君子訓 / 巻之下
一賞罰は君子其臣民を御する大權なり。賞罰妄なれば、臣下の心服せずして、上の威輕くなる。功ある者を賞し、罪ある者を罸せんと下知を立つるは、法令なり。もし功あれども賞せず、罪あれども罰せざる時は、是賞罰信なきなり。如斯なれば、法不立して、民信ぜず。善をするに惰りてつとめず、惡をする事を恐れずして、罪を犯す者多し。尙書に、令出づれば惟を行はしめ反かざれといへり。此意は、法令を出さば、初よく思案し僉議して、後まで破れざるやうに法を立つべし。一度下知を出しては、後まで其法を用ひ、背くものあらば罪に行ふべし。如斯なれば、法立ちて破れず、民信じて能く守る。後まで立ちがたき法ならば、始に能く評議して是を止むべし。是始を愼むなり。もし朝に令して夕に改むる時は、民惑ひて上を輕んず。
新字:一賞罰は君子其臣民を御する大権なり。賞罰妄なれば、臣下の心服せずして、上の威軽くなる。功ある者を賞し、罪ある者を罰せんと下知を立つるは、法令なり。もし功あれども賞せず、罪あれども罰せざる時は、是賞罰信なきなり。如斯なれば、法不立して、民信ぜず。善をするに惰りてつとめず、悪をする事を恐れずして、罪を犯す者多し。尚書に、令出づれば惟を行はしめ反かざれといへり。此意は、法令を出さば、初よく思案し僉議して、後まで破れざるやうに法を立つべし。一度下知を出しては、後まで其法を用ひ、背くものあらば罪に行ふべし。如斯なれば、法立ちて破れず、民信じて能く守る。後まで立ちがたき法ならば、始に能く評議して是を止むべし。是始を慎むなり。もし朝に令して夕に改むる時は、民惑ひて上を軽んず。
書き下し
一賞罰は君子其臣民を御する大権なり。賞罰妄なれば、臣下の心服せずして、上の威軽くなる。功ある者を賞し、罪ある者を罰せんと下知を立つるは、法令なり。もし功あれども賞せず、罪あれども罰せざる時は、是賞罰信なきなり。如斯なれば、法不立して、民信ぜず。善をするに惰りてつとめず、悪をする事を恐れずして、罪を犯す者多し。尚書に、令出づれば惟を行はしめ反かざれといへり。此意は、法令を出さば、初よく思案し僉議して、後まで破れざるやうに法を立つべし。一度下知を出しては、後まで其法を用ひ、背くものあらば罪に行ふべし。如斯なれば、法立ちて破れず、民信じて能く守る。後まで立ちがたき法ならば、始に能く評議して是を止むべし。是始を慎むなり。もし朝に令して夕に改むる時は、民惑ひて上を軽んず。
現代語訳
賞罰は、君子がその臣民を治める大きな権限です。賞罰がでたらめであれば臣下は心服せず、上の威光が軽くなります。功のある者を賞し、罪のある者を罰すると命令を立てるのが法令です。もし功があっても賞せず、罪があっても罰しないときは、賞罰に信がないのです。こうなると法は立たず、民は信じません。善をするのを怠ってつとめず、悪をすることを恐れずに、罪を犯す者が多くなります。尚書に「命令を出したら必ず行わせ、背かせるな」とあります。この意味は、法令を出すなら初めによく考え相談して、後まで破れないように法を立てるべきだということです。一度命令を出したら後までその法を用い、背く者があれば罰すべきです。そうすれば法は立って破れず、民は信じてよく守ります。後まで立ちがたい法であれば、初めによく評議してやめるべきです。これが初めを慎むということです。もし朝に命じて夕べに改めるようなことがあれば、民は惑って上を軽んじます。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『五常訓』巻之五・信一賞罰は、必信にすと云ふは、功ある人をば、必恩賞をあたへ、罪ある者をば、必刑罰に行はんと、兼ねて人に示すは法なり。賞罰は人君の権なり。是なければ、善すすまず、悪こりず。君の権威を失へるなり。功あれども賞せず、罪あれども罰せざれば、是民に信なきなり。如此なれば、法やぶれて、民信ぜず。善をするに怠りてつとめず、悪をする事をおそれずして、罰ををかす者多し。かく法たたざれば、国あやふし。又尚書に、令出ては、これ行はしめ、背かしめざれといへり。いふ意は、法を出さば、初よく思案し、僉議して、後までやぶれなき法を立つべし。一たび下知を出して、法をたてば、後まで其法を行はしめて、背かしむる事なかれ。そむく者は必つみに行ふべし。如此なれば、いつまでも、法立ちてやぶれず。一たび下知を出して、後まで変ぜざるは、是信なり。もし後まで立ちがたき法ならば、初によく議論して、法を立つべからず。是始を慎むなり。若下知して後変ぜば、是上に信なくして、民信ぜず。君に権なくして、法たたず。
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『韓非子』初見秦第一賞を言ひて則ち与へず、罰を言ひて則ち行はず、賞罰信ならず、故に士民死せざるなり。
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尉繚子・攻權戦ひて必ず勝たざれば、以て戦ひを言ふべからず。攻めて必ず抜かざれば、以て攻むるを言ふべからず。然らざれば、刑賞信ずるに足らざるなり。信は期の前に在り、事は未兆に在り、故に衆已に聚まれば虚しく散ぜず、兵已に出づれば徒らに帰らず。
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『韓非子』外儲說左上第三十二賞罰信ならざれば則ち禁令行はれず、説は文公の原を攻むると箕鄭の餓を救ふとに在り。是を以て呉起故人を須ちて食し、文侯虞人に会して猟す。故に明主信を表すこと、曾子の彘を殺すが如きなり。患は厲王の警鼓を撃つと李悝の両和を謾くとに在り。一。宓子賤単父を治む。有若之を見て曰く、「子何ぞ臞せたるや。」宓子曰く、「君賤の不肖を知らず、単父を治めしむ、官事急にして、心之を憂ふ、故に臞せたり。」有若曰く、「昔者舜五絃を鼓し、南風の詩を歌ひて天下治まる。今単父の細を以て、之を治めて憂ふ、天下を治むるは将に奈何せんとするや。故に術有りて之を御すれば、身廟堂の上に坐し、処女子の色有るも、治に害無し。術無くして之を御すれば、身瘁臞すと雖も、猶ほ未だ益有らず。楚王田鳩に謂ひて曰く、「墨子は、顕学なり。其の身体は則ち可なり、其の言多くして弁ならざるは、何ぞや。」曰く、「昔秦伯其の女を晋の公子に嫁がしむ、晋をして之が為に装を飾らしめ、文衣の媵七十人を従へしむ。晋に至る、晋人其の妾を愛して公女を賤しむ。此れ善く妾を嫁がしむと謂ふべくして、未だ善く女を嫁がしむと謂ふべからざるなり。
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『墨子』尚同下是の故に子墨子曰く、「凡そ民をして尚同せしむる者、民を愛すること疾からざれば、民、使う可き無し。曰く、必ず疾く愛して之を使い、信を致して之を持し、富貴以て其の前を道き、明罰以て其の後を率う。政を為すこと此くの若くんば、唯だ我と同じくする毋からんと欲するも、將に得可からざるなり」と。
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国語・晋語九中行穆子(ちゅうこうぼくし)師を帥(ひき)いて狄を伐ち、鼓(こ)を囲む。鼓人或いは城を以て叛かんと請う。穆子受けず。軍吏曰く、「師を労すること無くして城を得べし。子何ぞ為さざる」と。穆子曰く、「君に事うるの礼に非ざるなり。夫れ城を以て来たる者は、必ず将に利を我に求めんとす。夫れ守りて二心あるは、姦の大なる者なり。善を賞し姦を罰するは、国の憲法なり。許して予(あた)えざれば、吾が信を失う。若し其れ之を予えば、大姦を賞するなり。姦にして禄を盈(み)たさば、善は将に若何せんとする。且つ夫れ狄の憾(うら)む者は城を以て来たりて願いを盈たす。晋豈に其れ無からんや。是れ我鼓を以て吾が辺鄙に貳(じ)を教うるなり。夫れ君に事うる者は、力を量りて進み、能わざれば則ち退く。安きを以て貳を賈(か)わず」と。軍吏をして城に呼ばわしめ、儆(いまし)めて将に之を攻めんとす。未だ傅(つ)かずして鼓降る。中行伯既に鼓に克ち、鼓子苑支(えんし)を以て来たる。鼓人をして各々其の所に復せしめ、僚に非ざれば従うこと勿からしむ。 鼓子の臣を夙沙釐(しゅくさり)と曰う。其の孥(ど)を以て行く。軍吏之を執う。辞して曰く、「我は君に是れ事え、土に事うるに非ざるなり。名づけて君臣と曰う、豈に土臣と曰わんや。今君実に遷る。臣何ぞ鼓に頼(よ)らん」と。穆子之を召して曰く、「鼓には君有り。爾心もて君に事えよ。吾而(なんじ)の禄爵を定めん」と。対えて曰く、「臣は質(ち)を狄の鼓に委ねたり、未だ質を晋の鼓に委ねざるなり。臣之を聞く、質を委ねて臣と為らば、二心有ること無し、と。質を委ねて死を策(しる)すは、古の法なり。君に烈名有り、臣に叛質無し。敢えて私利に即(つ)きて以て司寇を煩わして旧法を乱さば、其れ不虞を若何せん」と。穆子歎じて其の左右に謂いて曰く、「吾何の徳をか之れ務めて是の臣有らんや」と。乃ち行かしむ。既に献じ、公に言い、鼓子に河陰に田(でん)を与え、夙沙釐をして之を相(たす)けしむ。
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