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武道便蒙録 / 卷之三・奇正の理と下知は己の心に背かず

○戰の利は奇正の二ッに出ず、奇は陰也、正は陽なり、奇は隱なり、正は顯なり、世にあらゆること、皆奇正の二ッにかぎれり、隱顯は天地の常なり、天に日月あり、人に心氣あり、時に寒暑あり、陰陽虛實を曉す時は、外に勝負の理なし、兵法にては陰陽を奇正となづく、奇を躰にすれば、正は用なり、正を躰にすれば、奇は用なり、陰陽虛實の理をよくわきまへ知るの工夫有べし、○令與心乖者廢、後令繆、前者乖、好衆辱人者殃、戮辱所任者危、慢其所敬者凶、貌合心離者孤、怒而無威者犯、これは素書遵義の章の語なり、言ふ心は、令とは下へ下知のことなり、心とは下知する人の心なり、乖とは、ちがふことなり、廢とは、下知のきかぬことなり、下知云わたしをすることは、吾が心に好むことを下にせよと、云わたすべし、我心と下知とちがへば、必その下知がきかぬものなり、譬へば桀紂ほどの惡人なれども、暫く天下の從ひたるは、わが好惡を下にもせよと下知したる故なり、是れ下知と心とそむかざれば、廢ざる證據なり、又臆したる大將の士卒に、かゝれと云下知をする時、士卒かゝらざるも、この心なり、畢竟上の心にこのむことは、下知せずとも、下そのごとくになる、上の心に好ざることは、下知すれども、したがはず、故に心と下知とちがへば、その下知きかぬなり、後令は、のちの下知なり、前に繆とは、前の下知と、すりちがふこと也、此段は令と心と乖くとあるを承て、其そむくと云は、いかやうのことを云と、其わけを云へり、令と心と乖たることを、われながら知ぬこと有もの也、

新字:○戦の利は奇正の二ッに出ず、奇は陰也、正は陽なり、奇は隠なり、正は顕なり、世にあらゆること、皆奇正の二ッにかぎれり、隠顕は天地の常なり、天に日月あり、人に心気あり、時に寒暑あり、陰陽虚実を暁す時は、外に勝負の理なし、兵法にては陰陽を奇正となづく、奇を体にすれば、正は用なり、正を体にすれば、奇は用なり、陰陽虚実の理をよくわきまへ知るの工夫有べし、○令与心乖者廃、後令繆、前者乖、好衆辱人者殃、戮辱所任者危、慢其所敬者凶、貌合心離者孤、怒而無威者犯、これは素書遵義の章の語なり、言ふ心は、令とは下へ下知のことなり、心とは下知する人の心なり、乖とは、ちがふことなり、廃とは、下知のきかぬことなり、下知云わたしをすることは、吾が心に好むことを下にせよと、云わたすべし、我心と下知とちがへば、必その下知がきかぬものなり、譬へば桀紂ほどの悪人なれども、暫く天下の従ひたるは、わが好悪を下にもせよと下知したる故なり、是れ下知と心とそむかざれば、廃ざる証拠なり、又臆したる大将の士卒に、かゝれと云下知をする時、士卒かゝらざるも、この心なり、畢竟上の心にこのむことは、下知せずとも、下そのごとくになる、上の心に好ざることは、下知すれども、したがはず、故に心と下知とちがへば、その下知きかぬなり、後令は、のちの下知なり、前に繆とは、前の下知と、すりちがふこと也、此段は令と心と乖くとあるを承て、其そむくと云は、いかやうのことを云と、其わけを云へり、令と心と乖たることを、われながら知ぬこと有もの也、

書き下し

○戰の利は奇正の二ッに出ず、奇は陰也、正は陽なり、奇は隱なり、正は顯なり、世にあらゆること、皆奇正の二ッにかぎれり、隱顯は天地の常なり、天に日月あり、人に心氣あり、時に寒暑あり、陰陽虛實を曉す時は、外に勝負の理なし、兵法にては陰陽を奇正となづく、奇を躰にすれば、正は用なり、正を躰にすれば、奇は用なり、陰陽虛實の理をよくわきまへ知るの工夫有べし、○令與心乖者廢、後令繆、前者乖、好衆辱人者殃、戮辱所任者危、慢其所敬者凶、貌合心離者孤、怒而無威者犯、これは素書遵義の章の語なり、言ふ心は、令とは下へ下知のことなり、心とは下知する人の心なり、乖とは、ちがふことなり、廢とは、下知のきかぬことなり、下知云わたしをすることは、吾が心に好むことを下にせよと、云わたすべし、我心と下知とちがへば、必その下知がきかぬものなり、譬へば桀紂ほどの惡人なれども、暫く天下の從ひたるは、わが好惡を下にもせよと下知したる故なり、是れ下知と心とそむかざれば、廢ざる證據なり、又臆したる大將の士卒に、かゝれと云下知をする時、士卒かゝらざるも、この心なり、畢竟上の心にこのむことは、下知せずとも、下そのごとくになる、上の心に好ざることは、下知すれども、したがはず、故に心と下知とちがへば、その下知きかぬなり、後令は、のちの下知なり、前に繆とは、前の下知と、すりちがふこと也、此段は令と心と乖くとあるを承て、其そむくと云は、いかやうのことを云と、其わけを云へり、令と心と乖たることを、われながら知ぬこと有もの也、

現代語訳

戦の利は奇と正の二つから出ます。奇は陰であり、正は陽です。奇は隠であり、正は顕です。世にあるものは、すべて奇正の二つに限られます。隠れることと現れることは天地の常です。天に日月があり、人に心と気があり、時に寒暑があります。陰陽と虚実を会得すれば、外に勝負の理はありません。兵法では陰陽を奇正と名づけます。奇を体とすれば正は用であり、正を体とすれば奇は用です。陰陽虚実の理をよくわきまえる工夫があるべきです。○「命令が心に背く者は廃れる。後の命令が前の命令と食い違う。前の者は背く。大勢の前で人に恥をかかせる者は災いを受ける。任せた者を辱める者は危うい。敬うべき者を侮る者は凶である。うわべは合って心が離れている者は孤立する。怒っても威がない者は犯される」。これは素書、遵義の章の語です。意味は、令とは下へ出す指図のことで、心とは指図する人の心のことです。乖とは違うことで、廃とは指図が通らないことです。指図を言い渡すときは、自分の心で好むことを下にもせよと言い渡すべきです。自分の心と指図が違えば、必ずその指図は通らなくなります。たとえば桀や紂ほどの悪人でも、しばらく天下が従ったのは、自分の好悪を下にもさせよと指図したからです。これは指図と心が背かなければ廃れない証拠です。また、臆した大将が士卒にかかれと指図しても士卒がかからないのも、この理によります。結局、上の心が好むことは指図しなくても下はそのようになり、上の心が好まないことは指図しても従いません。ですから心と指図が違えば、その指図は通りません。後令とは後の指図のことで、前の指図と食い違うことを繆と言います。この段は令と心が背くとあるのを受けて、その背くとはどのようなことかを説明しています。令と心が背いていることを、自分では気づかないことがあるものです。

解説

前半は奇正の理を述べ、後半は素書の語を引いて、指図が自分の心と食い違うと通らなくなると説いています。言うこととやっていること、前の指示と後の指示が食い違うと、部下は従わなくなるという教えです。管理職にとっては、会議では改革を唱えながら自分は旧来のやり方に固執する、先週と今週で方針が変わる、といった場面が当たります。自分の指示が本心と一致しているか、過去の発言と矛盾していないかを、出す前に確かめる習慣が、指示の通る職場をつくります。
『人生の方程式』の表紙

人生を、一行の式にしてみた。

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この章句が説くこと

『武道便蒙録』須賀井正秀奇正素書下知言行一致

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