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武道便蒙録 / 卷之三・貌合心離と威なき怒り

そのうへ、我君父を、かろしむるを見ては、我が臣我子われを輕んず、我師をかろんずるを見ては、我弟子われをかろんず、我老人をかろんずるを見ては、我よりわかき者我をかろんず、然れば即座に、わざわいなくとも、わざわい是よりして生ず、貌合とは、うわべは睦く親く、君臣となり、父子となり、兄弟となり、朋友となり、夫婦となる、是れ貌合なり、心離とは、心の底には君臣に非ず、父子に非ず、兄弟に非ず、朋友に非ず、夫婦に非ず、これ心はなるゝなり、孤とは、たよりなく、我身方になるものゝなきことなり、聖人五倫と云ことを立て、君は臣と合、父は子と合ひ、兄は弟と合ひ、夫は婦と合ひて、相互に助となり、五尺の身にして、廣大の事業をなす、今かたちは合ても、心はなるゝときは、たとひ君臣、父子、夫婦、兄弟、朋友をもちたりとも、我一人ひとりだちなるがごとし、故に孤なりといへり、怒て威の有と云は、不怒而民威於鉄鉞と有る意にかなひて、怒らぬまへに、威ある人は、怒ても威あり、怒らざる前に、威なき人は、怒ても威なし、怒て威なきときは、下より犯されて、辱めを蒙るゆへ、犯ざると云なり、

新字:そのうへ、我君父を、かろしむるを見ては、我が臣我子われを軽んず、我師をかろんずるを見ては、我弟子われをかろんず、我老人をかろんずるを見ては、我よりわかき者我をかろんず、然れば即座に、わざわいなくとも、わざわい是よりして生ず、貌合とは、うわべは睦く親く、君臣となり、父子となり、兄弟となり、朋友となり、夫婦となる、是れ貌合なり、心離とは、心の底には君臣に非ず、父子に非ず、兄弟に非ず、朋友に非ず、夫婦に非ず、これ心はなるゝなり、孤とは、たよりなく、我身方になるものゝなきことなり、聖人五倫と云ことを立て、君は臣と合、父は子と合ひ、兄は弟と合ひ、夫は婦と合ひて、相互に助となり、五尺の身にして、広大の事業をなす、今かたちは合ても、心はなるゝときは、たとひ君臣、父子、夫婦、兄弟、朋友をもちたりとも、我一人ひとりだちなるがごとし、故に孤なりといへり、怒て威の有と云は、不怒而民威於鉄鉞と有る意にかなひて、怒らぬまへに、威ある人は、怒ても威あり、怒らざる前に、威なき人は、怒ても威なし、怒て威なきときは、下より犯されて、辱めを蒙るゆへ、犯ざると云なり、

書き下し

そのうへ、我君父を、かろしむるを見ては、我が臣我子われを輕んず、我師をかろんずるを見ては、我弟子われをかろんず、我老人をかろんずるを見ては、我よりわかき者我をかろんず、然れば即座に、わざわいなくとも、わざわい是よりして生ず、貌合とは、うわべは睦く親く、君臣となり、父子となり、兄弟となり、朋友となり、夫婦となる、是れ貌合なり、心離とは、心の底には君臣に非ず、父子に非ず、兄弟に非ず、朋友に非ず、夫婦に非ず、これ心はなるゝなり、孤とは、たよりなく、我身方になるものゝなきことなり、聖人五倫と云ことを立て、君は臣と合、父は子と合ひ、兄は弟と合ひ、夫は婦と合ひて、相互に助となり、五尺の身にして、廣大の事業をなす、今かたちは合ても、心はなるゝときは、たとひ君臣、父子、夫婦、兄弟、朋友をもちたりとも、我一人ひとりだちなるがごとし、故に孤なりといへり、怒て威の有と云は、不怒而民威於鉄鉞と有る意にかなひて、怒らぬまへに、威ある人は、怒ても威あり、怒らざる前に、威なき人は、怒ても威なし、怒て威なきときは、下より犯されて、辱めを蒙るゆへ、犯ざると云なり、

現代語訳

そのうえ、自分の君や父を軽んじるのを見れば、自分の臣や子も自分を軽んじます。自分が師を軽んじるのを見れば弟子が自分を軽んじ、自分が老人を軽んじるのを見れば、自分より若い者が自分を軽んじます。そうなると、その場で災いがなくても、災いはここから生まれます。貌合とは、うわべは睦まじく親しく、君臣となり、父子となり、兄弟となり、朋友となり、夫婦となることです。これが貌合です。心離とは、心の底では君臣でなく、父子でなく、兄弟でなく、朋友でなく、夫婦でないことです。これが心が離れているということです。孤とは、頼りなく、自分に味方する者がないことです。聖人は五倫ということを立て、君は臣と合い、父は子と合い、兄は弟と合い、夫は婦と合って、互いに助けとなり、五尺の身で広大な事業をなします。今、形は合っていても心が離れているときは、たとえ君臣、父子、夫婦、兄弟、朋友を持っていても、自分ひとりで立っているようなものです。ですから孤だと言っています。怒って威があるというのは、「怒らずして民は鉄鉞よりも威を畏れる」とある意にかなうもので、怒る前から威がある人は怒っても威があり、怒る前に威がない人は怒っても威がありません。怒って威がないときは、下から犯されて辱めを受けるため、犯されないと言うのです。

解説

形のうえでは上司と部下、夫婦、朋友でも、心が離れていれば孤立する、という指摘です。また、普段から威のない人は、怒っても人は従わず、かえって軽く見られるとも説きます。管理職に引き寄せれば、面談や会議には出ていても本音を語れない関係は、貌合心離の状態といえます。怒鳴って従わせようとするより、日ごろの言行で信を積み、本心を話せる関係を築いておくことが先です。威は怒りの強さでなく、日々の積み重ねから生まれます。
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この章句が説くこと

『武道便蒙録』須賀井正秀五倫貌合心離威孤立

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