呂氏春秋 / 審爲①
身者所為也,天下者所以為也,審所以為而輕重得矣。今有人於此,斷首以易冠,殺身以易衣,世必惑之。是何也?冠所以飾首也,衣所以飾身也,殺所飾、要所以飾,則不知所為矣。世之走利,有似於此。危身傷生、刈頸斷頭以徇利,則亦不知所為也。
新字:身者所為也,天下者所以為也,審所以為而軽重得矣。今有人於此,断首以易冠,殺身以易衣,世必惑之。是何也?冠所以飾首也,衣所以飾身也,殺所飾、要所以飾,則不知所為矣。世之走利,有似於此。危身傷生、刈頸断頭以徇利,則亦不知所為也。
書き下し
身は為す所なり。天下は為す所以なり。為す所以を審らかにすれば、而ち輕重得。今人此に有り、首を斷ちて以て冠を易え、身を殺ぎて以て衣を易うれば、世必ず之を惑いとせん。是れ何ぞや。冠は首を飾る所以なり。衣は身を飾る所以なり。飾る所を殺ぎて、飾る所以を要むるは、則ち為す所を知らず。世の利に走るは、此に似たる有り。身を危うくし生を傷い、頸を刈り頭を斷て以て利に徇ずるは、則ち亦た為す所を知らざるなり。
現代語訳
身(自分の命)は目的そのものであり、天下はそのための手段である。何のためかを見極めれば、軽重は正しく分かる。今ここに、首を切って冠と取り替え、身を殺いで衣と取り替える者がいれば、世の人は必ず錯乱と見なす。なぜか。冠は首を飾る手段、衣は身を飾る手段だからだ。飾られるべきもの(首・身)を損ねて、飾る手段(冠・衣)を求めるのは、何のためかを取り違えている。世の人が利に走るのも、これに似ている。身を危うくし命を損ない、首を切り頭を断って利のために身を捧げるのは、やはり何のためかを取り違えているのだ。
解説
命と外物の軽重を見極めよと説く「審爲」の総論です。冠は首を、衣は身を飾る手段にすぎません。その首や身を犠牲にして冠や衣を得るのは本末転倒だと、極端な譬えで示します。同じように、利益のために命や健康をすり減らすのは、目的と手段を取り違えた愚行だというのです。何のために働き、何のために競うのか。手段である富や地位のために、目的である自分の生を損なってはならない。現代の過労や過度な競争への警鐘としても読める、価値の優先順位を問う一節です。
この章句が説くこと
審為軽重本末貴生目的と手段利
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