武治提要 / 明事物・第4段
事物を明にするの道、其本末を知こと先務なり。本末は紀綱の大旨なり、大旨なつて而後其綱目以て審なることを得べし。然れどもこれをなすに準繩あらざるときは、本末亦分べからず。本を末とし、末を本とするときは、大旨亂る。故に條理を分の規矩は、兵法の蘊奧なり。此規矩一たびふるゝときは、萬物の綱目これより分つこと易く、其至るに及では明辨の成功をなすに近し。
新字:事物を明にするの道、其本末を知こと先務なり。本末は紀綱の大旨なり、大旨なつて而後其綱目以て審なることを得べし。然れどもこれをなすに準縄あらざるときは、本末亦分べからず。本を末とし、末を本とするときは、大旨乱る。故に条理を分の規矩は、兵法の蘊奥なり。此規矩一たびふるゝときは、万物の綱目これより分つこと易く、其至るに及では明弁の成功をなすに近し。
書き下し
事物を明にするの道、其本末を知こと先務なり。本末は紀綱の大旨なり、大旨なつて而後其綱目以て審なることを得べし。然れどもこれをなすに準繩あらざるときは、本末亦分べからず。本を末とし、末を本とするときは、大旨亂る。故に條理を分の規矩は、兵法の蘊奧なり。此規矩一たびふるゝときは、萬物の綱目これより分つこと易く、其至るに及では明辨の成功をなすに近し。
現代語訳
事物を明らかにする道は、その本末を知ることが先決である。本末は紀綱の大旨であり、大旨が整ってのちに、その綱目が詳しく明らかになる。ただし、これをするのに準繩がなければ、本末もまた分けられない。本を末とし、末を本とすれば、大旨が乱れる。だから条理を分ける規矩は、兵法の蘊奥である。この規矩に一度触れれば、万物の綱目はここから分けることが易しくなり、その行き着くところでは、明辨の成功に近づく。
解説
この章句が説くこと
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