武治提要 / 武義・第2段
文德に泥着するものは、多問に流蕩して決することに惑ふ。これ文を必として智を敎養なすの疾なり。果敢決斷すること鈍きときは、綱目竟に人物の益たること寡し。武門の義に於て遠し。
新字:文徳に泥着するものは、多問に流蕩して決することに惑ふ。これ文を必として智を教養なすの疾なり。果敢決断すること鈍きときは、綱目竟に人物の益たること寡し。武門の義に於て遠し。
書き下し
文德に泥着するものは、多問に流蕩して決することに惑ふ。これ文を必として智を敎養なすの疾なり。果敢決斷すること鈍きときは、綱目竟に人物の益たること寡し。武門の義に於て遠し。
現代語訳
文徳にこだわりつく者は、多くの問いにさまよい流れて、決することに迷う。これは文を必とし智を教え養うことの弊害である。果敢に決断することが鈍ければ、綱目はついに人や物の益となることが少ない。武門の義からは遠い。
解説
文徳にこだわる人は、問いを重ねてさまよい、決めることに迷う、と言い、これは文を必とし智を養うことの弊害だと見ます。決断が鈍ければ、立てた綱目もついに人と物の益になりません。短い段ですが、前段の喜びと畏れを伴う決断との対照になっています。慎重さが長引いて意思決定が遅れる組織は、現代にも多くあります。会議と確認を重ねるうち、機を逃していないか。情報を集める手間と、決める勇気のどちらに偏っているかを見直すきっかけになります。
この章句が説くこと
果敢決断文徳迷い意思決定綱目武治提要
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