武道便蒙録 / 卷之一・権門に媚びる者を戒める
○甚し權門と云こと、其勢家に媚諛ひ、身上不相應なる贈財して、身を立富を得んとする者あり、許棐氏云、妬寵而恃勢、爭妍而取憐、此妾婦之道也、近世士大夫、見權勢之人、爭相趨、附媚之、惟恐後、得一美言、則喜溢於色、稍見抑之、則局脊不自安、又何異于妾婦之道也、夫壽夭窮通天之命也、彼固有權勢、亦不能外於天、而壽夭窮通於我也、諂々然而諛之、恐々然以附之、亦可愧也夫、此說の如く權門勢家に、おもねり媚て、其口入によりて、身を立んことをはかる者古今すくなし、とせず、たとへ如斯にして、富を得ることありといへども、玄蟬すら餓ても、蟯螂の飽を羨ずといへり、況や人として、蟲にだもしかざるべけんや、
新字:○甚し権門と云こと、其勢家に媚諛ひ、身上不相応なる贈財して、身を立富を得んとする者あり、許棐氏云、妬寵而恃勢、争妍而取憐、此妾婦之道也、近世士大夫、見権勢之人、争相趨、附媚之、惟恐後、得一美言、則喜溢於色、稍見抑之、則局脊不自安、又何異于妾婦之道也、夫寿夭窮通天之命也、彼固有権勢、亦不能外於天、而寿夭窮通於我也、諂々然而諛之、恐々然以附之、亦可愧也夫、此説の如く権門勢家に、おもねり媚て、其口入によりて、身を立んことをはかる者古今すくなし、とせず、たとへ如斯にして、富を得ることありといへども、玄蝉すら餓ても、蟯螂の飽を羨ずといへり、況や人として、虫にだもしかざるべけんや、
書き下し
○甚し權門と云こと、其勢家に媚諛ひ、身上不相應なる贈財して、身を立富を得んとする者あり、許棐氏云、妬寵而恃勢、爭妍而取憐、此妾婦之道也、近世士大夫、見權勢之人、爭相趨、附媚之、惟恐後、得一美言、則喜溢於色、稍見抑之、則局脊不自安、又何異于妾婦之道也、夫壽夭窮通天之命也、彼固有權勢、亦不能外於天、而壽夭窮通於我也、諂々然而諛之、恐々然以附之、亦可愧也夫、此說の如く權門勢家に、おもねり媚て、其口入によりて、身を立んことをはかる者古今すくなし、とせず、たとへ如斯にして、富を得ることありといへども、玄蟬すら餓ても、蟯螂の飽を羨ずといへり、況や人として、蟲にだもしかざるべけんや、
現代語訳
きわめて甚だしい権門というものに媚びへつらい、分不相応な贈り物をして、身を立て富を得ようとする者がいます。許棐氏は言います。「寵を妬み勢いをたのみ、美しさを争って憐れみを得ようとするのは、妾や婦人の道である。近ごろの士大夫は、権勢のある人を見ると、争って趨(はし)り寄り、こびへつらい、ただ後れることを恐れる。一つ美しい言葉を得れば喜びが顔にあふれ、少しでも抑えられると、身を縮めて自ら安んじない。これは妾婦の道と何が違おうか。そもそも寿命の長短や窮達は天の命である。彼にまことに権勢があっても、天の外にあって、私の寿命や窮達を決めることはできない。へつらいにこびて彼に取り入り、恐れおののいて付き従うのは、恥ずべきことである」。この説のとおり、権門勢家におもねり媚びて、その口利きによって身を立てようとする者は、昔も今も少なくありません。たとえこのようにして富を得ることがあったとしても、玄蟬(せみ)は餓えても、蟯螂(かまきり)の飽きるのをうらやまないと言います。まして人として、虫にさえ及ばないでよいのでしょうか。
解説

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見るこの章句が説くこと
関連する章句
-
『和俗男子訓』・巻一・権門に媚びぬ心と養子への道一許棐氏云、妬寵而恃勢、爭妍而取憐、此妾婦之道也、近世士大夫、見權勢之人、爭相趨、附媚之、惟恐後、得一美言、則喜溢於色、稍見抑之、則局脊不自安、又何異于妾婦之道也、夫壽夭窮通、天之命也、彼固有權勢、亦不能外於天、而壽夭窮通於我也、諂々然而諛之、恐々然以附之、亦可愧也夫、此說のごとく、權門勢家におもねり媚て、其口入によつて、身を立んとをはかるもの、古今すくなしとせず、たとひ如斯にして、富を得ることありとも、玄蟬すら饑ても、蟭螟の飽を羨ずといへり、況や人として、蟲にだもしかざるべけんや、一唐の則天武后疾ありしとき、閣朝隱といふ者、身をもつて、犧にかへて、これを祈る、程なく后の疾癒たり、しかりしよりのゝち、閣朝隱が爲人を、いやしみそしることあり、此ときすでに、世くだり、俗おとろえぬれども、阿諛の心をにくめると、殊勝なりといふべし、一世間に子を養へるのゝち、實子出來ぬれば、たちまちに、心をひるがへして、養子に、あらぬ難をつけて、もどす者あり、不仁の甚しき、言語に堪たり、若し養子して、其者あしくば、天より我家をほろぼし給ふと思ひて、一生を終べし、
-
『武道便蒙録』・卷之一・勢いに驕らず、讒言と色を遠ざける○權勢をとり、又は君邊に仕ふる、近習のともがら、我身の程をも不知して、勢に乘ずる者、古今多し、たとひ、勢ひに乘るとも、我が身をかへり見て、心をひそめ、ほこることなかれ、古人も人世を、弓を張るにたとふ、滿をすぐれば、折るゝといへり、古語に、瓜熟蒂落、福過災生ともあり、又歌に、おもへたゞ、滿ればやがて、かく月の、いざよふそらや、人の世の中、とよめり、○君侯たる人の、讒言を云ふ人を親みて、忠義ある人を遠くるときは、其國家たちまち滅亡するに至るなり、讒言者と云は、善を惡きに云かへ、黑を白にいひなすものゆへ、讒言云人を親むときは、是非善惡顚倒するによりて、忽ち滅亡する也、さて又男色女色にかぎらず、色を近づけ容貌のうるわしきものを、寵愛し好み、賢德ある人をば、うとみ遠ざくるなり、色は我が形ちをなぐさめ、賢者は我心を養ふものなり、故に色を近くるは、形の安樂を好む心より起るなり、賢を遠くるは、心を養ふことを求めぬ處より起るなり、故に形を安樂にして、心を養ふことを求めざる時は、愚に惛となり、愚惛なるときは、終に讒言をも聞入れ、國家をほろぼすに至る、黃石公曰、親讒遠忠者亡、近色遠賢者惛なり、
-
『武道便蒙録』・卷之三・恥辱と侮りは災いの始まり又敵の上を伺ふにも、敵將の心と命のそむきたる處をば、なにとして知べきなれば、後令と前令と、すりちがひたる所にて知べきことなり、前かた下へ云わたしたる事と、只今下へ云わたすこと、すぢのすりちがひたるあるは、心と令と、そむく處より、覺へずかやうになるものなり、衆辱人とは、大勢の人の見る前にて、人に恥辱を與ることなり、かやうなることを好ば、必ずわざわいに逢ふなり、つつしむべし、信長明智が、かふべをはり、謙信成田が、つらを打たる、たぐひなるべし、所任とは、諸事を打まかせて、をく臣なり、家老などの類なり、戮辱は二字ともにはづかしむると讀て、恥辱をあたふることなり、かろき士に恥辱をあたふるさへ、殃ひのはしとなる、ましてや、わがかたうでとも頼む臣を、はづかしむるは、あやうきことなり、其所敬とは、我がうやまふべき人なり、凶なりとは、いま〱しきと云こと也、我うやまふべき人とは、君父兄をやかた、或は師、或は老人、或は臣にても重きものは、敬ふべき人なり、さやうの人を、侮ときは、即座にわざわいなけれども、かやうなるを見ては、人もわれをかろしむるものなり、
-
『武道便蒙録』・卷之三・一君一夫に仕える者への思いやり○臣事一君、婦事一夫と、定れる法なり、白樂天が語に、人生勿作婦人身、百年苦樂因他人といへり、豈それ婦人のみならんや、臣の君にをけるも又同じ、臣の一君を頼み、婦の一夫を頼みて、身を終るをおもふに、其心最もあはれむべし、○世間に子を養へるの後實子出來ぬれば、たちまちに心をひるがへして、養子にあらぬ難をつけて、もどす者あり、不仁の甚しき、言語に堪たり、若し養子して其者あしくば、天より我が家をほろぼし玉ふと思ひて、一生を終ふべし、又近世妻を娶ものを聞くに、或は容色すぐれざれば、事を左右によせて去り、或は妻を娶らざる前より、つかへる妾女がさがしらを信じて、妻を去のたぐひ、あげてかぞへがたし、他の愛子をこひうけ、はづかしめて、一生をすてしむるは、罪惡もつとも甚し、妻の父兄たるもの、七去の品ありて、去れるか、いなやを聞とゞけて、受取るべし、是又心得べきことなり、
-
『武道便蒙録』・卷之一・女の口添えと情実人事が国を乱す○女謁公行者亂、私人以官者浮也、女謁とは女の口入なり、女の取つぎ、女の口入を聞入るは、我寵愛する處に迷て、國家を治るは、我職分なることを忘れ、大切の國家を女色に思ひかゆるわけなり、それも內々にて、さやうのことあるぶんは、まだ大なる禍に至るまじけれども、公行てざやふのことのある也、故にみな人推はれて、女の口入を用ひ、下たる者も、推はれて女をたのみ、或は加持祈禱、或は聖天浴油などのことによそへて、巫祝、浮屠、などの、よきてづるをまふけ、女をたのみて、願を云やうになる時は、其國必亂るゝなり、上公侯も、國家を治るは、吾職分なることを忘れ、女をたのみて、下士庶人も、わが職分をば、つとめずして、女を賴みて、願をみてんとするばかりにて、皆君子の恥べきと云ことを、知らぬやうになりゆきたる風俗の國なれば、必亂るゝものなりと、私するは、ひいきすることなり、官とは、役義のことなり、人に私するに、官を以てすることは、我ひいきなる人に、能き役義をいひつくる事なり、役義は公のものなり、それ〱相應の、器量の人を云付べし、我ひいきなる人を、よき役にするは、役義を私しものにすると云ものなり、浮と云は、うくと讀て、うくとは上にうきて、根をはなるゝこと也、役と人とはなれて、人が其の役にくひつかぬ心なり、然れば、役と人と別々になりて、その人を、其役にしたる、かひなく、役わけせずして、人を使ふと同じことなり、
-
『武道便蒙録』・卷之二・意見を聞く態度と恩の施し方・戦を教えるはじめはなるほどきげんよく、うけ入べきやうにし、或はいはぬに、いはするやうにしかけて、云はせなどして、さていはせてみれば、わがいやなることゆへ、こばみてうけ入ぬときは、存よりを云ふ人の心そむくものなり、さて又此方より恩を施すことは薄くして、返禮を望ことは、あつき時は、人返禮をせぬもの也、報ぜずとは、返禮をせぬことを云なり、もと眞實の恩にあらず、返禮を望む心にて施したる恩なるゆへ、故に人かたじけなしと思はず、返禮をせぬなり、兵法は常〻心がけ習はしむべし、尉繚子兵敎曰、兵之敎令、分營居陣、有非令而進退者、加犯敎之罪、前行者、前行敎之、後行者、後行敎之、左行者、左行敎之、右行者、右行敎之、兵士に戰の法を敎ゆること、古よりこれを重んず、周禮にも此こと詳に見へたり、營とは陣屋の惣名なり、前行は先陣なり、後行は後陣なり、行は行列の義なり、左行は左り備なり、右行は右備なり、如此先後左右の己れが組下に敎るなり、陣屋をかまへて居るに大將の命によりて、進むことも退くこともせざるなり、動くも止るも、大將の下知次第なり、此れを叛ひて、我まゝにすれば、犯敎の罪科に行ふなり、孔子曰、不敎民戰、是謂弃之、孟子曰、不敎民戰、謂之殃民、凡戰の法を敎へずして、民士に合戰さするものは、諸民の命を以て敵に與ふるなり、