武備和訓 / 卷四・好みに偏らず武芸の本意を忘れない
一武具、馬具、家財、衣服、家宅以下、皆相應の節を失ふべからず、書籍を好ば書籍ばかり、刀劔を好ば刀脇指ばかり、射術をよくすれば弓ばかりを集るごとく、深く偏る事不可有、是は却而其藝に精妙なれども、其本意を失ふと云べし、武藝は、本軍陣の用意になす態なれば、いか程弓道に精く、鐵砲に名人なればとて、最上の馬に乘ずれば、人に後れて、其精熟の弓をも、鐵砲をも、能すると叶ふべからず、是其好む處の物のみに偏て、却而其物の本意を失ふと謂つべし、むかし晉の張華と云者、書籍を好む、死して家に餘財なく、惟文書几篋に溢る、常に居を移すに、先書を車三十乘に載たりと也、若當世の武士、如斯の人あらば、武門とはいはれまじ、書を讀事は、人倫の道を識む爲の書記也、其如くして、我家業を破らんは、書籍の本意に差ふにあらずや、其本意に差むよりは、惟それ書無きにはしかじ、是れ其文書、武器等の如きさへ、偏なる時は、道に害あり、日月一日も無むばあるべからずといへども、三十日旱魃すれば、五穀、生類、天地の間に災害あり、方に爰をもつておもふべし、嬌樂を事とし、遊山翫水に本心をとらかされ、文武を忘れて、君父の大恩を不思、惡に偏なる人に、天災害をくだし給ん事、いかんぞ晩かるべけんや、
新字:一武具、馬具、家財、衣服、家宅以下、皆相応の節を失ふべからず、書籍を好ば書籍ばかり、刀剣を好ば刀脇指ばかり、射術をよくすれば弓ばかりを集るごとく、深く偏る事不可有、是は却而其芸に精妙なれども、其本意を失ふと云べし、武芸は、本軍陣の用意になす態なれば、いか程弓道に精く、鉄砲に名人なればとて、最上の馬に乗ずれば、人に後れて、其精熟の弓をも、鉄砲をも、能すると叶ふべからず、是其好む処の物のみに偏て、却而其物の本意を失ふと謂つべし、むかし晋の張華と云者、書籍を好む、死して家に余財なく、惟文書几篋に溢る、常に居を移すに、先書を車三十乗に載たりと也、若当世の武士、如斯の人あらば、武門とはいはれまじ、書を読事は、人倫の道を識む為の書記也、其如くして、我家業を破らんは、書籍の本意に差ふにあらずや、其本意に差むよりは、惟それ書無きにはしかじ、是れ其文書、武器等の如きさへ、偏なる時は、道に害あり、日月一日も無むばあるべからずといへども、三十日旱魃すれば、五穀、生類、天地の間に災害あり、方に爰をもつておもふべし、嬌楽を事とし、遊山翫水に本心をとらかされ、文武を忘れて、君父の大恩を不思、悪に偏なる人に、天災害をくだし給ん事、いかんぞ晩かるべけんや、
書き下し
一武具、馬具、家財、衣服、家宅以下、皆相應の節を失ふべからず、書籍を好ば書籍ばかり、刀劔を好ば刀脇指ばかり、射術をよくすれば弓ばかりを集るごとく、深く偏る事不可有、是は却而其藝に精妙なれども、其本意を失ふと云べし、武藝は、本軍陣の用意になす態なれば、いか程弓道に精く、鐵砲に名人なればとて、最上の馬に乘ずれば、人に後れて、其精熟の弓をも、鐵砲をも、能すると叶ふべからず、是其好む處の物のみに偏て、却而其物の本意を失ふと謂つべし、むかし晉の張華と云者、書籍を好む、死して家に餘財なく、惟文書几篋に溢る、常に居を移すに、先書を車三十乘に載たりと也、若當世の武士、如斯の人あらば、武門とはいはれまじ、書を讀事は、人倫の道を識む爲の書記也、其如くして、我家業を破らんは、書籍の本意に差ふにあらずや、其本意に差むよりは、惟それ書無きにはしかじ、是れ其文書、武器等の如きさへ、偏なる時は、道に害あり、日月一日も無むばあるべからずといへども、三十日旱魃すれば、五穀、生類、天地の間に災害あり、方に爰をもつておもふべし、嬌樂を事とし、遊山翫水に本心をとらかされ、文武を忘れて、君父の大恩を不思、惡に偏なる人に、天災害をくだし給ん事、いかんぞ晩かるべけんや、
現代語訳
一つ、武具・馬具・家財・衣服・家宅以下、すべて身分相応の節度を失ってはなりません。書籍を好めば書籍ばかり、刀剣を好めば刀・脇指ばかり、射術に優れていれば弓ばかりを集めるというように、深く偏ってはいけません。これはかえってその芸に精妙であっても、本来の意図を失っていると言うべきです。武芸はもともと軍陣の用意として行うものですから、どれほど弓道に詳しく鉄砲の名人であっても、最上の馬に乗ることで人に後れを取れば、その熟練の弓も鉄砲もうまく使えません。これは好むものだけに偏って、かえってそのものの本意を失うということです。昔、晋の張華という者は書籍を好み、死んだ後、家に余った財産はなく、ただ文書が箱や机に溢れていました。いつも住まいを移すときは、まず書を車三十台に載せたといいます。もし今の武士にこのような人がいたら、武門とは言えないでしょう。書を読むのは人の道を知るための書記です。それなのに、家業を破るのでは書籍の本意に背くことになりませんか。本意に背くくらいなら、いっそ書がない方がましです。文書や武器のようなものでさえ、偏れば道に害があります。日月は一日もなくてはならないものですが、三十日も日照りが続けば、五穀や生き物に至るまで天地の間に災害が起こります。まさにここから考えるべきです。楽しみにふけり、物見遊山に本心を奪われ、文武を忘れて君父の大恩を思わず、悪に偏る人に、天が災いを下すことが、どうして遅いことがありましょうか。
解説

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