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武治提要 / 大治・第1段

天下國家、三綱五倫の泯絕する者は、亂世といへども、吾 中華殆稀なり。春秋左氏のごとき、いまだ聖世を去こと遠からずして、かくのごとく悖亂暴逆の甚きことは、本朝古よりいまだこれをきかず。武國の貴こと、爰に於て以て見つべし。故に三綱立、五倫明なるを大治と稱するは、蓋し外國の稱なり。武國の治たとへ不德の將上にありといへども、如此ものは企て望つべし。大凡武は刃に血ぬらずして、敵を制するを極功とす。爭て勝ものは、其下れるもの也。故に戰はやむことを得ずして戰ふ。やむことを得ずして戰がゆへに、必勝の武備あり。今旣に天下敵なし、必勝の武備ありといへども、これを懷にして、常に用ゆることあらす。これ所謂武門の大治なり。若必勝の武備無して、天下無敵は、無敵の實にあらず、僥倖のみ。

新字:天下国家、三綱五倫の泯絶する者は、乱世といへども、吾 中華殆稀なり。春秋左氏のごとき、いまだ聖世を去こと遠からずして、かくのごとく悖乱暴逆の甚きことは、本朝古よりいまだこれをきかず。武国の貴こと、爰に於て以て見つべし。故に三綱立、五倫明なるを大治と称するは、蓋し外国の称なり。武国の治たとへ不徳の将上にありといへども、如此ものは企て望つべし。大凡武は刃に血ぬらずして、敵を制するを極功とす。争て勝ものは、其下れるもの也。故に戦はやむことを得ずして戦ふ。やむことを得ずして戦がゆへに、必勝の武備あり。今既に天下敵なし、必勝の武備ありといへども、これを懐にして、常に用ゆることあらす。これ所謂武門の大治なり。若必勝の武備無して、天下無敵は、無敵の実にあらず、僥倖のみ。

書き下し

天下國家、三綱五倫の泯絕する者は、亂世といへども、吾 中華殆稀なり。春秋左氏のごとき、いまだ聖世を去こと遠からずして、かくのごとく悖亂暴逆の甚きことは、本朝古よりいまだこれをきかず。武國の貴こと、爰に於て以て見つべし。故に三綱立、五倫明なるを大治と稱するは、蓋し外國の稱なり。武國の治たとへ不德の將上にありといへども、如此ものは企て望つべし。大凡武は刃に血ぬらずして、敵を制するを極功とす。爭て勝ものは、其下れるもの也。故に戰はやむことを得ずして戰ふ。やむことを得ずして戰がゆへに、必勝の武備あり。今旣に天下敵なし、必勝の武備ありといへども、これを懷にして、常に用ゆることあらす。これ所謂武門の大治なり。若必勝の武備無して、天下無敵は、無敵の實にあらず、僥倖のみ。

現代語訳

天下国家において、三綱五倫が断ち絶えてしまうことは、乱世といっても、わが中華(日本)ではほとんど稀なことです。春秋左氏のように、まだ聖世を去ること遠くないのに、このように道に背き乱れ暴れ逆らうことが甚だしいのは、本朝では昔からまだ聞いたことがありません。武国の貴いことは、ここから見て取れます。ですから、三綱が立ち、五倫が明らかなことを大治と称するのは、おそらく外国の言い方です。武国の治は、たとえ不徳の将が上にあっても、このような乱れは起こらないことが望めます。およそ武は、刃に血を塗らずに敵を制するのを極めの功とします。争って勝つのは、その下の段です。だから戦いはやむを得ないときに戦います。やむを得ず戦うのだから、必勝の武備があります。いまや天下に敵はなく、必勝の武備がありながら、それを懐に収めて、常には用いません。これがいわゆる武門の大治です。もし必勝の武備がなくて天下無敵であるのは、無敵の実ではなく、僥倖にすぎません。

解説

武の極みは戦って勝つことではなく、刃に血を塗らずに敵を制することだと説く段です。争って勝つのは下の段で、戦いはやむを得ずに行うものです。その代わり、必勝の備えは持っておき、使わずに懐に収めておく。これを武門の大治と呼び、備えもなく敵がいないのは、運が良いだけだと言います。前半では本朝と外国を比べ、日本の優位を述べていますが、これは当時の自国観にもとづく記述なので、割り引いて読む必要があります。後半の考え方は今も通じます。競合に勝つことより、争わずに済む強さを備えておく。準備がないまま平穏なのは、実力ではなく幸運でしかない、という指摘は耳が痛いところです。

この章句が説くこと

大治必勝の武備不戦僥倖備え武治提要

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