武道便蒙録 / 卷之三・恥辱と侮りは災いの始まり
又敵の上を伺ふにも、敵將の心と命のそむきたる處をば、なにとして知べきなれば、後令と前令と、すりちがひたる所にて知べきことなり、前かた下へ云わたしたる事と、只今下へ云わたすこと、すぢのすりちがひたるあるは、心と令と、そむく處より、覺へずかやうになるものなり、衆辱人とは、大勢の人の見る前にて、人に恥辱を與ることなり、かやうなることを好ば、必ずわざわいに逢ふなり、つつしむべし、信長明智が、かふべをはり、謙信成田が、つらを打たる、たぐひなるべし、所任とは、諸事を打まかせて、をく臣なり、家老などの類なり、戮辱は二字ともにはづかしむると讀て、恥辱をあたふることなり、かろき士に恥辱をあたふるさへ、殃ひのはしとなる、ましてや、わがかたうでとも頼む臣を、はづかしむるは、あやうきことなり、其所敬とは、我がうやまふべき人なり、凶なりとは、いま〱しきと云こと也、我うやまふべき人とは、君父兄をやかた、或は師、或は老人、或は臣にても重きものは、敬ふべき人なり、さやうの人を、侮ときは、即座にわざわいなけれども、かやうなるを見ては、人もわれをかろしむるものなり、
新字:又敵の上を伺ふにも、敵将の心と命のそむきたる処をば、なにとして知べきなれば、後令と前令と、すりちがひたる所にて知べきことなり、前かた下へ云わたしたる事と、只今下へ云わたすこと、すぢのすりちがひたるあるは、心と令と、そむく処より、覚へずかやうになるものなり、衆辱人とは、大勢の人の見る前にて、人に恥辱を与ることなり、かやうなることを好ば、必ずわざわいに逢ふなり、つつしむべし、信長明智が、かふべをはり、謙信成田が、つらを打たる、たぐひなるべし、所任とは、諸事を打まかせて、をく臣なり、家老などの類なり、戮辱は二字ともにはづかしむると読て、恥辱をあたふることなり、かろき士に恥辱をあたふるさへ、殃ひのはしとなる、ましてや、わがかたうでとも頼む臣を、はづかしむるは、あやうきことなり、其所敬とは、我がうやまふべき人なり、凶なりとは、いま〱しきと云こと也、我うやまふべき人とは、君父兄をやかた、或は師、或は老人、或は臣にても重きものは、敬ふべき人なり、さやうの人を、侮ときは、即座にわざわいなけれども、かやうなるを見ては、人もわれをかろしむるものなり、
書き下し
又敵の上を伺ふにも、敵將の心と命のそむきたる處をば、なにとして知べきなれば、後令と前令と、すりちがひたる所にて知べきことなり、前かた下へ云わたしたる事と、只今下へ云わたすこと、すぢのすりちがひたるあるは、心と令と、そむく處より、覺へずかやうになるものなり、衆辱人とは、大勢の人の見る前にて、人に恥辱を與ることなり、かやうなることを好ば、必ずわざわいに逢ふなり、つつしむべし、信長明智が、かふべをはり、謙信成田が、つらを打たる、たぐひなるべし、所任とは、諸事を打まかせて、をく臣なり、家老などの類なり、戮辱は二字ともにはづかしむると讀て、恥辱をあたふることなり、かろき士に恥辱をあたふるさへ、殃ひのはしとなる、ましてや、わがかたうでとも頼む臣を、はづかしむるは、あやうきことなり、其所敬とは、我がうやまふべき人なり、凶なりとは、いま〱しきと云こと也、我うやまふべき人とは、君父兄をやかた、或は師、或は老人、或は臣にても重きものは、敬ふべき人なり、さやうの人を、侮ときは、即座にわざわいなけれども、かやうなるを見ては、人もわれをかろしむるものなり、
現代語訳
また、敵の内情を探るにも、敵将の心と命令が背いている所をどうして知るのかといえば、後の命令と前の命令が食い違っている所で知るべきです。前に下へ言い渡したことと、ただ今下へ言い渡すことで筋が食い違っているのは、心と命令が背いているところから、思わずそうなるのです。衆辱人とは、大勢の人が見ている前で人に恥辱を与えることです。このようなことを好めば、必ず災いに遭います。慎むべきです。信長が明智の頭を張ったことや、謙信が成田の面を打ったことなどが、その類でしょう。所任とは、諸事を打ち任せておく臣のことで、家老などの類です。戮辱は二字とも辱めると読み、恥辱を与えることです。軽い士に恥辱を与えるのでさえ災いの端となるのに、まして自分の片腕と頼む臣を辱めるのは危ういことです。其所敬とは、自分が敬うべき人です。凶とは、いまいましいということです。自分が敬うべき人とは、君、父、兄、親方、あるいは師、老人、あるいは臣であっても重い者で、敬うべき人です。そのような人を侮るときは、すぐに災いはなくても、それを見て人もまた自分を軽んじるようになります。
解説

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本の中身を見るこの章句が説くこと
関連する章句
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論語・為政篇季康子問う、民をして敬忠以て勧むるには、之を如何せん。子曰く、「之に臨むに荘を以てすれば、則ち敬す。孝慈なれば、則ち忠。善を挙げて不能を教うれば、則ち勧む。」
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『正法眼蔵随聞記』巻四示して云く、伝へ聞く実否は知らざれども、故持明院の中納言入道あるとき秘蔵の太刀を盗まれたりけるに、士の中に犯人ありけるを、余の士沙汰し出してまゐらせたりしに、入道の云へらく、此れは我が太刀にあらずひがことなりとてかへされたり、決定その太刀なれども、士の恥辱を思ふてかへされたりと、人皆な是を知りけれども、其の時は無為にしてすぎけり、故に子孫も繁昌せり、俗なほ心ある人はかくの如し、
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呂氏春秋・離俗④齊の莊公の時、士有り、賓卑聚と曰う、夢に壯子有り、白縞の冠、丹繢の䘩、東布の衣、新たなる素履、墨き劍室、從にして之を叱し、其の面に唾す。惕然として寤むれば、徒に夢なり。終夜坐して自ら快からず。明日、其の友を召して之に告げて曰く、「吾少きより勇を好み、年六十にして挫して辱しめらるる所無し。今夜辱しめらる。吾將に其の形を索めんとす。期して之を得れば則ち可、得ずんば將に之に死せんとす。」毎朝其の友と俱に衢に立ち、三日得ず。卻きて自ら歿す。此を務に當れりと謂うは、則ち未だしきなり。然りと雖も、其の心の辱しめられざるは、以て加う可き有らんや。
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孟子・公孫丑章句下ち不敬是より大なるは莫し。我は堯舜の道に非ざれば、敢て以て王の前に陳ぜず。故に齊の人は我の王を敬するに如くもの莫きなり。」景子曰く、「否。此の謂に非ざるなり。禮に曰く、『父召せば、諾する無し。君命じて召せば、駕するを俟たず。』固より將に朝せんとするなり。王命を聞きて遂に果さず。宜しく夫の禮と相似ざるが如く然るべし。」曰く、「豈に是を謂わんや。曾子曰く、『晉楚の富は、及ぶ可からざるなり。彼は其の富を以てし、我は吾が仁を以てす。彼は其の爵を以てし、我は吾が義を以てす。吾何ぞ慊せんや。』夫れ豈に不義にして曾子之を言わんや。是れ或は一道なり。天下に達尊三有り。爵一、齒一、德一。朝廷は爵に如くは莫く、鄉黨は齒に如くは莫く、世を輔け民に長たるは徳に如くは莫し。惡くんぞ其の一を有して、以て其の二を慢るを得んや。故に將に大いに為す有らんとするの君は、必ず召さざる所の臣有り。謀ること有らんと欲すれば、則ち之に就く。其の徳を尊び道を樂しむこと、是くの如くならざれば、與に為す有るに足らざるなり。故に湯の伊尹に於ける、學びて而る後に之を臣とす。故に勞せずして王たり。桓公の管仲に於ける、學びて而る後に之を臣とす。故に勞せずして霸たり。今、天下、地醜(たぐい)し德齊しく、能く相尚(すぎる)ぐるもの無きは、他無し。其の教うる所を臣とするを好みて、其の教えを受くる所を臣とするを好まず。湯の伊尹に於ける、桓公の管仲に於けるは、則ち敢て召さず。管仲すら且つ猶ほ召す可からず。而るを況んや管仲を為さざる者をや。」
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『春秋左氏伝』昭公三年 能く敬すれば災無し秋、七月、鄭の罕虎晉に如き、夫人を賀す。且つ告げて曰く、「楚人日に敝邑に徵(もと)む、立王に朝せざるの故を以ってなり。敝邑の往くは、則ち執事の其れ寡君を謂ひて固より外心有りとせんことを畏る。其の往かざるは、則ち宋の盟に云へり。進退罪なり。寡君虎をして之を布かしむ」と。宣子叔向をして對へしめて曰く、「君若し辱くも寡君を有(たも)たば、楚に在るも何ぞ害あらん。宋の盟を脩むるなり。君苟くも盟を思はば、寡君乃ち戾を免るるを知らん。君若し寡君を有たずんば、朝夕敝邑に辱くすと雖も、寡君猜はん。君實に心有り、何ぞ命を辱くせん。君其れ往け。苟くも寡君を有たば、楚に在るも猶ほ晉に在るがごとし」と。張趯人をして大叔に謂はしめて曰く、「子の歸りしより、小人先人の敝廬を糞除して曰く、『子其れ將に來らんとす』と。今子皮實に來る。小人望みを失ふ」と。大叔曰く、「吉は賤しくして來るを獲ず。大國を畏れ夫人を尊ぶなり。且つ孟曰く、『而(なんぢ)將に事無からんとす』と。吉庶幾(こひねが)ふ」と。小邾の穆公來朝す。季武子之を卑しめんと欲す。穆叔曰く、「不可なり。曹・滕・二邾は、實に我を忘れず。好敬して以って之を逆ふるも、猶ほ其の貳あらんことを懼る。又一睦を卑しむるは、群好を逆(さか)ふるなり。其れ舊の如くして敬を加へよ。志に曰く、『能く敬すれば災無し』と。又曰く、『來る者を敬逆するは、天の福する所なり』と」。季孫之に從ふ。
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啓発録・振氣気とは人に負ぬ心立ありて、恥辱のことを無念に思ふ処より起る意気張の事也。振とは折角自分と心をとゞめて、振立、振起し、心のなまり油断せぬ様に致す義なり。