武道便蒙録 / 卷之三・三治と言行は樞機のごとし
○兵書に三治と云ふ事あり、三治とは、一ッには大將道を好み、二ッには任にあたる人をあつめて、諫をきゝ、三ッには、君臣のあいだ近くして、下の情よく上に通じ、民に心をつくるをいふ、以上の三ッを備ふるときは、身をさまり、家おさまり、國おさまる、この故に三治といふ也、天智天皇の御製に、秋の田のかりほの庵の、とまをあらみ、わがころもでは、露にぬれつゝ、とあり、是れ民に御こゝろをつけ玉ひしなり、○易曰、君子居其室、出其言善、則千里之外應之、況其邇者乎、居其室、出其言不善、則千里之外違之、況其邇者乎、言出乎身、加乎民、行發乎邇、見乎遠、言行君子之樞機、樞機之發、榮辱之主也、言行君子之所以動天地也、可不愼乎、いふ心は、君子は人君を云ふ、人君の言は大事なる事なり、一言いゝ出したること善なれば、千里の外までも應じてしたがふ、邇き者は、なおのことなり、不善なれば、千里の外までもそむひて、したがはず、近き者は、なおのこと也、言は人君の身より出て、その善惡が民に及て、喜にも、悲にもなるなり、行ひも同前なり、言行は樞機の如し、樞は戶のくろゝ也、戶のあけたての本は、くろゝにあり、くろゝの轉じ次第にて、戶があいて明るくなり、戶がたちて闇くなるなり、機は弩牙なりと註して、弩弓の弦をかくるところは、即ゆがけの、かけ口、銃砲の引がねと同じこと也、引がねをはなす間合の手ごゝろが丸の先へゆいて、あたると、はづるゝことの大事へかゝる也、言行もその如くいふたるあと、行ひたるあとにてはかへらぬなり、故に言んとするとき、行んとするときが大事なり、善なれば天地吉祥をあらはし、不善なれば凶災を與ふ、戒め愼むべきことなり、
新字:○兵書に三治と云ふ事あり、三治とは、一ッには大将道を好み、二ッには任にあたる人をあつめて、諫をきゝ、三ッには、君臣のあいだ近くして、下の情よく上に通じ、民に心をつくるをいふ、以上の三ッを備ふるときは、身をさまり、家おさまり、国おさまる、この故に三治といふ也、天智天皇の御製に、秋の田のかりほの庵の、とまをあらみ、わがころもでは、露にぬれつゝ、とあり、是れ民に御こゝろをつけ玉ひしなり、○易曰、君子居其室、出其言善、則千里之外応之、況其邇者乎、居其室、出其言不善、則千里之外違之、況其邇者乎、言出乎身、加乎民、行発乎邇、見乎遠、言行君子之枢機、枢機之発、栄辱之主也、言行君子之所以動天地也、可不慎乎、いふ心は、君子は人君を云ふ、人君の言は大事なる事なり、一言いゝ出したること善なれば、千里の外までも応じてしたがふ、邇き者は、なおのことなり、不善なれば、千里の外までもそむひて、したがはず、近き者は、なおのこと也、言は人君の身より出て、その善悪が民に及て、喜にも、悲にもなるなり、行ひも同前なり、言行は枢機の如し、枢は戸のくろゝ也、戸のあけたての本は、くろゝにあり、くろゝの転じ次第にて、戸があいて明るくなり、戸がたちて闇くなるなり、機は弩牙なりと註して、弩弓の弦をかくるところは、即ゆがけの、かけ口、銃砲の引がねと同じこと也、引がねをはなす間合の手ごゝろが丸の先へゆいて、あたると、はづるゝことの大事へかゝる也、言行もその如くいふたるあと、行ひたるあとにてはかへらぬなり、故に言んとするとき、行んとするときが大事なり、善なれば天地吉祥をあらはし、不善なれば凶災を与ふ、戒め慎むべきことなり、
書き下し
○兵書に三治と云ふ事あり、三治とは、一ッには大將道を好み、二ッには任にあたる人をあつめて、諫をきゝ、三ッには、君臣のあいだ近くして、下の情よく上に通じ、民に心をつくるをいふ、以上の三ッを備ふるときは、身をさまり、家おさまり、國おさまる、この故に三治といふ也、天智天皇の御製に、秋の田のかりほの庵の、とまをあらみ、わがころもでは、露にぬれつゝ、とあり、是れ民に御こゝろをつけ玉ひしなり、○易曰、君子居其室、出其言善、則千里之外應之、況其邇者乎、居其室、出其言不善、則千里之外違之、況其邇者乎、言出乎身、加乎民、行發乎邇、見乎遠、言行君子之樞機、樞機之發、榮辱之主也、言行君子之所以動天地也、可不愼乎、いふ心は、君子は人君を云ふ、人君の言は大事なる事なり、一言いゝ出したること善なれば、千里の外までも應じてしたがふ、邇き者は、なおのことなり、不善なれば、千里の外までもそむひて、したがはず、近き者は、なおのこと也、言は人君の身より出て、その善惡が民に及て、喜にも、悲にもなるなり、行ひも同前なり、言行は樞機の如し、樞は戶のくろゝ也、戶のあけたての本は、くろゝにあり、くろゝの轉じ次第にて、戶があいて明るくなり、戶がたちて闇くなるなり、機は弩牙なりと註して、弩弓の弦をかくるところは、即ゆがけの、かけ口、銃砲の引がねと同じこと也、引がねをはなす間合の手ごゝろが丸の先へゆいて、あたると、はづるゝことの大事へかゝる也、言行もその如くいふたるあと、行ひたるあとにてはかへらぬなり、故に言んとするとき、行んとするときが大事なり、善なれば天地吉祥をあらはし、不善なれば凶災を與ふ、戒め愼むべきことなり、
現代語訳
兵書に三治ということがあります。三治とは、一つには大将が道を好み、二つには任にあたる人を集めて諫めを聞き、三つには君臣の間が近くて下の情がよく上に通じ、民に心を尽くすことを言います。以上の三つを備えれば、身が治まり、家が治まり、国が治まります。このため三治と言うのです。天智天皇の御製に「秋の田のかりほの庵の、とまをあらみ、わがころもでは、露にぬれつつ」とあります。これは民に心をかけられたのです。○易に言います。「君子がその室に居て、善い言葉を出せば、千里の外もこれに応じる。まして近い者はなおさらである。その室に居て、善くない言葉を出せば、千里の外もこれに背く。まして近い者はなおさらである。言葉は身から出て民に加わり、行いは近くから発して遠くに現れる。言行は君子の樞機である。樞機の発は、栄辱の主である。言行は君子が天地を動かす所以である。慎まずにいられようか」。その意味は、君子とは人君のことで、人君の言は大事だということです。一言言い出したことが善ならば、千里の外までも応じて従い、近い者はなおさらです。不善ならば千里の外までも背いて従わず、近い者はなおさらです。言は人君の身から出て、その善悪が民に及び、喜びにも悲しみにもなります。行いも同様です。言行は樞機のようなものです。樞は戸のくるるのことで、戸の開け閉めの本はくるるにあり、くるるの回り次第で戸が開いて明るくなり、戸が閉じて暗くなります。機は弩牙であると注して、弩弓の弦をかける所は、ゆがけの掛け口や、鉄砲の引き金と同じことです。引き金を放す間合いの手の内が弾の先へ行き、当たるか外れるかの大事にかかります。言行もそのようなもので、言った後、行った後では取り返せません。ですから言おうとするとき、行おうとするときが大事です。善ならば天地は吉祥を現し、不善ならば凶災を与えます。戒めて慎むべきことです。
解説

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