武治提要 / 賞罰・第8段
賞罰を勸善懲惡の用となすは、武將今日の政なり。期すること無して、賞罰を下すは、上古王者の政なり。賞なく罰なきものは、太古淳朴の治なり。今に居て今日の俗を必とせず、上世太古を慕ものは、儒家者流の說也、兵家の必とする處にあらず。
新字:賞罰を勧善懲悪の用となすは、武将今日の政なり。期すること無して、賞罰を下すは、上古王者の政なり。賞なく罰なきものは、太古淳朴の治なり。今に居て今日の俗を必とせず、上世太古を慕ものは、儒家者流の説也、兵家の必とする処にあらず。
書き下し
賞罰を勸善懲惡の用となすは、武將今日の政なり。期すること無して、賞罰を下すは、上古王者の政なり。賞なく罰なきものは、太古淳朴の治なり。今に居て今日の俗を必とせず、上世太古を慕ものは、儒家者流の說也、兵家の必とする處にあらず。
現代語訳
賞罰を、善を勧め悪を懲らす用として行うのは、武将が今日の政として行うことです。期するところなく賞罰を下すのは、上古の王者の政です。賞もなく罰もないのは、太古の淳朴な治です。今にいて今日の風俗を前提とせず、上世・太古を慕うのは、儒家の説であって、兵家が必ずとするところではありません。
解説
賞罰の位置づけを、三つの時代に分けて整理する段です。善を勧め悪を懲らすために賞罰を使うのが、武将にとっての「今日の政」。意図なく下すのは上古の王者の政、賞罰のない世は太古の素朴な治だとされます。そのうえで、現在の世にいながら昔を理想に据えるのは儒家の説で、兵家の取らない立場だと言い切ります。流派への見解が混じる箇所で、どの立場が正しいかは別の話ですが、「いまの現実を前提にせよ」という姿勢は明快です。理想の組織像を語るのは簡単でも、人が実際に動く現場では、成果を認め、行き過ぎを正す仕組みが要ります。理想論と現場の運用を切り分ける視点として読めます。
この章句が説くこと
勧善懲悪上古太古兵家現実武治提要
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