武道便蒙録 / 卷之三・市があっても官に主がなければ益なし
○視無見、聽無聞、由國無市也、夫市者、百貨之官也、市賤賣貴、以限士人、人食粟一斗、馬食菽三斗、人有飢色、馬有瘠形、何也、市有所出、而官無主也、夫提天下之節制、而無百貨之官、無謂其能戰也、これは尉繚子、武議の篇の語なり、言ふ心は、世上の躰をみるにも、聽にも、市がなければ、見聞にをよびがたきぞ、市は天下の人倫のあつまる處なるゆへに、何での說も市より見聞するなり、古へは日中に市を立てゝ、天下の商人或は武士などを聚るなり、萬民聚りて、貨を商ひ、用所を調ゆるなり、限士人とは、吾軍中の武士の資用を限節するなり、それ〱の用にあてがふことの義なり、百貨の主なる故に、市を百貨の官と云なり、諸國諸侯の見聞は必ず市町よりよく知るゝものなり、さて又粟一斗は、軍士の粮食なり、菽三斗は馬の畜なり、しかるに、人にも飢たる色あり、馬にもやせたる形あるは、何としたることぞと云に、市をばたてゝ、國郡もにぎわゐども、市によき官人をつけて、奉行をさせぬゆへなり、主は百貨を守り、萬事をしをきするの主なり、前には市なければ、見聞することなしといひ、こゝには市あれども、官に主なければ、益なし、と云ことを云ふ、提天下節制とは、節制は萬事のしをき頭々物々のよきほどをはからひ、正道を行を云ふ、提は提携なり、かいしうてさばくことの義なり、百貨の官を定て、をいて、さばかせねば、馬も人も迷惑するなり、人々の私なきやうにせよとの義なり、官によき人なければ、市ありとても、財あつまらず、財なければ、軍士もあつまらず、何を以てか戰を善せんや、故に無謂其能戰也、
新字:○視無見、聴無聞、由国無市也、夫市者、百貨之官也、市賤売貴、以限士人、人食粟一斗、馬食菽三斗、人有飢色、馬有瘠形、何也、市有所出、而官無主也、夫提天下之節制、而無百貨之官、無謂其能戦也、これは尉繚子、武議の篇の語なり、言ふ心は、世上の体をみるにも、聴にも、市がなければ、見聞にをよびがたきぞ、市は天下の人倫のあつまる処なるゆへに、何での説も市より見聞するなり、古へは日中に市を立てゝ、天下の商人或は武士などを聚るなり、万民聚りて、貨を商ひ、用所を調ゆるなり、限士人とは、吾軍中の武士の資用を限節するなり、それ〱の用にあてがふことの義なり、百貨の主なる故に、市を百貨の官と云なり、諸国諸侯の見聞は必ず市町よりよく知るゝものなり、さて又粟一斗は、軍士の粮食なり、菽三斗は馬の畜なり、しかるに、人にも飢たる色あり、馬にもやせたる形あるは、何としたることぞと云に、市をばたてゝ、国郡もにぎわゐども、市によき官人をつけて、奉行をさせぬゆへなり、主は百貨を守り、万事をしをきするの主なり、前には市なければ、見聞することなしといひ、こゝには市あれども、官に主なければ、益なし、と云ことを云ふ、提天下節制とは、節制は万事のしをき頭々物々のよきほどをはからひ、正道を行を云ふ、提は提携なり、かいしうてさばくことの義なり、百貨の官を定て、をいて、さばかせねば、馬も人も迷惑するなり、人々の私なきやうにせよとの義なり、官によき人なければ、市ありとても、財あつまらず、財なければ、軍士もあつまらず、何を以てか戦を善せんや、故に無謂其能戦也、
書き下し
○視無見、聽無聞、由國無市也、夫市者、百貨之官也、市賤賣貴、以限士人、人食粟一斗、馬食菽三斗、人有飢色、馬有瘠形、何也、市有所出、而官無主也、夫提天下之節制、而無百貨之官、無謂其能戰也、これは尉繚子、武議の篇の語なり、言ふ心は、世上の躰をみるにも、聽にも、市がなければ、見聞にをよびがたきぞ、市は天下の人倫のあつまる處なるゆへに、何での說も市より見聞するなり、古へは日中に市を立てゝ、天下の商人或は武士などを聚るなり、萬民聚りて、貨を商ひ、用所を調ゆるなり、限士人とは、吾軍中の武士の資用を限節するなり、それ〱の用にあてがふことの義なり、百貨の主なる故に、市を百貨の官と云なり、諸國諸侯の見聞は必ず市町よりよく知るゝものなり、さて又粟一斗は、軍士の粮食なり、菽三斗は馬の畜なり、しかるに、人にも飢たる色あり、馬にもやせたる形あるは、何としたることぞと云に、市をばたてゝ、國郡もにぎわゐども、市によき官人をつけて、奉行をさせぬゆへなり、主は百貨を守り、萬事をしをきするの主なり、前には市なければ、見聞することなしといひ、こゝには市あれども、官に主なければ、益なし、と云ことを云ふ、提天下節制とは、節制は萬事のしをき頭々物々のよきほどをはからひ、正道を行を云ふ、提は提携なり、かいしうてさばくことの義なり、百貨の官を定て、をいて、さばかせねば、馬も人も迷惑するなり、人々の私なきやうにせよとの義なり、官によき人なければ、市ありとても、財あつまらず、財なければ、軍士もあつまらず、何を以てか戰を善せんや、故に無謂其能戰也、
現代語訳
「見ても見えず、聞いても聞こえないのは、国に市がないのと同じである。市は百貨の官である。市が賤しく売り貴く買うことで、士人の費えを限る。人は粟一斗を食べ、馬は豆三斗を食べるのに、人に飢えた顔色があり、馬に痩せた姿があるのはなぜか。市に品物は出ているのに、官に主がいないからである。天下の節制を握りながら百貨の官がなければ、よく戦えるとは言えない」。これは尉繚子、武議の篇の語です。意味は、世の中の様子を見聞きするにも市がなければ及びにくいということです。市は天下の人が集まる所なので、どんな説も市から見聞きされます。昔は日中に市を立て、商人や武士などを集めました。万民が集まって品物を商い、入用の物を調えます。限士人とは、自軍の武士の費用を限り、それぞれの用に割り当てることです。百貨の主なので市を百貨の官と言います。諸国諸侯の見聞は必ず市町からよく知られるものです。粟一斗は軍士の食糧、豆三斗は馬の飼料です。それなのに人に飢えた色があり、馬に痩せた形があるのはどうしたことかというと、市を立てて国郡がにぎわっていても、市によい役人をつけて奉行をさせないからです。主とは百貨を守り、万事を取り計らう主のことです。前の部分では市がなければ見聞できないと言い、ここでは市があっても官に主がなければ益がないと言っています。提天下節制の節制は、万事を取り計らい、頭々物々をほどよく量って正道を行うことで、提は提携、つまりかいしゅうして裁くことです。百貨の官を定めて任せなければ、馬も人も難儀します。人々に私がないようにせよという意味です。官によい人がなければ市があっても財は集まらず、財がなければ軍士も集まりません。どうして戦をうまく行えるでしょうか。ですから、よく戦えるとは言えない、というのです。
解説

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李衛公問対・卷下然り而して田単燕の囲む所と為る。単一人に命じて神と為し、拝して之を祠る。神言ふ、『燕破るべし』と。単是に於いて火牛を以て出でて燕を撃ち、大いに之を破る。此れ是れ兵家の詭道なり。天官・時日も亦猶ほ此のごとし。」太宗曰く、「田単は神怪に託して燕を破り、太公は蓍亀を焚きて紂を滅ぼす。二事相反す、何ぞや。」靖曰く、「其の機は一なり。或いは逆らひて之を取り、或いは順ひて之を行ふ是れなり。昔太公武王を佐け、牧野に至り、雷雨に遇ひ、旗鼓毀折す。散宜生卜して吉にして後に行かんと欲す。此れ則ち軍中の疑懼に因りて、必ず卜を仮りて以て神に問ふなり。太公以為(おもへ)らく腐草枯骨問ふに足る無しと。且つ臣を以て君を伐つ、豈に再びすべけんや。然れども散宜生の機を前に発し、太公の機を後に成すを観るに、逆順異なると雖も、其の理致は則ち同じ。臣前に所謂術数廃すべからずとは、蓋し其の機を未だ萌さざるに存するなり。其の成功に及んでは、人事に在るのみ。」太宗曰く、「当今の将帥は、唯だ李勣・道宗・薛万徹のみ。道宗の親属を以てするを除くの外、孰か大用に堪へん。」靖曰く、「陛下嘗て言ふ、勣・道宗の兵を用ふるは、大いに勝たず亦大いに敗れず、万徹は若し大いに勝たずんば即ち須(すべから)く大いに敗るべしと。臣愚かにも聖言を思ふに、大勝を求めず亦大敗せざる者は、節制の兵なり。或いは大いに勝ち或いは大いに敗るる者は、幸ひにして功を成す者なり。故に孫武云ふ、
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