武治提要 / 武備
敵あらざるの日に當て、武の設を嚴重にす、これを武備と云。武備は武治の要楔なり。武備うすきときは、士として手足を措に地なし。たとへば櫓楫無して舟を洋海に浮るがことし。一陣の暴風來らば、如何とかすべき。武備全成して、天下始て泰山の安に枕すべし。これを全成すること又容易ならず、兵法に所謂五段の堅固を嚴にして以てこれを得べし、これを得て而して后に國家武の精神を得たり。
新字:敵あらざるの日に当て、武の設を厳重にす、これを武備と云。武備は武治の要楔なり。武備うすきときは、士として手足を措に地なし。たとへば櫓楫無して舟を洋海に浮るがことし。一陣の暴風来らば、如何とかすべき。武備全成して、天下始て泰山の安に枕すべし。これを全成すること又容易ならず、兵法に所謂五段の堅固を厳にして以てこれを得べし、これを得て而して后に国家武の精神を得たり。
書き下し
敵あらざるの日に當て、武の設を嚴重にす、これを武備と云。武備は武治の要楔なり。武備うすきときは、士として手足を措に地なし。たとへば櫓楫無して舟を洋海に浮るがことし。一陣の暴風來らば、如何とかすべき。武備全成して、天下始て泰山の安に枕すべし。これを全成すること又容易ならず、兵法に所謂五段の堅固を嚴にして以てこれを得べし、これを得て而して后に國家武の精神を得たり。
現代語訳
敵のいない平時のうちに、武の備えを厳重にしておくことを、武備といいます。武備は武による治の要となるくさびです。武備が薄いときは、士として手足の置きどころがありません。たとえば、櫓も楫もないまま舟を大海に浮かべるようなものです。ひとたび暴風が来たら、どうすればよいのでしょう。武備が完全に成ってはじめて、天下は泰山のように安らかに眠ることができます。これを完全に成し遂げるのもまた容易ではなく、兵法でいう「五段の堅固」を厳しく守ることで得られます。これを得たうえで、はじめて国家は武の精神を身につけたといえます。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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言志四録・言志後録 第百八十一条 凶歉に予め備ふ五穀の豊歉も、亦大抵数有り。三十年前後に必ず小饑荒有り、六十年前後に必ず大凶歉有り。較遅速有りと雖も、竟に免るる能はず。之が為に予め備へざるべけんや。(癸巳春季筆す)
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『墨子』七患故に食に備粟無ければ、以て凶饑を待つ可からず。庫に備兵無ければ、義有りと雖も、無義を征する能わず。城郭、備え全からざれば、以て自ら守る可からず。心に備慮無ければ、以て卒に應ずる可からず。是の故に慶忌は之を去るの心無くんば、輕々しく出づる能わず。夫れ桀に湯を待つの備無し、故に放たる。紂に武王を待つの備無し、故に殺さる。桀紂は貴きこと天子と為り、富は天下を有つ。然れども皆な百里の君に滅亡せらるるは、何ぞや。富貴有りて備えを為さざればなり。故に備えなる者は、國の重んずる所なり。
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『文武訓』武訓下一天下太平なれども、武をわするればあやふし。故に治世にも乱を忘れず、武事をまなぶべし。無事なる時武をならはば、後悔なかるべし。遠き慮なければ、必ず近きうれへあり。乱にのぞみて兵をならふは、渇にのぞんで井を掘るがごとし。
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『春秋左氏伝』成公九年 備へ無きかな冬十一月、楚の子重陳より莒を伐ち、渠丘を圍む。渠丘城惡し。眾潰えて、莒に奔る。戊申、楚渠丘に入る。莒人楚の公子平を囚ふ。楚人曰く、「殺す勿かれ。吾而の俘を歸さん」と。莒人之を殺す。楚の師莒を圍む。莒の城も亦た惡し。庚申、莒潰ゆ。楚遂に鄆に入る。莒備へ無きが故なり。君子曰く、「陋を恃みて備へざるは、罪の大なる者なり。不虞に備豫するは、善の大なる者なり。莒其の陋を恃みて、城郭を脩めず。浹辰の間にして、楚其の三都に克つ。備へ無きかな。詩に曰く、『絲麻有りと雖も、菅蒯を棄つる無かれ。姬姜有りと雖も、蕉萃を棄つる無かれ。凡百の君子、匱しきに代はらざる莫し』と。備への以て已むべからざるを言ふなり」と。秦人・白狄晉を伐つ。諸侯貳するが故なり。鄭人許を圍む。晉に君を急がざるを示すなり。是れ則ち公孫申之を謀りて曰く、「我師を出だして以て許を圍み、將に君を改め立てんとする者の為にして、而して晉の使を紓べば、晉必ず君を歸さん」と。中城に城く。時を書するなり。十二月、楚子公子辰をして晉に如かしむ。鍾儀の使に報い、好を修め成を結ばんことを請ふ。
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