武道便蒙録 / 卷之一・女の口添えと情実人事が国を乱す
○女謁公行者亂、私人以官者浮也、女謁とは女の口入なり、女の取つぎ、女の口入を聞入るは、我寵愛する處に迷て、國家を治るは、我職分なることを忘れ、大切の國家を女色に思ひかゆるわけなり、それも內々にて、さやうのことあるぶんは、まだ大なる禍に至るまじけれども、公行てざやふのことのある也、故にみな人推はれて、女の口入を用ひ、下たる者も、推はれて女をたのみ、或は加持祈禱、或は聖天浴油などのことによそへて、巫祝、浮屠、などの、よきてづるをまふけ、女をたのみて、願を云やうになる時は、其國必亂るゝなり、上公侯も、國家を治るは、吾職分なることを忘れ、女をたのみて、下士庶人も、わが職分をば、つとめずして、女を賴みて、願をみてんとするばかりにて、皆君子の恥べきと云ことを、知らぬやうになりゆきたる風俗の國なれば、必亂るゝものなりと、私するは、ひいきすることなり、官とは、役義のことなり、人に私するに、官を以てすることは、我ひいきなる人に、能き役義をいひつくる事なり、役義は公のものなり、それ〱相應の、器量の人を云付べし、我ひいきなる人を、よき役にするは、役義を私しものにすると云ものなり、浮と云は、うくと讀て、うくとは上にうきて、根をはなるゝこと也、役と人とはなれて、人が其の役にくひつかぬ心なり、然れば、役と人と別々になりて、その人を、其役にしたる、かひなく、役わけせずして、人を使ふと同じことなり、
新字:○女謁公行者乱、私人以官者浮也、女謁とは女の口入なり、女の取つぎ、女の口入を聞入るは、我寵愛する処に迷て、国家を治るは、我職分なることを忘れ、大切の国家を女色に思ひかゆるわけなり、それも内々にて、さやうのことあるぶんは、まだ大なる禍に至るまじけれども、公行てざやふのことのある也、故にみな人推はれて、女の口入を用ひ、下たる者も、推はれて女をたのみ、或は加持祈祷、或は聖天浴油などのことによそへて、巫祝、浮屠、などの、よきてづるをまふけ、女をたのみて、願を云やうになる時は、其国必乱るゝなり、上公侯も、国家を治るは、吾職分なることを忘れ、女をたのみて、下士庶人も、わが職分をば、つとめずして、女を頼みて、願をみてんとするばかりにて、皆君子の恥べきと云ことを、知らぬやうになりゆきたる風俗の国なれば、必乱るゝものなりと、私するは、ひいきすることなり、官とは、役義のことなり、人に私するに、官を以てすることは、我ひいきなる人に、能き役義をいひつくる事なり、役義は公のものなり、それ〱相応の、器量の人を云付べし、我ひいきなる人を、よき役にするは、役義を私しものにすると云ものなり、浮と云は、うくと読て、うくとは上にうきて、根をはなるゝこと也、役と人とはなれて、人が其の役にくひつかぬ心なり、然れば、役と人と別々になりて、その人を、其役にしたる、かひなく、役わけせずして、人を使ふと同じことなり、
書き下し
○女謁公行者亂、私人以官者浮也、女謁とは女の口入なり、女の取つぎ、女の口入を聞入るは、我寵愛する處に迷て、國家を治るは、我職分なることを忘れ、大切の國家を女色に思ひかゆるわけなり、それも內々にて、さやうのことあるぶんは、まだ大なる禍に至るまじけれども、公行てざやふのことのある也、故にみな人推はれて、女の口入を用ひ、下たる者も、推はれて女をたのみ、或は加持祈禱、或は聖天浴油などのことによそへて、巫祝、浮屠、などの、よきてづるをまふけ、女をたのみて、願を云やうになる時は、其國必亂るゝなり、上公侯も、國家を治るは、吾職分なることを忘れ、女をたのみて、下士庶人も、わが職分をば、つとめずして、女を賴みて、願をみてんとするばかりにて、皆君子の恥べきと云ことを、知らぬやうになりゆきたる風俗の國なれば、必亂るゝものなりと、私するは、ひいきすることなり、官とは、役義のことなり、人に私するに、官を以てすることは、我ひいきなる人に、能き役義をいひつくる事なり、役義は公のものなり、それ〱相應の、器量の人を云付べし、我ひいきなる人を、よき役にするは、役義を私しものにすると云ものなり、浮と云は、うくと讀て、うくとは上にうきて、根をはなるゝこと也、役と人とはなれて、人が其の役にくひつかぬ心なり、然れば、役と人と別々になりて、その人を、其役にしたる、かひなく、役わけせずして、人を使ふと同じことなり、
現代語訳
「女謁公行する者は乱れ、私するに官を以てする者は浮く」。女謁とは、女性による口添えのことです。女性の取りつぎや口添えを聞き入れるのは、自分が寵愛する相手に迷い、国を治めるのが自分の職分であることを忘れ、大切な国の政治を女色に思いかえることです。それも内々のうちで、そのようなことがある程度なら、まだ大きな災いには至りませんが、女謁が公然と行われるようになるのです。そうなると、皆が推しはやされて女性の口添えを用い、下の者も女性を頼み、あるいは加持祈禱、あるいは聖天への浴油などにかこつけて、巫祝や浮屠(僧)などの良い手づるを設け、女性を頼んで願いを言うようになります。そのとき、その国は必ず乱れます。上の公侯も、国を治めるのは自分の職分だということを忘れて女性を頼み、下の士や庶人も、自分の職分は務めずに女性を頼んで願いをかなえようとするばかりで、君子として恥じるべきことを皆が知らなくなってゆく風俗の国は、必ず乱れるというのです。私するとは、ひいきをすることです。官とは、役目のことです。人に私するに官を以てするとは、自分がひいきにする人に、良い役目を言いつけることです。役目は公のものです。それぞれにふさわしい器量の人に言いつけるべきです。ひいきの人を良い役につけるのは、役目を私物にするというものです。浮とは「うく」と読み、うくとは上に浮いて根を離れることです。役と人とが離れ、人がその役に食いつかない心持ちをいいます。そうなると、役と人とが別々になって、その人をその役につけた甲斐がなく、役割を分けずに人を使うのと同じことになります。
解説

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