し、杜甫が貧交行に、翻手作雲覆手雨、紛々軽薄何須数、君不見管鮑貧時交、此道今人棄如土、と賦せり、○武家に三節、三要、三行、といふことあり、三節は、衣食住なり、衣服、食物、住所、身上相応たるべし、三要は軍、旅、客なり、軍具、旅具、客具、かねて用意すべし、三行は、教、芸、行なり、教は儒神の教なり、芸はもろ〱の芸なり、行は教を聞、芸をならひて行なり、凡て受用を以て主意とす、受ても、守て行はざれば用をなさず、常に守り行へば必其功あり、守れば用をなし、守らざれば、用をなさず、耳に聞、口に唱へたるまでにて、行はざるは、乗て習はざるにはおとれり、
書き下し
○友と交るに、いかほど心やすくとも、言葉をいやしくすることなかれ、數年を經ても、其知る人になりしときのやうにすべし、かくあれば、いつまでも交りたゆることなし、今世の人を見るに、奴僕馬夫のよりあひの如し、かく不敬にして害を生ずるは、みづから招く所なり、俗歌に、わがよきに、人のあしきが、あらばこそ、人のあしきは、わがあしきなり、○友と交るに、あまりにふかく、おもひ過せば、又それほどの恨生ずるなり、世の人たがひに、まづしきときは、友とふかくまじはるといへども、たま〱幸ひありて、富るか、又備などよくなれば、まづしきと、ひきゝ友をば、いとひて、うとくなりゆく多し、杜甫が貧交行に、翻手作雲覆手雨、紛々輕薄何須數、君不見管鮑貧時交、此道今人棄如土、と賦せり、○武家に三節、三要、三行、といふことあり、三節は、衣食住なり、衣服、食物、住所、身上相應たるべし、三要は軍、旅、客なり、軍具、旅具、客具、かねて用意すべし、三行は、敎、藝、行なり、敎は儒神の敎なり、藝はもろ〱の藝なり、行は敎を聞、藝をならひて行なり、凡て受用を以て主意とす、受ても、守て行はざれば用をなさず、常に守り行へば必其功あり、守れば用をなし、守らざれば、用をなさず、耳に聞、口に唱へたるまでにて、行はざるは、乘て習はざるにはおとれり、
現代語訳
友と交わるには、どれほど心やすくとも言葉を卑しくしてはいけません。数年を経ても、その人と知り合ったばかりの頃のようにすべきです。そうすれば、いつまでも交わりが絶えません。今の世の人を見ると、奴僕や馬夫の寄り合いのようです。このように不敬で害を生じるのは、自ら招くところです。俗歌に「わがよきに、人のあしきが、あらばこそ、人のあしきは、わがあしきなり」とあります。○友と交わるのに、あまりに深く思いすぎると、またそれほどの恨みが生じます。世の人は互いに貧しいときは友と深く交わっても、たまたま幸いがあって富むか、また官位などがよくなると、貧しい友や低い友を嫌って疎くなっていく者が多いのです。杜甫の貧交行に「手を翻せば雲となり手を覆せば雨となる、紛々たる軽薄、何ぞ数うるを須いん、君見ずや管鮑貧時の交わり、この道今人は棄てて土の如し」と詠んでいます。○武家に三節、三要、三行ということがあります。三節は衣食住です。衣服、食物、住所は、身分相応であるべきです。三要は軍、旅、客です。軍具、旅具、客具をかねて用意すべきです。三行は教、芸、行です。教は儒教と神道の教えです。芸はもろもろの芸です。行は教えを聞き、芸を習って行うことです。すべて受用を主意とします。受けても守り行わなければ役に立ちません。常に守り行えば必ずその功があります。守れば用をなし、守らなければ用をなしません。耳に聞き、口に唱えただけで行わないのは、乗って習わないことにも劣ります。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
関連する章句
-
『慎思録』巻之五孔孟は雅に礼を言ひ、其の理を言ふ者は罕なり。易に曰く、理を究め性を尽くす、と。又曰く、易簡にして天下の理得たり、と。孟子曰く、理義は心を悦ばしむ、と。仲尼燕居に子曰く、礼は理なり、と。楽記に天理を滅すと言ふ等、止数語のみ。語孟の中、礼の字の理を指して言ふ者多し。然らば則ち何為れぞ直ちに理を言はずして礼を言ふや。朱子曰く、礼は即ち理なり。但之を理と謂へば、形迹の言ふべき無し。礼は即ち品節文章の見るべき有り、と。此に由りて之を観れば、聖賢の理を言はずして礼を言ふ者は、以有るなり。
-
『弁名』學朱子の知行の説は、博文約礼に本づく。然れども古の所謂知行と博文約礼とは、指す所同じからざるなり。博く文を学ぶ、文は詩書礼楽を謂ふ。故に其の学びて知る所の者は、言を知るに在り、礼を知るに在り。言に在りては其の文義を知るを謂ふのみ。礼に在りては其の節文度数を知るを謂ふのみ。必ずしも深く天地万物の理、性命道徳の奥と礼楽の原とを知るを求めざるなり。之を約するに礼を以てすとは、礼を践むを謂ふのみ。其の学びて知る所の者は、外に在りて己に在らず。礼を践みて以て之を行ふに至りて、而る後其の散じて外に在る者、収斂して以て諸を身に帰す。故に之を約すと曰ふ。亦た必ずしも諸を心に求めざるなり。是れ博文約礼の先後の序爲り。
-
『五常訓』巻之四・礼一朱子曰、礼は即理の節文なり。いふ意は、万の行、道理にかなひて、過不及なく、程よきを云ふ。飲食の一事をいはば、うゑかわく時に飲み食ふは理なり。されども、飲み食ふべき理なりとて、みだりに多く飲み食へば、放逸にして、みだりがはしく、又必病を生ず。飲み食ふべき理にあたりて、過不及なく、よき程なるが、理の節文なり。万の事、是を以て知るべし。
-
『五常訓』巻之四・礼本立てば末は是より出づる理なり。末のみ修りて、本なきは、誠なくして、礼の道たたず。喪の礼は、ことさら真実ならでは行はれざるものなれば、既に礼の本を説きて、又其内より、喪の礼の本をかかげ出して説き給ふ。
-
『五常訓』巻之四・礼一礼記に、子曰、敬ひて礼にあたらざる、これを野と云ふ。敬ふは誠によけれど、礼にかなはざれば、これ野きなり。敬によき程の法あり。過不及ありて、其法にかなはざるは、是礼にあたらざるなり。況やおごりて理にかなはざるは、ことに礼にそむけり。野きより、其害甚し。
-
『弁名』禮礼は道の名なり。先王の制作する所の四教・六芸、是れ其の一に居る。所謂経礼三百、威儀三千、是れ其の物なり。六芸は、書・数は庶人の官に在る者、府・史・胥・徒の専ら務むる所と為す。御も亦た士の職とする所なり。射は諸侯に通ずと雖も、其の所謂射は、礼楽を以て之を行ふ、民の射の皮を主とする者の比に非ず。唯だ礼楽のみ乃ち芸の大なる者にして、君子の務むる所なり。而して楽は伶官に掌られ、君子以て徳を養ふのみ。礼に至りては則ち君子此を以て顕業と為す。是を以て孔子少くして礼を知るを以て称せられ、周に之きて礼を老聃に問ひ、杞に之き宋に之き、唯だ礼を之れ求む。子夏の記す所、曾子の問ふ所、七十子皆礼に断断たり。檀弓の諸篇に見ゆ。三代の君子の礼を務むる、以て見るべきのみ。