武備和訓 / 卷四・槍術の品類と好みに合う器
一槍術は、近世の武士專表藝として習之事、いにしへの弓のごとし、其盛に用る事は、楠正成以來なり、むかしは大名の弓をさして、御調度と云、今世は鎗を以御道具と云、其意同事なり、是近代合戰の道精しくなりて、勇士鎗を以て必ず戰の雌雄を決す、一番弓とは不稱して、一番鎗といへり、爰を以專鎗の妙手達人、名を近世に奮へり、鎗の品類中華に數多ある事をおもへば、漢士往昔より用る器にして、其鍛鍊は本朝のごとくならず、刀劔の術は勝負に臨んで妙手、拙手、黑白のごとくわかれねども、鎗□其黑白、鮮明に分るゝものなり、尤鍛鍊なくして不叶藝なり、塲によりて、一人守之則は能五六人にも相當るものは鎗なり、直鎗、十文字、管鎗、鎌鎗、片鎗、大身等の差別ありて、流派頗る多し、其中直鎗は最上のものにして、容易上手に至りがたし、其餘の又あるものは、皆直鎗の鋭なるを怖て、後人の作れるもの也、尤其中十文字に捷身多くして、はやく其術に驗あり、大勇の力士に、大刄の十文字を得さしめたらば、恐く是に敵するものなかるべし、しかりといへども、兵器は其人により、おの〱好む所あるものなれば、優劣は人にありて、兵器にあるべからず、勝負の道は、其藝の精妙鍛鍊も及べからざる所あれば、まして況や兵器をや、唯其人の好む所に精妙ありて、捷身自然に備るべし、天正の前後、諸邦の戰塲におゐて、能武勇をあらわしたる人の鎗を見るに、皆大身の長一尺一二寸より二尺餘りに至る、
新字:一槍術は、近世の武士専表芸として習之事、いにしへの弓のごとし、其盛に用る事は、楠正成以来なり、むかしは大名の弓をさして、御調度と云、今世は鎗を以御道具と云、其意同事なり、是近代合戦の道精しくなりて、勇士鎗を以て必ず戦の雌雄を決す、一番弓とは不称して、一番鎗といへり、爰を以専鎗の妙手達人、名を近世に奮へり、鎗の品類中華に数多ある事をおもへば、漢士往昔より用る器にして、其鍛錬は本朝のごとくならず、刀剣の術は勝負に臨んで妙手、拙手、黒白のごとくわかれねども、鎗□其黒白、鮮明に分るゝものなり、尤鍛錬なくして不叶芸なり、塲によりて、一人守之則は能五六人にも相当るものは鎗なり、直鎗、十文字、管鎗、鎌鎗、片鎗、大身等の差別ありて、流派頗る多し、其中直鎗は最上のものにして、容易上手に至りがたし、其余の又あるものは、皆直鎗の鋭なるを怖て、後人の作れるもの也、尤其中十文字に捷身多くして、はやく其術に験あり、大勇の力士に、大刄の十文字を得さしめたらば、恐く是に敵するものなかるべし、しかりといへども、兵器は其人により、おの〱好む所あるものなれば、優劣は人にありて、兵器にあるべからず、勝負の道は、其芸の精妙鍛錬も及べからざる所あれば、まして況や兵器をや、唯其人の好む所に精妙ありて、捷身自然に備るべし、天正の前後、諸邦の戦塲におゐて、能武勇をあらわしたる人の鎗を見るに、皆大身の長一尺一二寸より二尺余りに至る、
書き下し
一槍術は、近世の武士專表藝として習之事、いにしへの弓のごとし、其盛に用る事は、楠正成以來なり、むかしは大名の弓をさして、御調度と云、今世は鎗を以御道具と云、其意同事なり、是近代合戰の道精しくなりて、勇士鎗を以て必ず戰の雌雄を決す、一番弓とは不稱して、一番鎗といへり、爰を以專鎗の妙手達人、名を近世に奮へり、鎗の品類中華に數多ある事をおもへば、漢士往昔より用る器にして、其鍛鍊は本朝のごとくならず、刀劔の術は勝負に臨んで妙手、拙手、黑白のごとくわかれねども、鎗□其黑白、鮮明に分るゝものなり、尤鍛鍊なくして不叶藝なり、塲によりて、一人守之則は能五六人にも相當るものは鎗なり、直鎗、十文字、管鎗、鎌鎗、片鎗、大身等の差別ありて、流派頗る多し、其中直鎗は最上のものにして、容易上手に至りがたし、其餘の又あるものは、皆直鎗の鋭なるを怖て、後人の作れるもの也、尤其中十文字に捷身多くして、はやく其術に驗あり、大勇の力士に、大刄の十文字を得さしめたらば、恐く是に敵するものなかるべし、しかりといへども、兵器は其人により、おの〱好む所あるものなれば、優劣は人にありて、兵器にあるべからず、勝負の道は、其藝の精妙鍛鍊も及べからざる所あれば、まして況や兵器をや、唯其人の好む所に精妙ありて、捷身自然に備るべし、天正の前後、諸邦の戰塲におゐて、能武勇をあらわしたる人の鎗を見るに、皆大身の長一尺一二寸より二尺餘りに至る、
現代語訳
一つ、槍術は、近世の武士がもっぱら表芸として習うもので、昔の弓のようなものです。その盛んに用いられたのは楠正成以来です。昔は大名の弓を差して御調度といい、今の世は槍を御道具といいます。その意は同じです。これは近代の合戦の道が精密になり、勇士が槍をもって必ず戦の雌雄を決するようになったからで、一番弓とは称さず、一番槍といいます。ここからもっぱら槍の妙手達人が、近世に名を挙げました。槍の品類が中華に数多くあることを思えば、漢士が往昔から用いた器であり、その鍛錬は我が国のようではありません。刀剣の術は勝負に臨んで妙手・拙手が黒白のようには分かれませんが、槍は(底本で判読できない字)その黒白が鮮明に分かれるものです。もっとも鍛錬なくしてはかなわない芸です。場所によっては、一人で守れば五、六人にも相当するのが槍です。直槍、十文字、管槍、鎌槍、片槍、大身などの差別があり、流派はすこぶる多いです。そのうち直槍は最上のもので、容易に上手に至りがたいものです。その他のものは、みな直槍の鋭さを恐れて、後の人が作ったものです。もっともそのうち十文字は捷身(身のこなしの有利)が多く、早くその術に験があります。大勇の力士に大刃の十文字を持たせたら、おそらくこれに敵する者はないでしょう。そうではあっても、兵器は人により、それぞれ好むところがあるので、優劣は人にあって兵器にあるのではありません。勝負の道は、その芸の精妙や鍛錬も及ばないところがあるのに、まして兵器はなおさらです。ただその人の好むところに精妙があり、捷身は自然に備わるものです。天正の前後、諸国の戦場でよく武勇を現した人の槍を見ると、みな大身で、刃の長さが一尺一、二寸から二尺余りに至ります。
解説

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『武備和訓』・卷三・兵器には用いる節度がある一萬治年中、肥前國唐津の邊におゐて、武士の人を討て立退あり、三十目玉の鐵砲に玉藥を納て擔之、民屋にかけ入、人を追ひ、追手來らば彼鐵砲を放すべしと、義勢により、敢て入者なし、一兩日を經て、捕手鄕導者を先に立、都合八人一騎步の細道を連り來れり、罪士鐵砲を隱の柱にくゝり付て、前後の規星を直して發之けるに、分厘の矢つぼをはづさず、八人の眞中を打徹しけり、三十目玉さへかくのごとし、已上大銃の大巧をおもふべし、且亦陣營、城壘を燒落に、火箭の術あり、尤堅陣を挫き、大艦を覆すも、又此術に優るものなし、或は唐船の進退するを、帆を燒て孤舟となすの事、樣々無窮の妙術あり、(異國の舟は、櫓を用ず、帆のみを以て進退するにより、しか云)中華の書に地雷、天燧砲、佛狼機、等の名狀あり、斂砲の一類なり、愚當世を以おもふに、本朝に名人ある事、南蠻と云とも、其精妙に恥べからず、唯恨らくは、其功を知人の少事を、一鐵砲大銃は、遠所の敵を挫くの器なるに、至極の大銃を抱て是を發す事は、尤拙しとせり、喩、一貫目玉の銃は、三十餘町を飛で大軍を挫くに理あり、三匁玉の小銃は、二三町を飛で一人を仆すに利あり、其三十餘町の敵を、何の急卒事ありて抱ては發すぞ、大銃を抱てはなす事は、たとへば組討の勝負に長劔を拔て敵を刺むとするがごとし、大銃は刀のごとく、小銃は懷劔のごとし、兵器各用るに節あり、是武藝の本を務ずして、本理に暗きにより、如此態をなす人あり、必本を明にすべし、
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『武備和訓』・卷三・鉄砲を軽んじず、その価値を知る一鳥銃は夫近世の兵器、月々年々に名人競出て、尤古流は用るに不足もの也、されば故實のいふべきものなくして、唯武門貶卑の器とする事、悼に餘れり、此器ありて、長兵、短兵、弓弩ともに用る處を知らず、唯一人の達人あらば、孫吳の利兵、孔明衞公が堅陣たりとも、挫くにかたからず、連城銃、大銃に巧妙の人あらば、是萬人の敵成べし、(漢の樊噲關張等は人萬人の敵と稱せり)羅山先生、井上重繼(外記と稱せり大神君鐵砲の師範なり、)の、よく萬斤の大銃を一二人にて是を放つ、其巧機捷輕、大敵を挫くの至功を書れしを、彼の文集に載たり、大神君も、慶長十六年八月十三日、淺間ノ山に登り、的を二町の外にかけて、手自大銃を射給ふ事三たびにして、三たび中る、又井上氏に台命ありて、しば〱此藝を精熟せしめ、且多くの大銃を作しめ給ふ、近世の巧手は、其時代に十倍して、奇巧の妙をなす事、勝て謂がたし、寬永年中、肥前國耶蘇一揆の時世上みな大銃ありといへども、其藝未精により、九州の諸侯連城銃を運步して城を打拔むとすれども、巧手なくして、皆的を失ひ、城にあたらず、阿蘭陀人を召して打しむるに、日本人より拙手にて、皆後の海に鉛玉を打やり、番和の砲者家流、みな〱手を空ふせり、若當世のごとき名人あらば、其賊一日もよく城にかゝわらんや、城中小銃の上手大勢在し故、小城に據て大軍を拒む事、數月にして年を越たり、松平豆州能其功を知るゝにより、一世の間家臣に鐵砲を習しめられし事最大なり、尤其藝の優劣を明辨して、習ずんばあるべからず、
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『武備和訓』・卷一・劔術は小武、本心で芸を使い芸に使われるな和奴(明朝より日本人をさして云言語也)の藝とするといへるを、或儒士是をいぶかりて曰、刀劔の術和奴のみ是を用ると云時は、中華其外の外國、なべて此藝なしといふものに似たり、恐くは是弟氏(武備志の作者)が見る處窄くして、博識ならざるかと難ぜり、愚謂ふに、中華と云とも、刀劔を用て罪ある者を誅する事、吾國に異なるべからず、盖し劔術は本一人を以て一人に捷つの義、大勇の人、さのみ心身を勞すべきには非ず、されば中華の武をいふもの、先づ王道の仁義節制の武を說て、次に覇者の道をいひ、陣法權略をのべて、專ら弓弩巧車火器等の道を說、唯三軍の勝を全ふする事を宗として、相手向ひの小武には泥ずと見へたり、最哉、其國に生れては、我劔術をしらざれば敵も又不知、只勇臆を以勝負に充つ、何ぞ弟氏が見る處せばくして、中華の事をしらずといふべけんや、已に博くしてよく本朝の事を記せり、武人爰を以悟れ、優劣は其人の鍛鍊にありて、流義にあらず、勝負は其人の心にありて、流義によるべからず、常に心を刀劔に置て、危き事を恐れ、威武を心に備ふるを、劔術の本意とせり、本心を以て藝をつかひて、藝の爲につかわるべからず、一劔術何流にもせよ、最初は竹刀を用て手法を傳へ、木刀を用て手先を利し、眞劔の刄引を用て奧義を鍛鍊し、竹刀木刀を用て擊闘すべし、只一ぺんにかたよるべからず候、學習しば〱して鍛鍊功つもる時は、生死の勝負目前に明なるべし、