武治提要 / 知人・第8段
人を知の道、見知料知にして、見料の道其括要あり。凡己が好惡に僻するは人の通病也、故に吾見料も必とすべからず、一人の情を以て是非を定るは臆斷なり。此故に天下の耳目を以て其可否を知、吾見料と天下の耳目と可否を同するときは、是非を爰に一決して疑べからず。天下皆善なりと稱して、吾見料に不可なるあり、天下不可也と稱して、吾見料に善なるものあらば、衆言これ正しからざる歟、吾見料にあやまつ處ある歟、省察して是非を定べし。而して天下の耳目とは流俗流言の毀譽を云にあらず、天下の耳目とは天下古今の好惡なり。一時の善行、一事の佳言を以て天下傳譽するは、天下の耳目にあらず。平日の言行久して、天下の毀譽定るものを、天下の耳目といへり。是古今の情同して變ずべからざるの定則なり。武將これを知んと欲せば、天下の衆に先立て天下の情を知にあり。天下の情を知ときは、戶を不出して天下の耳目を知。其耳目を知て其知ことを先んぜず、能天下の耳目を求む。これ天下の情を知なり。人を知の道、其大理爰に至て全く盡せり。
新字:人を知の道、見知料知にして、見料の道其括要あり。凡己が好悪に僻するは人の通病也、故に吾見料も必とすべからず、一人の情を以て是非を定るは臆断なり。此故に天下の耳目を以て其可否を知、吾見料と天下の耳目と可否を同するときは、是非を爰に一決して疑べからず。天下皆善なりと称して、吾見料に不可なるあり、天下不可也と称して、吾見料に善なるものあらば、衆言これ正しからざる歟、吾見料にあやまつ処ある歟、省察して是非を定べし。而して天下の耳目とは流俗流言の毀誉を云にあらず、天下の耳目とは天下古今の好悪なり。一時の善行、一事の佳言を以て天下伝誉するは、天下の耳目にあらず。平日の言行久して、天下の毀誉定るものを、天下の耳目といへり。是古今の情同して変ずべからざるの定則なり。武将これを知んと欲せば、天下の衆に先立て天下の情を知にあり。天下の情を知ときは、戸を不出して天下の耳目を知。其耳目を知て其知ことを先んぜず、能天下の耳目を求む。これ天下の情を知なり。人を知の道、其大理爰に至て全く尽せり。
書き下し
人を知の道、見知料知にして、見料の道其括要あり。凡己が好惡に僻するは人の通病也、故に吾見料も必とすべからず、一人の情を以て是非を定るは臆斷なり。此故に天下の耳目を以て其可否を知、吾見料と天下の耳目と可否を同するときは、是非を爰に一決して疑べからず。天下皆善なりと稱して、吾見料に不可なるあり、天下不可也と稱して、吾見料に善なるものあらば、衆言これ正しからざる歟、吾見料にあやまつ處ある歟、省察して是非を定べし。而して天下の耳目とは流俗流言の毀譽を云にあらず、天下の耳目とは天下古今の好惡なり。一時の善行、一事の佳言を以て天下傳譽するは、天下の耳目にあらず。平日の言行久して、天下の毀譽定るものを、天下の耳目といへり。是古今の情同して變ずべからざるの定則なり。武將これを知んと欲せば、天下の衆に先立て天下の情を知にあり。天下の情を知ときは、戶を不出して天下の耳目を知。其耳目を知て其知ことを先んぜず、能天下の耳目を求む。これ天下の情を知なり。人を知の道、其大理爰に至て全く盡せり。
現代語訳
人を知る道は、見て知ることと料って知ることにあり、見料の道にはその要点がある。およそ自分の好き嫌いに偏るのは人の通病である。だから自分の見料も、これでよいと決めつけてはならない。一人の情で是非を決めるのは憶測である。そこで天下の耳目をもって可否を知り、自分の見料が天下の耳目と可否を同じくするなら、是非はここで決まって疑いはない。天下がみな善いと称するのに、自分の見料では不可とするものがあり、あるいは天下が不可と称するのに、自分の見料では善いとするものがあるなら、衆の言葉が正しくないのか、自分の見料に誤りがあるのか、省みて是非を定めるべきである。ここでいう天下の耳目とは、世間の流言や毀誉のことではない。天下古今の好悪のことである。一時の善行や一事の佳い言葉で天下が褒め伝えるのは、天下の耳目ではない。平生の言行が久しく積み重なって、天下の毀誉が定まったものを天下の耳目という。これは古今の情が同じで、変えられない定めの則である。武将がこれを知ろうとするなら、天下の衆に先立って天下の情を知ることにある。天下の情を知れば、戸を出なくても天下の耳目を知る。その耳目を知っても自分の知を先立てず、よく天下の耳目を求める。これが天下の情を知るということである。人を知る道は、その大理がここに至ってすべて尽きる。
解説
この章句が説くこと
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