武治提要 / 傳璽・第7段
屋室の制能貴賤の禮を明にし、以て後宮に近からしめず、幽暗の佚室を作らず、常居の側に講武の地を設くべし。衣服の縫染紋樣に波佐羅をなさず、寒暑の節を正し、禮節の服を正して、怠慢をなさしめず。飮食に時あらしめて、飢飽を甚しくせず、其脾胃を健にして病を生ぜしめず、これ勇をすゝめ、德を養の道なり。其餘の事物、全備省略の品を正し、淸素易簡の則を明將にして、以て智を涵育すべし。幼將の德を損するは、欲を恣にするを本とす。恣欲に至るの本は、父姑息の愛に流ること、傅職近臣一時の喜を必となすの二つより生ず。士道のあやまち、其根基總て勇の不足より起る。故に傅職近臣各勇武を標的として、事々物々の際これを以て英雄の志操を取りそだつるにあるのみ。
新字:屋室の制能貴賤の礼を明にし、以て後宮に近からしめず、幽暗の佚室を作らず、常居の側に講武の地を設くべし。衣服の縫染紋様に波佐羅をなさず、寒暑の節を正し、礼節の服を正して、怠慢をなさしめず。飲食に時あらしめて、飢飽を甚しくせず、其脾胃を健にして病を生ぜしめず、これ勇をすゝめ、徳を養の道なり。其余の事物、全備省略の品を正し、清素易簡の則を明将にして、以て智を涵育すべし。幼将の徳を損するは、欲を恣にするを本とす。恣欲に至るの本は、父姑息の愛に流ること、傅職近臣一時の喜を必となすの二つより生ず。士道のあやまち、其根基総て勇の不足より起る。故に傅職近臣各勇武を標的として、事々物々の際これを以て英雄の志操を取りそだつるにあるのみ。
書き下し
屋室の制能貴賤の禮を明にし、以て後宮に近からしめず、幽暗の佚室を作らず、常居の側に講武の地を設くべし。衣服の縫染紋樣に波佐羅をなさず、寒暑の節を正し、禮節の服を正して、怠慢をなさしめず。飮食に時あらしめて、飢飽を甚しくせず、其脾胃を健にして病を生ぜしめず、これ勇をすゝめ、德を養の道なり。其餘の事物、全備省略の品を正し、淸素易簡の則を明將にして、以て智を涵育すべし。幼將の德を損するは、欲を恣にするを本とす。恣欲に至るの本は、父姑息の愛に流ること、傅職近臣一時の喜を必となすの二つより生ず。士道のあやまち、其根基總て勇の不足より起る。故に傅職近臣各勇武を標的として、事々物々の際これを以て英雄の志操を取りそだつるにあるのみ。
現代語訳
屋室の作りは、貴賤の礼をよく明らかにし、後宮に近づけず、暗くこもる安逸の部屋を作らず、普段いる場所のそばに講武(武を講じる)の場を設けるべきです。衣服の縫い染めの紋様は派手にせず、寒暑の節を正し、礼節の服を正して、怠慢にさせないようにします。飲食には時を定めて、飢えや満腹を甚だしくせず、その脾胃を健やかにして病を生じさせないようにします。これは勇を進め、徳を養う道です。その他の事物については、全備か省略かの品を正し、清素・易簡の則を明らかにして、智を涵養すべきです。幼い将の徳を損なうのは、欲をほしいままにすることが本です。欲をほしいままにする本は、父の姑息の愛に流れること、傅職や近臣が一時の喜びを必ずと思うことの二つから生じます。士道の過ちは、その根基はすべて勇の不足から起こります。だから傅職や近臣は、それぞれ勇武を目標として、事々物々のたびに、これによって英雄の志操を育てるだけです。
解説
この章句が説くこと
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