武道便蒙録 / 卷之二・任せきらぬ用い方と、報いの出し方の失敗
其人にふりむけて、心いつぱいにはからはせてこそ、其人の材能のほどをいつぱいに心を盡して、用にもたつべけれ、擧て用ゆるとは、はや擧用たるものを、うちまかせず、才能のほどを、一つぱいに、はたらかぬやうにするを、既用不任と云なり、さやうなれば必その人上をうらむるものなり、又はうらみずとも、きのどくに思ふなり、又上たる人も其者をあげ用たるかひなきことなり、これせんぎのつまざる人のつかひやうゆへ、ものゝめのつまらぬにたとへて、疏なりとは云なり、賞を行ふとは、褒美をやること也、悋色あるとは、ほうびをやりぶりのあしきことなり、沮とは勢ひのくじけることなり、をなじほうびを、やりながら、やりぶり惡しきときは、士卒いさみはせずして、かへつて勢ひくじけるものなり、褒美はもと士卒をいさましむる、ためなるに、しかたあしければ、かくの如し、多く許して少く與とは、かやうなることをせば、何をなにほどとらすべし乘てまへかた約束をしをきて、其やくそくしたるよりは、少くとらすると也、さやうなれば、かたじけなくは、をもはずして、かへつて怨るものなり、物をとらするは、かたじけなく、思はすべきためなるに、しかたあしければ、忝くは思ずして、かへりてうらみらるゝ也、迎とは、うけんとすると也、拒とは、うけぬことなり、これは人に存よりを云はするに、
新字:其人にふりむけて、心いつぱいにはからはせてこそ、其人の材能のほどをいつぱいに心を尽して、用にもたつべけれ、挙て用ゆるとは、はや挙用たるものを、うちまかせず、才能のほどを、一つぱいに、はたらかぬやうにするを、既用不任と云なり、さやうなれば必その人上をうらむるものなり、又はうらみずとも、きのどくに思ふなり、又上たる人も其者をあげ用たるかひなきことなり、これせんぎのつまざる人のつかひやうゆへ、ものゝめのつまらぬにたとへて、疏なりとは云なり、賞を行ふとは、褒美をやること也、悋色あるとは、ほうびをやりぶりのあしきことなり、沮とは勢ひのくじけることなり、をなじほうびを、やりながら、やりぶり悪しきときは、士卒いさみはせずして、かへつて勢ひくじけるものなり、褒美はもと士卒をいさましむる、ためなるに、しかたあしければ、かくの如し、多く許して少く与とは、かやうなることをせば、何をなにほどとらすべし乗てまへかた約束をしをきて、其やくそくしたるよりは、少くとらすると也、さやうなれば、かたじけなくは、をもはずして、かへつて怨るものなり、物をとらするは、かたじけなく、思はすべきためなるに、しかたあしければ、忝くは思ずして、かへりてうらみらるゝ也、迎とは、うけんとすると也、拒とは、うけぬことなり、これは人に存よりを云はするに、
書き下し
其人にふりむけて、心いつぱいにはからはせてこそ、其人の材能のほどをいつぱいに心を盡して、用にもたつべけれ、擧て用ゆるとは、はや擧用たるものを、うちまかせず、才能のほどを、一つぱいに、はたらかぬやうにするを、既用不任と云なり、さやうなれば必その人上をうらむるものなり、又はうらみずとも、きのどくに思ふなり、又上たる人も其者をあげ用たるかひなきことなり、これせんぎのつまざる人のつかひやうゆへ、ものゝめのつまらぬにたとへて、疏なりとは云なり、賞を行ふとは、褒美をやること也、悋色あるとは、ほうびをやりぶりのあしきことなり、沮とは勢ひのくじけることなり、をなじほうびを、やりながら、やりぶり惡しきときは、士卒いさみはせずして、かへつて勢ひくじけるものなり、褒美はもと士卒をいさましむる、ためなるに、しかたあしければ、かくの如し、多く許して少く與とは、かやうなることをせば、何をなにほどとらすべし乘てまへかた約束をしをきて、其やくそくしたるよりは、少くとらすると也、さやうなれば、かたじけなくは、をもはずして、かへつて怨るものなり、物をとらするは、かたじけなく、思はすべきためなるに、しかたあしければ、忝くは思ずして、かへりてうらみらるゝ也、迎とは、うけんとすると也、拒とは、うけぬことなり、これは人に存よりを云はするに、
現代語訳
その人に振り向けて、心いっぱいに考えさせてこそ、その人の才能の限りを尽くして、役に立つのです。挙げて用いるとは、すでに挙げ用いた者を、うちまかせず、才能のほどを精いっぱい働かせないようにすることで、これを既用不任といいます。そうであれば、必ずその人は上を怨むものです。あるいは怨まないまでも、気の毒に思うものです。また上に立つ人も、その者を挙げ用いた甲斐がないことです。これは詮議のつまらない人の使い方なので、目のつまらないことにたとえて、疏だというのです。賞を行うとは、褒美を与えることです。悋色があるとは、褒美の与え方が悪いことです。沮とは、勢いがくじけることです。同じ褒美を与えながら、与え方が悪いときは、士卒は勇み立たず、かえって勢いがくじけるものです。褒美はもともと士卒を勇ましめるためなのに、仕方が悪ければこのようになります。多く許して少なく与えるとは、これは、何をどれほど与えようと、前もって約束をしておいて、その約束よりは少なく与えることです。そうであれば、ありがたくは思わず、かえって怨まれるものです。物を与えるのはありがたく思わせるためなのに、仕方が悪ければ、ありがたくは思わず、かえって怨まれるのです。迎とは、受け入れようとすることです。拒とは、受け入れないことです。これは人に意見を言わせるときに、
解説

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『甲陽軍鑑』品第十二其のごとくなる家中にては老衆·出頭衆又かせ者·小者迄意地きたなくなり、人をぬかんと存するに付、主は被官に物も給はらずしてつかはんと思ひ、被官は主に忠節·忠功·番·普請·供·使の奉公もせずして、偽をもつて扶持給を取らんと思ふ故、かせ者小者給を取ため引こみ候間、奉公人多く塩肴など売商人に成ものなり、能き大将の下にては町人も奉公人に成たがるといへども、諸侍町人をつかはす、又百姓は意地すねたる物にて、奉公しても後は覚の者に成こと多し、町人はかざる者なれば武士には成兼申候、
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論語・為政篇子張禄を干(もと)むを学ぶ。子曰く、多く聞いて疑わしきを闕(か)き、其の余を慎言すれば、則ち尤(とがめ)寡なし。多く見て殆(あやう)きを闕き、其の余を慎行すれば、則ち悔寡なし。言に尤寡なく、行に悔寡なければ、禄は其の中に在り。
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『講孟余話』滕文公下 第四章「志を食ましむるに非ず、功を食ましむるなり」。此の章の論此の二句にあり、而して食功の二字に帰す。其の論明白、復た弁を待たず。唯だ君の臣を養ひ、民の上に奉ずる、既に皆功に食ましむる為めなれば、是れに酬ゆる者将た如何すべき。日々三度の箸を把る毎に、此の食の徒食すべからざるを思ひ、又衣服に付きても居処に付きても器用に付きても、皆此の物徒らに着るべからず、徒らに居るべからず、徒らに用ふべからざるを思はば、豈放辟邪侈の念を生ぜんや。
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『墨子』公孟子墨子の門に游ぶ者有り、子墨子に謂いて曰く、「先生、鬼を以て神眀にして知り、能く人に禍いを為すと為すか」と。子墨子の門に游ぶ者有り、身體强良、思慮狥通なり。隨いて學ばしめんと欲す。子墨子曰く、「姑く學べ。吾れ将に子を仕えしめん」と。善言に勸められて學ぶ。其の年にして、仕えんことを子墨子に責む。子曰く、「子を仕えしめず。子も亦た夫の魯の語を聞かんか。昆弟五人なる者有り。其の父死して、其の長子、酒を嗜みて葬らず。其の四弟曰く、『子、我と葬らば、當に子の為に酒を沽うべし』と。善言に勸められて葬る。已に葬りて、酒を其の四弟に責む。四弟曰く、『吾れ未だ子に酒を予えず。子は子の父を葬り、我れは吾が父を葬る。豈に獨り吾が父ならんや。子、葬らずんば、則ち人、将に子を笑わんとす。故に子に葬るを勸めしなり』と。今、子は義を為し、我も亦た義を為す。豈に獨り我が義ならんや。子、學ばずんば、則ち人、将に子を笑わんとす。故に子に學を勸めしなり」と。
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『春秋左氏伝』閔公二年 衛の懿公、鶴を好む冬、十二月、狄人衛を伐つ。衛の懿公鶴を好み、鶴に軒に乘る者有り。將に戰はんとす。國人の甲を受くる者皆曰く、「鶴を使へ。鶴實に祿位有り、余焉んぞ能く戰はん」と。公石祁子に玦を與へ、甯莊子に矢を與へ、守らしめて、曰く、「此を以って國を贊けよ。利を擇びて之を爲せ」と。夫人に繡衣を與へて、曰く、「二子に聽け」と。渠孔戎に御し、子伯右と爲り、黃夷前驅し、孔嬰齊殿す。狄人と熒澤に戰ひ、衛の師敗績し、遂に衛を滅ぼす。衛侯其の旗を去らず、是を以って甚だしく敗る。狄人史華龍滑と禮孔とを囚へ、以って衛人を逐ふ。二人曰く、「我は、大史なり。實に其の祭を掌る。先んぜずんば、國得可からざるなり」と。乃ち之を先んぜしむ。至れば、則ち守に告げて曰く、「待つ可からざるなり」と。夜國人と出づ。狄衛に入り、遂に之に從ひ、又諸を河に敗る。
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三略・上略軍讖に曰く、軍に財無ければ、士来たらず。軍に賞無ければ、士往かず、と。