武治提要 / 賞罰・第2段
賞罰の道は明と信との二を主とす。たとへ自らこれを韜藏せんとなせども、其功を捨こと不叶、又其罪を隱すことあたわず。これを明と云。法令一たび下てよりは、其約を變ずることなき、これを信と云。武將に明信の德あるときは、武威四海を蓋ふ。これ軍將の常にして、其間或は罪を寬して賞を厚し、或は罪をなだめて刑を輕くすること、武智の經權なり。能方圓神心の曲尺に通ずるにあらずんば、其極を得べからず。
新字:賞罰の道は明と信との二を主とす。たとへ自らこれを韜蔵せんとなせども、其功を捨こと不叶、又其罪を隠すことあたわず。これを明と云。法令一たび下てよりは、其約を変ずることなき、これを信と云。武将に明信の徳あるときは、武威四海を蓋ふ。これ軍将の常にして、其間或は罪を寛して賞を厚し、或は罪をなだめて刑を軽くすること、武智の経権なり。能方円神心の曲尺に通ずるにあらずんば、其極を得べからず。
書き下し
賞罰の道は明と信との二を主とす。たとへ自らこれを韜藏せんとなせども、其功を捨こと不叶、又其罪を隱すことあたわず。これを明と云。法令一たび下てよりは、其約を變ずることなき、これを信と云。武將に明信の德あるときは、武威四海を蓋ふ。これ軍將の常にして、其間或は罪を寬して賞を厚し、或は罪をなだめて刑を輕くすること、武智の經權なり。能方圓神心の曲尺に通ずるにあらずんば、其極を得べからず。
現代語訳
賞罰の道は、明と信の二つを主とします。たとえ自分で隠そうとしても、その功を捨てておくことはできず、またその罪を隠すこともできません。これを「明」といいます。法令が一度下されたら、その約束を変えないことを「信」といいます。武将に明と信の徳があれば、武威は天下を覆います。これは軍の将の常であって、その間に、あるいは罪を寛大にして賞を厚くし、あるいは罪をなだめて刑を軽くすることは、武智の経と権(原則と臨機)です。よく方と円(四角と丸)、神の心の曲尺に通じていなければ、その極みを得ることはできません。
解説
この章句が説くこと
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『韓非子』難一第三十六今赫は僅かに驕侮せざるのみにして、襄子之を賞するは、是れ賞を失うなり。明主は賞を無功に加えず、罰を無罪に加えず。
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『韓非子』初見秦第一賞を言ひて則ち与へず、罰を言ひて則ち行はず、賞罰信ならず、故に士民死せざるなり。
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