武道便蒙録 / 卷之一・一元氣を養い志で大きくする
○凡天の覆ふところ、地の載るところ、日月のかはる〱照らすところ、四時晝夜の、たがひなきところ、皆是一元氣の其あいだに充るが故なり、人もまた小天地なり、生をうくるのはじめより、各一元氣をうけ得たり、然れども其生れ得たるところに、厚きあり、薄きあり、厚きは、もとより幸の甚しきなり、薄きは、やしなふて厚ふすべし、養ふに道あり、然りとて、もとよりなき氣を、外よりもとめ來るにはあらず、生れつきたる氣の外物に、うばわれて、小しくなりたるを、おしへみちびきて、大にするなり、小を大にする道は、氣を體に充しむるにあり、然れども一旦一朝に得ることにはあらず、常に心をつけて、おこたらざるときは、漸を以てなれり、氣は自ら志より發す、志柔弱にしては、大事は成就しがたし、勇猛勢力を出して志す時は、其氣勢も又自ら强盛なり、浩然の氣の發出せるは、志の勇敢によれり、
新字:○凡天の覆ふところ、地の載るところ、日月のかはる〱照らすところ、四時昼夜の、たがひなきところ、皆是一元気の其あいだに充るが故なり、人もまた小天地なり、生をうくるのはじめより、各一元気をうけ得たり、然れども其生れ得たるところに、厚きあり、薄きあり、厚きは、もとより幸の甚しきなり、薄きは、やしなふて厚ふすべし、養ふに道あり、然りとて、もとよりなき気を、外よりもとめ来るにはあらず、生れつきたる気の外物に、うばわれて、小しくなりたるを、おしへみちびきて、大にするなり、小を大にする道は、気を体に充しむるにあり、然れども一旦一朝に得ることにはあらず、常に心をつけて、おこたらざるときは、漸を以てなれり、気は自ら志より発す、志柔弱にしては、大事は成就しがたし、勇猛勢力を出して志す時は、其気勢も又自ら強盛なり、浩然の気の発出せるは、志の勇敢によれり、
書き下し
○凡天の覆ふところ、地の載るところ、日月のかはる〱照らすところ、四時晝夜の、たがひなきところ、皆是一元氣の其あいだに充るが故なり、人もまた小天地なり、生をうくるのはじめより、各一元氣をうけ得たり、然れども其生れ得たるところに、厚きあり、薄きあり、厚きは、もとより幸の甚しきなり、薄きは、やしなふて厚ふすべし、養ふに道あり、然りとて、もとよりなき氣を、外よりもとめ來るにはあらず、生れつきたる氣の外物に、うばわれて、小しくなりたるを、おしへみちびきて、大にするなり、小を大にする道は、氣を體に充しむるにあり、然れども一旦一朝に得ることにはあらず、常に心をつけて、おこたらざるときは、漸を以てなれり、氣は自ら志より發す、志柔弱にしては、大事は成就しがたし、勇猛勢力を出して志す時は、其氣勢も又自ら强盛なり、浩然の氣の發出せるは、志の勇敢によれり、
現代語訳
およそ天が覆うところ、地が載せるところ、日月が代わる代わる照らすところ、四季や昼夜が違わずめぐるところは、すべてこの一元気がその間に満ちているからです。人もまた小さな天地であり、生を受けた初めから、それぞれ一元気を受けています。しかし生まれつき得たところには、厚い人も薄い人もいます。厚い人はもとより幸いが大きいのです。薄い人は養って厚くするべきです。養うには道があります。だからといって、もともとない気を外から求めてくるのではありません。生まれつきの気が外の物に奪われて小さくなったのを、教え導いて大きくするのです。小さいものを大きくする道は、気を体に満たすことにあります。ただし、一日や一朝で得られるものではありません。常に心をかけて怠らなければ、少しずつ成るものです。気はおのずと志から発します。志が柔弱であれば大事は成就しにくいものです。勇猛な勢いを出して志すときは、その気勢もまたおのずと強く盛んになります。浩然の気が発するのは、志が勇敢であることによります。
解説

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本の中身を見るこの章句が説くこと
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啓発録・跋嗚呼如何せん、吾身刀圭の家に生れ、賤技に局々として、吾初年の志を遂る事を不得を。然れども所業は此に在りても、所志は彼に在り候へは、後世吾心を知り吾志を憐み吾道を信ずる者あらん歟。嘉永戊申季夏橋本左内誌。
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孟子・盡心章句上孟子曰く、「孔子東山に登りて魯を小とし、泰山に登りて天下を小とす。故に海を観る者には水と為し難く、聖人の門に游ぶ者には言と為し難し。水を観るに術有り、必ず其の瀾を観る。日月明有り、光を容るるところ必ず照らす。流水の物為るや、科に盈たざれば行かず。君子の道に志すや、章を成さざれば達せず。」
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『大和俗訓』巻之一・為学上されども芸は末なり、道義の学は本なり。芸をひたすら好めば、必学の志をうばはれて失ふものなり。いはんや私欲のなぐさみ好みにまかするをや。いましむべし。志を立つれば、たとへば西国の人のあづまへ行かんとおもひ立ちて、日々に行くに、其間昼夜あづまへ行かんと思ふ心は、念々つねにやまず。是あづまへ行く志たつなり。かくの如くなれば、つひに志す所に行きとどかずといふ事なし。道に志すも亦かくの如くなるべし。
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『正法眼蔵随聞記』巻五亦云く、仙人ありき、或人問て云く、如何がして仙を得ん、仙人の云く、仙を得んと思はゞ仙道を好むへしと、然れば学人も仏祖の道を得んと思はゞ、須く仏祖の道を好むへし、
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『慎思録』巻之一道に志す者は、須らく誠敬以て其の志を守るべし。然らざれば則ち流蕩放荒して道を忘れ、終にも亦必ず亡びんのみ。今の学者、大率人の不善を責むるの意思常に多くして、己の不善を責むるの意思常に少なし。此れ聖賢を以て人を律し、衆人を以て己を待すと謂ふ。是を以て学を為す者の、終に己に益無き所以なり。
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論語・公冶長篇顔淵・季路侍る。子曰く、「盍ぞ各々爾の志を言わざる。」子路曰く、「願わくは車馬衣裘、朋友と共にし、之を敝るとも憾み無からん。」顔淵曰く、「願わくは善に伐ること無く、労を施すこと無からん。」子路曰く、「願わくは子の志を聞かん。」子曰く、「老者は之を安んじ、朋友は之を信じ、少者は之を懐けん。」