武治提要 / 知人・第7段
一父母兄弟夫婦の際に違亂悖逆なく、二僕從に邪惡の行すくなく、三閨門に男女の非禮あらず、四交會に友を撰で佚遊を不好、五貧富を常にして貨財に事なく、六閑暇に武事を勤て不怠、此六のもの全は、其大旨上等の士なり。然れども利の爲に名を賣て、僞行をなすものあり、已れ武義武事を欲せずといへども、風化に從てやむことを得ずこれを勤るものあり、監察を以て常に糺すときは、竟に其實を覆べからず、たとへ名を賣の僞行也とも罪ずべからず、而して又これを稱せざるは經なり、反してこれを賞するは將の權なり。第二あたつて知なり。云心は門內の政を知て、而后にこなたより中て其得失を考ること也。抑てかれが激する處を見、揚て彼が操を守ることを知、急事を附して彼が勤る處を見、難事をあたへて彼が勇武をはかり、酒色をあたえて彼が貞信を察し、貨財をあたえてかれが廉を見、休暇をあたえて彼が弛張を見るの類なり。武將心を盡して試るときは、其用法變化窮りあるべからず。然れども一時の手立と見ゆることは、必なすべからず。武將億兆の人を御するに、術計を以てするときは、必ず風化を損す、こゝろみの爲にあたつてなすは術計に似て、やむことなき事物をやむことなき節にあたつてこれをなすときは、所謂權道なり。强て用ゆるときは術計たり。凡見知を以て外を盡し、料知を以て內を糺すときは、其實趣竟に覆べからず。
新字:一父母兄弟夫婦の際に違乱悖逆なく、二僕従に邪悪の行すくなく、三閨門に男女の非礼あらず、四交会に友を撰で佚遊を不好、五貧富を常にして貨財に事なく、六閑暇に武事を勤て不怠、此六のもの全は、其大旨上等の士なり。然れども利の為に名を売て、偽行をなすものあり、已れ武義武事を欲せずといへども、風化に従てやむことを得ずこれを勤るものあり、監察を以て常に糺すときは、竟に其実を覆べからず、たとへ名を売の偽行也とも罪ずべからず、而して又これを称せざるは経なり、反してこれを賞するは将の権なり。第二あたつて知なり。云心は門内の政を知て、而后にこなたより中て其得失を考ること也。抑てかれが激する処を見、揚て彼が操を守ることを知、急事を附して彼が勤る処を見、難事をあたへて彼が勇武をはかり、酒色をあたえて彼が貞信を察し、貨財をあたえてかれが廉を見、休暇をあたえて彼が弛張を見るの類なり。武将心を尽して試るときは、其用法変化窮りあるべからず。然れども一時の手立と見ゆることは、必なすべからず。武将億兆の人を御するに、術計を以てするときは、必ず風化を損す、こゝろみの為にあたつてなすは術計に似て、やむことなき事物をやむことなき節にあたつてこれをなすときは、所謂権道なり。強て用ゆるときは術計たり。凡見知を以て外を尽し、料知を以て内を糺すときは、其実趣竟に覆べからず。
書き下し
一父母兄弟夫婦の際に違亂悖逆なく、二僕從に邪惡の行すくなく、三閨門に男女の非禮あらず、四交會に友を撰で佚遊を不好、五貧富を常にして貨財に事なく、六閑暇に武事を勤て不怠、此六のもの全は、其大旨上等の士なり。然れども利の爲に名を賣て、僞行をなすものあり、已れ武義武事を欲せずといへども、風化に從てやむことを得ずこれを勤るものあり、監察を以て常に糺すときは、竟に其實を覆べからず、たとへ名を賣の僞行也とも罪ずべからず、而して又これを稱せざるは經なり、反してこれを賞するは將の權なり。第二あたつて知なり。云心は門內の政を知て、而后にこなたより中て其得失を考ること也。抑てかれが激する處を見、揚て彼が操を守ることを知、急事を附して彼が勤る處を見、難事をあたへて彼が勇武をはかり、酒色をあたえて彼が貞信を察し、貨財をあたえてかれが廉を見、休暇をあたえて彼が弛張を見るの類なり。武將心を盡して試るときは、其用法變化窮りあるべからず。然れども一時の手立と見ゆることは、必なすべからず。武將億兆の人を御するに、術計を以てするときは、必ず風化を損す、こゝろみの爲にあたつてなすは術計に似て、やむことなき事物をやむことなき節にあたつてこれをなすときは、所謂權道なり。强て用ゆるときは術計たり。凡見知を以て外を盡し、料知を以て內を糺すときは、其實趣竟に覆べからず。
現代語訳
一、父母・兄弟・夫婦のあいだに道に背くことがない。二、召し使う者に悪い行いが少ない。三、家の内で男女の礼にそむくことがない。四、人との交わりでは友を選び、遊びにふけることを好まない。五、貧しくても富んでいても変わらず、金銭に心を奪われない。六、暇なときにも武の事に励んで怠らない。この六つがそろっていれば、おおよそ上等の士である。しかし、利のために名を売って偽りの行いをする者もいる。自分は武の義も武の事も望まないのに、風化に従ってやむを得ず勤める者もいる。監察でいつも糺していれば、ついにその実は隠せない。たとえ名を売る偽りの行いであっても、罪には問わない。そして、これを褒めないのが常の道であり、逆にこれを賞するのは将の権である。第二は、あたって知ることである。その意味は、まず門内の政を知り、そのうえでこちらから当ててその得失を考えることである。相手を激しく動かしてその様子を見、持ち上げてその操を守るかどうかを知り、急ぎの事を任せて勤めぶりを見、難しい事を与えてその勇武をはかり、酒色を与えてその貞信を察し、財貨を与えてその廉を見、休暇を与えてそのゆるみと張りを見るといった類である。武将が心を尽くして試すなら、その用い方の変化には限りがない。ただし、一時の手立てと見えることは、決してしてはならない。武将が多くの人を御するのに術や計をもってすれば、必ず風化を損なう。試みのためにあたってするのは術計に似ているが、やむを得ない事物にやむを得ない折に行うなら権道である。無理に用いれば術計となる。おおよそ、見て知ることで外を尽くし、料って知ることで内を糺すなら、その実情はついに隠せない。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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『武治提要』知人・第6段言を聞、行を察して、而して二のものを校量すべし。言行應當するものは常なり。言可にして行不可なるは、內に伏するものある歟、或は文に過て質にたらざるもの也。言不可にして行可なるは、文にたらずして質に過る歟、或は口舌に習慣すること深からざるもの也。爰に至て人品三等の大旨を記すべし。言行應當して可なるものは上材に屬す、言に不足して行の不可なるは中材に屬ず、言足て行不可なるは下材に屬す。善人の目五等にして、五を全く乘るものは士の粹なり、これを得ること尤も難し。二つ三つを有するものは中品なり。一つあるものは下品なり。下品なりといへども其功業重大なるときは、又小功の二つ三つを有するに超越することあり。此間の批判甚幽微にして、其品料の的切を得ること尤も難し。凡言行の撰如此して、而して后に其本意をはかるべし。若外表の言行のみを以て可否を定るときは、其實を得べからず。第二、料知と云は、外にあらわれずして內に伏する處の本意實趣を知こと也。見知を以て外を知といへども、料知を以て其內を詳にせざるときは、必ず可否をあやまつ、故に料知の道尤幽微なり。料知の大綱亦二義あり。第一かれが室內の常の政を察するなり。
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『武治提要』知人・第5段武將自らはかつて人を知の道、其大綱二つあり。第一見知、第二料知なり。見知とは、彼があらわれたる處を見て、內に知得る處あるなり。彼があらわるゝ處のものは、言行の二なり。言行は內の表にして、終日默して言行の動あらざるときは、賢愚を分べからず。一たび言行に發して、天壤の差をなす。先其人を知んと欲せば、事物を問て、かれに言辭を發せしむべし。臣の君前に言を發するは、戒愼を重ずる故に、一たび問ては其淵底を盡すべからず。問こと必ず屢すべし、或は始其答る處審にして後疎なるか、或は始明にして後晤きごときは、これ必ず內に伏する處ありと知べし。或は問に從て荏苒として精密に至るは、伏する處あらずして、常なるものと記すべし。或は前後齟齬することあるは、君威を恐て迷言せるなり、必ずとがめずして、又別事を以て問こと再三して、猶齟齬せば、內に伏する處あつて、常にあらざるものと記すべし。或は始より多言にして蘊奧を盡すものは、質直の士にあり、又不敬の士にあり、これを辨るは料知の上にあり。或は多言にして文花多く、枝葉を說て本を失するごときは、辨士に似て非なるもの也。言辭を知の道如此して、これを以て其可否を必とすべからず、某は如此、某は如此と記得して、後に其行を見るべし。行とは言辭の實にして、才智の跡あるもの也。
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『長短経』知人此の士を知るに術有り。微かに察して之に問い、以て其の辞を観る。之を窮むるに辞を以てし、以て其の変を観る。之に間謀を与え、以て其の誠を観る。明白顕かに問い、以て其の徳を観る。遠く使わすに財を以てし、以て其の廉を観る。〔又た曰く、之に委ぬるに財を以てし、以て其の仁を観る。之に臨ましむるに利を以てし、以て其の廉を観る。〕之を試すに色を以てし、以て其の貞を観る。〔又た曰く、之を悦ばしむるに色を以てし、以て其の淫せざるを観る。〕之に告ぐるに難を以てし、以て其の勇を観る。〔又た曰く、之に告ぐるに危を以てして其の勇を観る。又た曰く、之を懼れしめて、以て其の特を験す。〕之を酔わしむるに酒を以てし、以て其の態を観る。〔又た曰く、之を酔わしむるに酒を以てして其の則を観る。又た曰く、之を酔わしむるに酒を以てし、其の失わざるを観る。〕
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『武治提要』知人・第12段武將人を知の道、其實人を棄べからざるが爲なり。四海の人、中の中等以下は多く、中の上等以上尤稀なり。人を知こと明なるときは、其器に應じて以てこれを用ゆべし。其撰こと審なるときは、人々必ず其德を琢磨するに志べし。これ風俗を化するの道にして、武將の寬仁なり。其間其質下の下等にして、竟に化すべからず 國家に害あるものは、四夷に放て中國を同せざること、武治の要なり。
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『武治提要』知人・第8段人を知の道、見知料知にして、見料の道其括要あり。凡己が好惡に僻するは人の通病也、故に吾見料も必とすべからず、一人の情を以て是非を定るは臆斷なり。此故に天下の耳目を以て其可否を知、吾見料と天下の耳目と可否を同するときは、是非を爰に一決して疑べからず。天下皆善なりと稱して、吾見料に不可なるあり、天下不可也と稱して、吾見料に善なるものあらば、衆言これ正しからざる歟、吾見料にあやまつ處ある歟、省察して是非を定べし。而して天下の耳目とは流俗流言の毀譽を云にあらず、天下の耳目とは天下古今の好惡なり。一時の善行、一事の佳言を以て天下傳譽するは、天下の耳目にあらず。平日の言行久して、天下の毀譽定るものを、天下の耳目といへり。是古今の情同して變ずべからざるの定則なり。武將これを知んと欲せば、天下の衆に先立て天下の情を知にあり。天下の情を知ときは、戶を不出して天下の耳目を知。其耳目を知て其知ことを先んぜず、能天下の耳目を求む。これ天下の情を知なり。人を知の道、其大理爰に至て全く盡せり。
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『武治提要』傳璽・第6段其家の佳例同じからずといへども、男子生れて十一歲にいたるとき、甲冑著初の大禮を行い、其强弱に從て、十四歲より十八歲に至るの間、初陣に立こと、兵家者流の通例なり。男子十一歲に及ときは、其智旣に發動せんとす。爰に至て敎養又昔日に同じからず。これを涵養するの道、人、物の二を大綱とす。所謂人とは近臣を撰にあり。第一篤實にして信ある人、これ幼將の德を養にたれり。第二武家の古典舊事を能知人、これ幼將の智を養べし。第三兵法武術に通ぜる人、これ幼將の勇を養べし。この三を以て其人を撰ときは、武德を涵浸するにたれり。傅職はもとより此三を兼備せるを當任とす。或は側に男女の色を談じ、儒弱怠惰の言行をなすこと、勇を損するの病なり。所謂物とは屋室、衣服、食物、及日用の事物なり。
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