武治提要 / 武勇・第1段
勇は不懼不屈して、事物の上に伸、自ら彊てやむことなきの名なり。懼とは外物の爲に制せられて、吾心氣の後に退を云。士たるの心氣常にすゝむを以て用とす。而してすゝむに利なきを見、其宜に從て退ものは、これ乃進の實を得るがゆへ也。其進の實を知ざるときは、進退其度に中ることを得べからず。凡武將其德を失するもの恣欲にあり。恣欲の病源は勇の薄より生ず、內にして七情の欲あり、外にして名欲あり、利欲あり、八珍を口にたらずとし、綾羅を縷葛のごとくし、民の艱苦を忘て自ら奢侈をしらず、其至れるに及ては、秦皇漢武のごとき蒙愚の極に陷る、これ皆外の事物に制せられて、內の守を失する也。爰に至て外事にまどわず、色をさけ、奢を戒め、其欲を節制して、外物の爲に其操を奪はるゝことなき、これを事物に不屈とはいへり。世の通病にして、初は勤といへども、久して怠り、其德を悠久になすもの殆希なり。武德を長久につたえ、武治を四海に敷こと、武勇の厚薄にあり。武將力を用ゆるの樞要なり。
新字:勇は不懼不屈して、事物の上に伸、自ら彊てやむことなきの名なり。懼とは外物の為に制せられて、吾心気の後に退を云。士たるの心気常にすゝむを以て用とす。而してすゝむに利なきを見、其宜に従て退ものは、これ乃進の実を得るがゆへ也。其進の実を知ざるときは、進退其度に中ることを得べからず。凡武将其徳を失するもの恣欲にあり。恣欲の病源は勇の薄より生ず、内にして七情の欲あり、外にして名欲あり、利欲あり、八珍を口にたらずとし、綾羅を縷葛のごとくし、民の艱苦を忘て自ら奢侈をしらず、其至れるに及ては、秦皇漢武のごとき蒙愚の極に陥る、これ皆外の事物に制せられて、内の守を失する也。爰に至て外事にまどわず、色をさけ、奢を戒め、其欲を節制して、外物の為に其操を奪はるゝことなき、これを事物に不屈とはいへり。世の通病にして、初は勤といへども、久して怠り、其徳を悠久になすもの殆希なり。武徳を長久につたえ、武治を四海に敷こと、武勇の厚薄にあり。武将力を用ゆるの枢要なり。
書き下し
勇は不懼不屈して、事物の上に伸、自ら彊てやむことなきの名なり。懼とは外物の爲に制せられて、吾心氣の後に退を云。士たるの心氣常にすゝむを以て用とす。而してすゝむに利なきを見、其宜に從て退ものは、これ乃進の實を得るがゆへ也。其進の實を知ざるときは、進退其度に中ることを得べからず。凡武將其德を失するもの恣欲にあり。恣欲の病源は勇の薄より生ず、內にして七情の欲あり、外にして名欲あり、利欲あり、八珍を口にたらずとし、綾羅を縷葛のごとくし、民の艱苦を忘て自ら奢侈をしらず、其至れるに及ては、秦皇漢武のごとき蒙愚の極に陷る、これ皆外の事物に制せられて、內の守を失する也。爰に至て外事にまどわず、色をさけ、奢を戒め、其欲を節制して、外物の爲に其操を奪はるゝことなき、これを事物に不屈とはいへり。世の通病にして、初は勤といへども、久して怠り、其德を悠久になすもの殆希なり。武德を長久につたえ、武治を四海に敷こと、武勇の厚薄にあり。武將力を用ゆるの樞要なり。
現代語訳
勇とは、恐れず屈せず、物事の上に自分を伸ばし、みずから励んでやまないことの名です。恐れるとは、外の物に制せられて、自分の心の勢いが後ろへ退くことをいいます。士の心の勢いは常に進むことを用とします。そのうえで、進んでも利がないと見たときに、事の宜しきに従って退くのは、まさに進むことの実を得ているからです。その進むことの実を知らなければ、進退が程よい度合いに当たることはできません。およそ武将が徳を失うのは、気ままな欲によります。その欲の病根は、勇の薄さから生じます。内には七情の欲があり、外には名の欲、利の欲があります。八珍を口にしても足りないとし、綾や薄絹を粗末な葛布のように扱い、民の苦しみを忘れて自分の奢りに気づかず、そのきわみに至っては、秦皇や漢武のような愚かさの極みに陥ります。これはみな外の物に制せられて、内の守りを失ったからです。ここに至って、外の事に惑わされず、色を避け、奢りを戒め、その欲を節して、外の物のために自分の操を奪われないこと、これを「事物に屈しない」というのです。世の通弊として、初めは勤めても久しくなると怠り、その徳を長く保つ者はほとんど稀です。武の徳を長く伝え、武による治を四海に敷けるかどうかは、武勇の厚さ薄さにかかっています。これが武将が力を用いる際の肝要です。
解説
この章句が説くこと
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