武備和訓 / 卷四・臂力に頼らず、文武を修めて鍛える
其杷うち柄にして、周六寸ばかり、惣長一丈餘り也、皆用之て打倒し、薙伏などして、獨り衝事をのみ必とせざりしと見へたり、(衝かざれば鎗にあらずといふ事、奧に論を出す、)本多忠勝の蜻蛉切のごとき、又は黑田長政之臣、林掃部朝鮮におゐて、虎を突留たりし、大身鎗の類是也、斯る千萬人にも優りたる事は、其妙手拙手の境にあらず、本性の大勇力の敢す處なれば、藝術のよく及處にあらず、如斯男態の所に至りては、當世の上手をいふ、二間杷の小身の如きにては及がたし、乍然我臂力に叶がたき刀鎗は、必ず用べからず、勇力を以て、藝術に捷ものあり、勇力を以て藝に勝がたきものあり、柔術劔術すべて小具足(俗に腰の廻りと云へり、竹內氏此藝に鳴れり、)の類は、勇力を以てよく其藝に勝べし、鎗は臂力の及がたき處あり、及ぶ處あり、決而勇力も及ばざるものは、獨鐵砲弓馬の藝のみ、唯何藝にもせよ、武術にをゐては、臂力勝るゝ人、數〻たんれんする時は、鬼に鐵鞭なるべし、必天性柔弱の人、殊に臂力に絕ずんば、晝夜武藝に怠る事あるべからず、又力量人に優るとも、力に誇りて、藝術を推すものは危く、臂力藝に絕ずとして、藝をならはず、武に怠る者は、猶更危し、若然る則は、筋力日々におとろへ、いよ〱本意を失ふべし、柔弱非力の士といふとも、術精熟するにしたがひ、力もつのり、心も剛になる事は、うたがうべからず、殊更忠義の道、智仁勇の大武の修鍊におゐては、文を學ずしては至りがたし、
新字:其杷うち柄にして、周六寸ばかり、惣長一丈余り也、皆用之て打倒し、薙伏などして、独り衝事をのみ必とせざりしと見へたり、(衝かざれば鎗にあらずといふ事、奥に論を出す、)本多忠勝の蜻蛉切のごとき、又は黒田長政之臣、林掃部朝鮮におゐて、虎を突留たりし、大身鎗の類是也、斯る千万人にも優りたる事は、其妙手拙手の境にあらず、本性の大勇力の敢す処なれば、芸術のよく及処にあらず、如斯男態の所に至りては、当世の上手をいふ、二間杷の小身の如きにては及がたし、乍然我臂力に叶がたき刀鎗は、必ず用べからず、勇力を以て、芸術に捷ものあり、勇力を以て芸に勝がたきものあり、柔術剣術すべて小具足(俗に腰の廻りと云へり、竹内氏此芸に鳴れり、)の類は、勇力を以てよく其芸に勝べし、鎗は臂力の及がたき処あり、及ぶ処あり、決而勇力も及ばざるものは、独鉄砲弓馬の芸のみ、唯何芸にもせよ、武術にをゐては、臂力勝るゝ人、数〻たんれんする時は、鬼に鉄鞭なるべし、必天性柔弱の人、殊に臂力に絶ずんば、昼夜武芸に怠る事あるべからず、又力量人に優るとも、力に誇りて、芸術を推すものは危く、臂力芸に絶ずとして、芸をならはず、武に怠る者は、猶更危し、若然る則は、筋力日々におとろへ、いよ〱本意を失ふべし、柔弱非力の士といふとも、術精熟するにしたがひ、力もつのり、心も剛になる事は、うたがうべからず、殊更忠義の道、智仁勇の大武の修錬におゐては、文を学ずしては至りがたし、
書き下し
其杷うち柄にして、周六寸ばかり、惣長一丈餘り也、皆用之て打倒し、薙伏などして、獨り衝事をのみ必とせざりしと見へたり、(衝かざれば鎗にあらずといふ事、奧に論を出す、)本多忠勝の蜻蛉切のごとき、又は黑田長政之臣、林掃部朝鮮におゐて、虎を突留たりし、大身鎗の類是也、斯る千萬人にも優りたる事は、其妙手拙手の境にあらず、本性の大勇力の敢す處なれば、藝術のよく及處にあらず、如斯男態の所に至りては、當世の上手をいふ、二間杷の小身の如きにては及がたし、乍然我臂力に叶がたき刀鎗は、必ず用べからず、勇力を以て、藝術に捷ものあり、勇力を以て藝に勝がたきものあり、柔術劔術すべて小具足(俗に腰の廻りと云へり、竹內氏此藝に鳴れり、)の類は、勇力を以てよく其藝に勝べし、鎗は臂力の及がたき處あり、及ぶ處あり、決而勇力も及ばざるものは、獨鐵砲弓馬の藝のみ、唯何藝にもせよ、武術にをゐては、臂力勝るゝ人、數〻たんれんする時は、鬼に鐵鞭なるべし、必天性柔弱の人、殊に臂力に絕ずんば、晝夜武藝に怠る事あるべからず、又力量人に優るとも、力に誇りて、藝術を推すものは危く、臂力藝に絕ずとして、藝をならはず、武に怠る者は、猶更危し、若然る則は、筋力日々におとろへ、いよ〱本意を失ふべし、柔弱非力の士といふとも、術精熟するにしたがひ、力もつのり、心も剛になる事は、うたがうべからず、殊更忠義の道、智仁勇の大武の修鍊におゐては、文を學ずしては至りがたし、
現代語訳
その杷はうち柄で、周りが六寸ばかり、全長は一丈余りです。みなこれを用いて打ち倒し、薙ぎ伏せなどして、ひとり突くことだけを必ずとはしなかったと見えます(突かなければ槍ではないという論は、奥で述べます)。本多忠勝の蜻蛉切のように、また黒田長政の臣、林掃部が朝鮮で虎を突き止めた大身槍の類がこれです。このような千万人にも優ることは、妙手拙手の境ではなく、本性の大勇力のなすところで、芸術のよく及ぶところではありません。このような男ぶりの所に至っては、当世の上手を言います。二間杷の小身のようなものでは及びがたいです。しかしながら、自分の臂力にかなわない刀槍は、決して用いてはなりません。勇力をもって芸術に勝つものがあり、勇力をもって芸に勝てないものがあります。柔術・剣術すべて小具足(俗に腰の廻りといいます。竹内氏がこの芸で名を知られました)の類は、勇力でよくその芸に勝てます。槍は臂力の及びがたい所もあり、及ぶ所もあります。決して勇力も及ばないものは、ただ鉄砲・弓・馬の芸だけです。ただどんな芸にせよ、武術においては、臂力に勝る人が、数々鍛錬するときは、鬼に鉄鞭です。必ず天性柔弱の人、ことに腕力が抜きんでているのでなければ、昼夜武芸を怠ってはなりません。また力量が人に優っても、力に誇って芸術を押し通す者は危うく、腕力が芸に勝るからと言って芸を習わず武を怠る者は、なお危ういです。もしそうなら、筋力は日々衰え、いよいよ本意を失うでしょう。柔弱非力の士でも、術が精熟するにしたがい、力も増し、心も強くなることは疑いありません。ことに忠義の道、智仁勇の大武の修錬においては、文を学ばなければ至りがたいです。
解説

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