武道便蒙録 / 卷之三・小善を積み人を堅固の基とする
○善不積不足以成名、惡不積不足以滅身、小人以小善爲無益、而弗爲也、以小惡爲無傷、而弗去也、故惡積而不可掩、罪大而不可解、これ易の繫辭の語なり、いふ心は、善事も積らざれば、美名を成すほどにはいたらず、惡事も積らざれば、身をほろぼすほどには、いたらぬもの也、そこで小人は料簡愚にて、小善をしたりとても、名を成すほどにいたらねば、益なしと思ふてせず、又小惡をしたりとても、事を傷るともなしといふてすてず、それ故に善をすることは、すこしもなく、惡をば日々する故に、微塵積りて山となるにて、小惡がだん〱つもりて、後には大になり掩ひかくされず、その罪重くなり堅まりて解ざる也、君子は小人のすること、うらはらにて、惡はすこしなりとも、せまじきことと思ふてせず、日々善事をする故に、善が積りて福祿を得るなり、これ積むべきことなり、○軍書曰、天堅固、國堅固、人堅固といふこと有、是れ鼎の三足のごとし、一つかけてはたち難し、就中人堅固を以て基とす、人堅固ならざれば、天も國も堅固ならず、兵道の大事は、方圓にもあらず、軍器にもあらず、たゞよく人を知りて、なつけはごくむにあり、以上舊記にのするところの、國家の治亂を見るに、内まつたくして、外やぶるゝはなく、内やぶれて外まつたきはなし、これによりてをもへば、人堅固を以て基とするの謂、また宜ならずや、俗間の鄙歌に、人は城、人は石壁、なさけはみかた、讐は大敵、とよめり、是又心得べきことなり、
新字:○善不積不足以成名、悪不積不足以滅身、小人以小善為無益、而弗為也、以小悪為無傷、而弗去也、故悪積而不可掩、罪大而不可解、これ易の繋辞の語なり、いふ心は、善事も積らざれば、美名を成すほどにはいたらず、悪事も積らざれば、身をほろぼすほどには、いたらぬもの也、そこで小人は料簡愚にて、小善をしたりとても、名を成すほどにいたらねば、益なしと思ふてせず、又小悪をしたりとても、事を傷るともなしといふてすてず、それ故に善をすることは、すこしもなく、悪をば日々する故に、微塵積りて山となるにて、小悪がだん〱つもりて、後には大になり掩ひかくされず、その罪重くなり堅まりて解ざる也、君子は小人のすること、うらはらにて、悪はすこしなりとも、せまじきことと思ふてせず、日々善事をする故に、善が積りて福禄を得るなり、これ積むべきことなり、○軍書曰、天堅固、国堅固、人堅固といふこと有、是れ鼎の三足のごとし、一つかけてはたち難し、就中人堅固を以て基とす、人堅固ならざれば、天も国も堅固ならず、兵道の大事は、方円にもあらず、軍器にもあらず、たゞよく人を知りて、なつけはごくむにあり、以上旧記にのするところの、国家の治乱を見るに、内まつたくして、外やぶるゝはなく、内やぶれて外まつたきはなし、これによりてをもへば、人堅固を以て基とするの謂、また宜ならずや、俗間の鄙歌に、人は城、人は石壁、なさけはみかた、讐は大敵、とよめり、是又心得べきことなり、
書き下し
○善不積不足以成名、惡不積不足以滅身、小人以小善爲無益、而弗爲也、以小惡爲無傷、而弗去也、故惡積而不可掩、罪大而不可解、これ易の繫辭の語なり、いふ心は、善事も積らざれば、美名を成すほどにはいたらず、惡事も積らざれば、身をほろぼすほどには、いたらぬもの也、そこで小人は料簡愚にて、小善をしたりとても、名を成すほどにいたらねば、益なしと思ふてせず、又小惡をしたりとても、事を傷るともなしといふてすてず、それ故に善をすることは、すこしもなく、惡をば日々する故に、微塵積りて山となるにて、小惡がだん〱つもりて、後には大になり掩ひかくされず、その罪重くなり堅まりて解ざる也、君子は小人のすること、うらはらにて、惡はすこしなりとも、せまじきことと思ふてせず、日々善事をする故に、善が積りて福祿を得るなり、これ積むべきことなり、○軍書曰、天堅固、國堅固、人堅固といふこと有、是れ鼎の三足のごとし、一つかけてはたち難し、就中人堅固を以て基とす、人堅固ならざれば、天も國も堅固ならず、兵道の大事は、方圓にもあらず、軍器にもあらず、たゞよく人を知りて、なつけはごくむにあり、以上舊記にのするところの、國家の治亂を見るに、内まつたくして、外やぶるゝはなく、内やぶれて外まつたきはなし、これによりてをもへば、人堅固を以て基とするの謂、また宜ならずや、俗間の鄙歌に、人は城、人は石壁、なさけはみかた、讐は大敵、とよめり、是又心得べきことなり、
現代語訳
「善も積まなければ名を成すに足りず、悪も積まなければ身を滅ぼすに足りない。小人は小さな善を益がないと思ってせず、小さな悪を傷にならないと思って去らない。ゆえに悪が積もって掩えなくなり、罪が大きくなって解けなくなる」。これは易の繋辞の語です。その意味は、善事も積もらなければ美名を成すほどにはならず、悪事も積もらなければ身を滅ぼすほどにはならないということです。そこで小人は考えが愚かで、小さな善をしても名を成すほどにならないから益がないと思ってせず、また小さな悪をしても事を傷つけるほどでもないと言って捨てません。それで善はまったくせず、悪を日々するので、塵が積もって山となるように、小悪がだんだん積もって後には大きくなり、覆い隠せなくなります。その罪は重くなり固まって解けなくなります。君子は小人と裏腹で、悪は少しでもすまいと思ってせず、日々善事をするので、善が積もって福禄を得ます。これが積むべきことです。○軍書に、天堅固、国堅固、人堅固ということがあります。これは鼎の三つの足のようなもので、一つ欠けては立ちにくいのです。なかでも人堅固を基とします。人が堅固でなければ天も国も堅固になりません。兵道の大事は、方円の陣でもなく、軍器でもなく、ただよく人を知り、なつけ育むことにあります。以上、旧記に載せてある国家の治乱を見ると、内が全うして外が破れることはなく、内が破れて外が全うすることはありません。これによって思えば、人堅固を基とするというのは、また道理にかなっていないでしょうか。俗間の鄙歌に「人は城、人は石垣、情けは味方、仇は大敵」と詠んでいます。これも心得るべきことです。
解説

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