武備和訓 / 卷四・分限に応じた武備と奢りへの戒め
一世上武備をなす人ありて、たとへば祿一萬石の小將たる人、かならず自餘の兵器は相應にもあれども、持鎗と稱するもの、我が臂力叶ひたるは唯一本か、二本ならではなし、必其分限にしたがひ、數本あるべし、尤單騎の武士といふとも、刀三腰あらば、鎗も亦二筋はあるべし、必一騎の武士、我得道具にあらずして、外に何十筋ありとも、心を用るとはいふべからず、如此の事をも平生心を盡すべし、用心の二字は武士の本意なり、一祿の高下にしたがひ、人馬兵器を持事肝要なるべし、士の定る產あるは、其分限を失ずして、武備を忘れまじき種也、相應に人馬を扶持する事は、天下配分の地をうけて、當に其地の米粟を食べき程の人馬なれば、よつて其人馬を國家の不意にあてゝ、常に備ふ、然るに其備を忘れて、人馬兵器を持ず、心を用る事なき人は、天下配分の土地を我一人にて食たるがごとく也、誠に是無上の罪恥にあらずや、或は色に耽りて、多く嬖妾の徒を召抱、私の事を專とし、公を忘るゝ、其嬖妾一人の弊を以て、究竟の若黨三人も扶持すべし、奢の珍膳美酒の料を以て、又究竟の小奴を抱ふべし、或は無益の物好をし、牡丹菊の類を、小祿をかたぶけて換之、鸚鵡やうのもの一疋を、多くの黃金に買取て翫ぶ、如此なる事、誠にあるべき事にあらず、築山花壇泉水等のごときも、殊に高上なるは惡し、多くは東山殿風にうつりて、文武ともに取失ふべし、必遊山翫水にふけり、家禮の諫を不用如き人は、外に文武をかざりて、內に剽殺を好み、仁義皆すたれて、天より罪をうけん事、筋斗をひるがへすべからず、
新字:一世上武備をなす人ありて、たとへば禄一万石の小将たる人、かならず自余の兵器は相応にもあれども、持鎗と称するもの、我が臂力叶ひたるは唯一本か、二本ならではなし、必其分限にしたがひ、数本あるべし、尤単騎の武士といふとも、刀三腰あらば、鎗も亦二筋はあるべし、必一騎の武士、我得道具にあらずして、外に何十筋ありとも、心を用るとはいふべからず、如此の事をも平生心を尽すべし、用心の二字は武士の本意なり、一禄の高下にしたがひ、人馬兵器を持事肝要なるべし、士の定る産あるは、其分限を失ずして、武備を忘れまじき種也、相応に人馬を扶持する事は、天下配分の地をうけて、当に其地の米粟を食べき程の人馬なれば、よつて其人馬を国家の不意にあてゝ、常に備ふ、然るに其備を忘れて、人馬兵器を持ず、心を用る事なき人は、天下配分の土地を我一人にて食たるがごとく也、誠に是無上の罪恥にあらずや、或は色に耽りて、多く嬖妾の徒を召抱、私の事を専とし、公を忘るゝ、其嬖妾一人の弊を以て、究竟の若党三人も扶持すべし、奢の珍膳美酒の料を以て、又究竟の小奴を抱ふべし、或は無益の物好をし、牡丹菊の類を、小禄をかたぶけて換之、鸚鵡やうのもの一疋を、多くの黄金に買取て翫ぶ、如此なる事、誠にあるべき事にあらず、築山花壇泉水等のごときも、殊に高上なるは悪し、多くは東山殿風にうつりて、文武ともに取失ふべし、必遊山翫水にふけり、家礼の諫を不用如き人は、外に文武をかざりて、内に剽殺を好み、仁義皆すたれて、天より罪をうけん事、筋斗をひるがへすべからず、
書き下し
一世上武備をなす人ありて、たとへば祿一萬石の小將たる人、かならず自餘の兵器は相應にもあれども、持鎗と稱するもの、我が臂力叶ひたるは唯一本か、二本ならではなし、必其分限にしたがひ、數本あるべし、尤單騎の武士といふとも、刀三腰あらば、鎗も亦二筋はあるべし、必一騎の武士、我得道具にあらずして、外に何十筋ありとも、心を用るとはいふべからず、如此の事をも平生心を盡すべし、用心の二字は武士の本意なり、一祿の高下にしたがひ、人馬兵器を持事肝要なるべし、士の定る產あるは、其分限を失ずして、武備を忘れまじき種也、相應に人馬を扶持する事は、天下配分の地をうけて、當に其地の米粟を食べき程の人馬なれば、よつて其人馬を國家の不意にあてゝ、常に備ふ、然るに其備を忘れて、人馬兵器を持ず、心を用る事なき人は、天下配分の土地を我一人にて食たるがごとく也、誠に是無上の罪恥にあらずや、或は色に耽りて、多く嬖妾の徒を召抱、私の事を專とし、公を忘るゝ、其嬖妾一人の弊を以て、究竟の若黨三人も扶持すべし、奢の珍膳美酒の料を以て、又究竟の小奴を抱ふべし、或は無益の物好をし、牡丹菊の類を、小祿をかたぶけて換之、鸚鵡やうのもの一疋を、多くの黃金に買取て翫ぶ、如此なる事、誠にあるべき事にあらず、築山花壇泉水等のごときも、殊に高上なるは惡し、多くは東山殿風にうつりて、文武ともに取失ふべし、必遊山翫水にふけり、家禮の諫を不用如き人は、外に文武をかざりて、內に剽殺を好み、仁義皆すたれて、天より罪をうけん事、筋斗をひるがへすべからず、
現代語訳
一つ、世に武備をなす人があり、たとえば禄一万石の小将という人は、必ず他の兵器は相応にあっても、持ち槍と称するもので自分の臂力にかなうものは、ただ一本か二本しかありません。必ずその分限にしたがい、数本あるべきです。もっとも単騎の武士といっても、刀が三腰あれば、槍もまた二筋はあるべきです。一騎の武士が、自分の得物の道具でなく、ほかに何十筋あっても、心を用いているとはいえません。このような事も平生心を尽くすべきです。用心の二字は武士の本意です。一つ、禄の高下にしたがい、人馬兵器を持つことが肝要でしょう。士に定まった産があるのは、その分限を失わずに武備を忘れないための種です。相応に人馬を扶持するのは、天下から配分の地を受け、まさにその地の米粟を食べるのに見合う人馬だからで、よってその人馬を国家の不意に当てて、常に備えるのです。それなのにその備えを忘れて、人馬兵器を持たず、心を用いない人は、天下配分の土地を自分一人で食べたようなものです。まことにこれは無上の罪恥ではないでしょうか。あるいは色に耽って、多く嬖妾の徒を召し抱え、私事をもっぱらにして、公を忘れる。その嬖妾一人の費えで、屈強の若党を三人も扶持できるでしょう。奢りの珍膳美酒の費用で、また屈強の小者を抱えられるでしょう。あるいは無益の物好みをして、牡丹や菊の類を、小禄を傾けて買い換え、鸚鵡のようなもの一羽を多くの黄金で買い取って弄びます。このようなことは、まことにあってはならないことです。築山・花壇・泉水なども、ことに高上なのは悪いです。多くは東山殿風に移って、文武ともに取り失うでしょう。必ず遊山玩水にふけり、家礼の諫めを用いないような人は、外に文武を飾って、内には荒々しい殺伐を好み、仁義はみな廃れて、天から罪を受けることは、とんぼ返りをするほどたやすいでしょう。
解説

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『武備和訓』・卷五・名刀に泥まず、分限に応じて備える一劔は不可好作、斬骨以爲能焉、世人此辭を以て、楠正成の壁書の一條目とす、いまだ精しからざれども、愚此語意を按るに、それ最上の物の無瑾にして能截るは、其價甚貴ふして小祿の武士の力に不及、故に其名作にあらずとも、能截るものを用て、さのみ作に泥む事なかれと云也、作も截も二ッながらよき物に何ぞ如事あらん、然れば此語は小身の武士の志を慰して謂る事ならん、大祿の武士何ぞ價の貴賤にかゝわり必に不快ものを用べけんや、然れば必しも作は好むべからずと鑿にいふにはあらず、己れが分限に隨て、用ひよと云敎なるべし、武士に生れて此一ッの物程大切なるはなし、不叶迄も心を盡さずんばあるべからず、作名鍛にして、無瑾にして最上の物、當世 大樹を奉始、列侯に所持し給ふ處の名刀、本阿彌家の定る處、其價黃金千枚已下二百五十枚迄に至て、六十餘州六十六腰ならでは無し、(公家衆之儀は不知爰に云は武家計の事)其上品の物の尤少き事を知るべし、(正宗、貞宗、信濃藤四郎、堀藤四郎、藥研藤四郎、左文字、五月雨江、卯の花江、岡本正宗、蝦夷正宗、豐後正宗の如きもの也、)然るに武士は分限を知るを以武備の本とする事なれば、我魂とおもふ刀脇指だに分に潛て過分なれば、却て武備にあらずの語の意なれば、まして況や、其外の器財衣類のごとき美を禁る事勿論なり、平生質素にして花麗を致さず、專儉約を守れと云に不及して、其語意外に餘れり、假令正成の眞言に非ずとも、金言を採て用之べし、
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『家道訓』巻之一・総論上一武士たらん人は、武備に心を用ひて、兵具をととのへ備へ、損じたるをば修補し、常に帯佩せる大小刀、其外の刀弓矢鎗長刀など、時々ぬぐひみがき塵をはらひ、きよらかにすべし。又、金銀米銭なども、武備のため別にたくはへ置くべし。もし常の時財用不足して、急用ありとも、武備の為にたくはへ置きしを取りて用ふべからず。凡武具は、他の器よりきよらかにし、にはかに事ある時、事欠けつまづかざるやうに、無事の時かねて調へ置くべし。おこたるべからず。にはかの時に、陣用意に及ばずして、事にのぞんでいそがはしからず、心しづかなるべし。武具も、無用の華美なる飾をなすべからず。
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『武道初心集』備武(一)奉公を勤る武士は。分限相應に。武具兵具を貯へずしては不叶候。就中其家々の軍法有之。兼々主君より定め置るゝ家中一同の番指物。同じく面々の出子。或は冑の前立。鎗印。袖印。小荷駄印など申す。合印に於ては。油斷なく支度尤に候。其期に臨み俄に支度候ては。日比の油斷も顯はれ。人の下墨も如何に候。合印を疎略に致して。味方討に逢たる者は。討れ損たるべき旨。武家の古法に相見ゑ候。然れば油斷可仕樣としては無之候。たとへば我召仕のものに。人を斬る用が無きとて。刀脇指の身を木竹に致し。尻をからぐる用が無きとて。肌帶をかゝずして罷在樣なる。不心掛者有之ば。其通りに致しては指置がたき道理に候。況や一騎前を勤る武士。似合の祿を受て居ながら軍役の勤めの。成るぞ成らぬぞといふ了簡もなく。如何に靜謐の時代なればとて持ずして叶はざる。武具兵具の用意に不足するは。右に申す刀脇差の身に木竹を用ひ。下帶をかゝぬ若黨仲間には。百双倍も優りたる不心掛者と可申候。
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『武備和訓』・卷四・好みに偏らず武芸の本意を忘れない一武具、馬具、家財、衣服、家宅以下、皆相應の節を失ふべからず、書籍を好ば書籍ばかり、刀劔を好ば刀脇指ばかり、射術をよくすれば弓ばかりを集るごとく、深く偏る事不可有、是は却而其藝に精妙なれども、其本意を失ふと云べし、武藝は、本軍陣の用意になす態なれば、いか程弓道に精く、鐵砲に名人なればとて、最上の馬に乘ずれば、人に後れて、其精熟の弓をも、鐵砲をも、能すると叶ふべからず、是其好む處の物のみに偏て、却而其物の本意を失ふと謂つべし、むかし晉の張華と云者、書籍を好む、死して家に餘財なく、惟文書几篋に溢る、常に居を移すに、先書を車三十乘に載たりと也、若當世の武士、如斯の人あらば、武門とはいはれまじ、書を讀事は、人倫の道を識む爲の書記也、其如くして、我家業を破らんは、書籍の本意に差ふにあらずや、其本意に差むよりは、惟それ書無きにはしかじ、是れ其文書、武器等の如きさへ、偏なる時は、道に害あり、日月一日も無むばあるべからずといへども、三十日旱魃すれば、五穀、生類、天地の間に災害あり、方に爰をもつておもふべし、嬌樂を事とし、遊山翫水に本心をとらかされ、文武を忘れて、君父の大恩を不思、惡に偏なる人に、天災害をくだし給ん事、いかんぞ晩かるべけんや、
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『文武訓』武訓上一凡武士となる者は、忠孝義理の志なくしては、武勇おろそかに節義闕けて、奉公の道たたず。又武士の家に生れ、兵術武芸を知らず、武具をそなへず、軍用乏しくては、たとひ心たけくとも、武勇のつとめおろそかなるべし。故に武士の道、内には忠孝義理を以て本として兵法を知り、外には武芸をならひ、武備ともしからざるを以て助とす。武士として忠孝義理の道をしらず、兵法武芸にうとく、武備なくんば、武士の業を失へりといふべし。武芸は匹夫の勇のはたらきなり。其位に応じて学ぶべし。大人は、武芸に専一に心を用ふべからず。芸になづめば道行はれず。武備はかねて定め置くべし。平生無事の時心を用ひ、其分限に応じて、人馬、武具、家人の兵器、馬具、金銀、米銭等まで、かねてそなへ置き、籍にしるし、不足なく用意すべし。出陣の時にのぞみては、兼て定めし制法にしたがひ、何の用意もなく、何時も即時に打立つやうにすべし。凡事予則立とは是なり。何事もかねて用意なくしては、俄の時につまづくものなり。
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『武備和訓』・卷二・装いより武備の本と故実を問う一衣服の美を盡し、其たちぬふ事までを吟味する人はあれども、甲冑、小具足、兵具等のわけを、くはしくせんさくして、美を禁じ、本を知り、利用を考へ、故實を辨じ、武備をなす人の少きは何ぞや、人に晴小袖といへば、必古きを新きに換て用之、尤禮なり、然るに尋常の武士、いかなる者の着せるをも不知、古具足を買ひ、乳縄にもあわぬものを着せんとおもへるあり、武士たる者の、死する程に晴なる事はあるべからず、禮義を盡すべき事、是より大なるはあらじ、一熊澤氏、鎧の脇を合る事、右を上にして逆を用るは、鎧本戎服なり、西戎の衣は左むねに合るにより、鎧は左むねなりといへり、愚云、外に又據あり、六具をかためては、左右の手後に廻りがたきもの也、順に胸を合る時は、高紐むすび難し、又一ッには、すべて兵家は陰を貴ぶ故に、左を以貴として、進むを本意とし、右を賤しとして、退くを心とせず、甲冑の具、皆射向掛りとて、左の方へ進ませ、少づゝすみかけて製之、相引などは餘程左へゆがめり、鎧の脇、順に胸を合る時は、退く形になり、逆に合る時は、進む形になれり、武士として、如斯事をも知ずんばあるべからず、其故實、利用の沙汰は。本より人々覺悟の事にて候へば、管見を以て云べきにはあらず、明師に決すべし、唯用べき處に心を用ひ、無用の事に心を盡さゞれといふにあり、