武治提要 / 武義・第3段
武義の象は正義なり。正は規矩準繩に適なり、其象形は方也。今こゝろみに方を畫するとき、四面四隅ゆくとして曲尺に適せざることなし、爰を以てたゞし、正しきがゆへに廉直なり。正廉は圭角あるに似て、又しからず。圭角あるものは、其象形銳なり、銳は物をのせずして、ふるゝところ物を損す。方は正して、大小美惡を能のす。然らば廉直と云べからざるに似て、四隅を以て不正の形をなし、地に卓立せんとすれば、轉してこゝに安んぜず、これ廉直の象なり。方圓の至理筆を以て盡すべからず。此故に正義は物を容て又蕩せず。圭角あるものはこれが爲に時として固我の病あり。武將固我を以て下にのぞむとき衆心そむく。尤つゝしみ戒るにあり。
新字:武義の象は正義なり。正は規矩準縄に適なり、其象形は方也。今こゝろみに方を画するとき、四面四隅ゆくとして曲尺に適せざることなし、爰を以てたゞし、正しきがゆへに廉直なり。正廉は圭角あるに似て、又しからず。圭角あるものは、其象形鋭なり、鋭は物をのせずして、ふるゝところ物を損す。方は正して、大小美悪を能のす。然らば廉直と云べからざるに似て、四隅を以て不正の形をなし、地に卓立せんとすれば、転してこゝに安んぜず、これ廉直の象なり。方円の至理筆を以て尽すべからず。此故に正義は物を容て又蕩せず。圭角あるものはこれが為に時として固我の病あり。武将固我を以て下にのぞむとき衆心そむく。尤つゝしみ戒るにあり。
書き下し
武義の象は正義なり。正は規矩準繩に適なり、其象形は方也。今こゝろみに方を畫するとき、四面四隅ゆくとして曲尺に適せざることなし、爰を以てたゞし、正しきがゆへに廉直なり。正廉は圭角あるに似て、又しからず。圭角あるものは、其象形銳なり、銳は物をのせずして、ふるゝところ物を損す。方は正して、大小美惡を能のす。然らば廉直と云べからざるに似て、四隅を以て不正の形をなし、地に卓立せんとすれば、轉してこゝに安んぜず、これ廉直の象なり。方圓の至理筆を以て盡すべからず。此故に正義は物を容て又蕩せず。圭角あるものはこれが爲に時として固我の病あり。武將固我を以て下にのぞむとき衆心そむく。尤つゝしみ戒るにあり。
現代語訳
武義の象は正義である。正とは規・矩・準・縄にかなうことで、その象形は方である。いまためしに方を描くとき、四面四隅のどこも曲尺にかなわないところはない。これによって正しく、正しいから廉直である。正廉は圭角があるのに似て、そうではない。圭角があるものは、その象形が鋭く、鋭いものは物を載せず、触れるところの物を損なう。方は正しくて、大小美悪をよく載せる。そうであれば廉直と言うべきでないようだが、四隅を不正な形にして地に立てようとしても、転がってここに落ち着かない、これが廉直の象である。方円の至理は筆では尽くせない。ゆえに正義は物を容れてしかも崩れ流れない。圭角あるものは、そのために時として固我の病がある。武将が固我をもって下に臨むとき、衆心は背く。もっとも慎み戒めるべきである。
解説
この章句が説くこと
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