武備和訓 / 卷三・武家の子の育て方と学びの順序
一武家は幼少よりの育を大事にすべし、七八歲よりの消息は壯長の後までよく覺るもの也、少年に覺へたる事を是とする事は、精神純一にして、邪智少く、よくものを容るゝ量あればなり、さるに依て五六歲より、武勇の義にいさめるものがたりや、又は君父に至極之忠孝を盡したる人の事跡をかたりきかせ、五常の端々どこともなく幼心に徹底して、節義に服し、移ざる志を生じさせ、其性の淸潔にして其まゝなるがごとくに育べし、かりにも逆心なる謀叛人の噂を語聞すべからず候、假令ば近世の明智光秀がごとき物語の草紙などは、手にも觸さすべからず、七八歲より書筆の道を學せ、十一歲頃より學問にすゝますべし、其階級は、孔孟の書を最初にして、小學近思錄等をよく素讀し、七書にうつり、名師にしたがひ、其奧義を致むべし、尤坐合劔術鎗術弓馬鐵砲軍旅の藝、十三四歲已上、弱冠の前後、晝夜を舍ず勵むべし、尤餘力あらば、和漢諸家の書を讀事、しかるべけれども、唯肝心の武藝の疎ならん事を恐るのみ、其學問の本意は天地人倫の道を曉し、本性に歸し、忠孝の二ッを失せまじきが爲也、此忠孝の二ッを廢する事は、本其家產を破り、我が家の武備を忘るゝよりおこれり、家業におこたらず、武備に全き時は、忠孝二ッともに存せり、
新字:一武家は幼少よりの育を大事にすべし、七八歳よりの消息は壮長の後までよく覚るもの也、少年に覚へたる事を是とする事は、精神純一にして、邪智少く、よくものを容るゝ量あればなり、さるに依て五六歳より、武勇の義にいさめるものがたりや、又は君父に至極之忠孝を尽したる人の事跡をかたりきかせ、五常の端々どこともなく幼心に徹底して、節義に服し、移ざる志を生じさせ、其性の清潔にして其まゝなるがごとくに育べし、かりにも逆心なる謀叛人の噂を語聞すべからず候、仮令ば近世の明智光秀がごとき物語の草紙などは、手にも触さすべからず、七八歳より書筆の道を学せ、十一歳頃より学問にすゝますべし、其階級は、孔孟の書を最初にして、小学近思録等をよく素読し、七書にうつり、名師にしたがひ、其奥義を致むべし、尤坐合剣術鎗術弓馬鉄砲軍旅の芸、十三四歳已上、弱冠の前後、昼夜を舎ず励むべし、尤余力あらば、和漢諸家の書を読事、しかるべけれども、唯肝心の武芸の疎ならん事を恐るのみ、其学問の本意は天地人倫の道を暁し、本性に帰し、忠孝の二ッを失せまじきが為也、此忠孝の二ッを廃する事は、本其家産を破り、我が家の武備を忘るゝよりおこれり、家業におこたらず、武備に全き時は、忠孝二ッともに存せり、
書き下し
一武家は幼少よりの育を大事にすべし、七八歲よりの消息は壯長の後までよく覺るもの也、少年に覺へたる事を是とする事は、精神純一にして、邪智少く、よくものを容るゝ量あればなり、さるに依て五六歲より、武勇の義にいさめるものがたりや、又は君父に至極之忠孝を盡したる人の事跡をかたりきかせ、五常の端々どこともなく幼心に徹底して、節義に服し、移ざる志を生じさせ、其性の淸潔にして其まゝなるがごとくに育べし、かりにも逆心なる謀叛人の噂を語聞すべからず候、假令ば近世の明智光秀がごとき物語の草紙などは、手にも觸さすべからず、七八歲より書筆の道を學せ、十一歲頃より學問にすゝますべし、其階級は、孔孟の書を最初にして、小學近思錄等をよく素讀し、七書にうつり、名師にしたがひ、其奧義を致むべし、尤坐合劔術鎗術弓馬鐵砲軍旅の藝、十三四歲已上、弱冠の前後、晝夜を舍ず勵むべし、尤餘力あらば、和漢諸家の書を讀事、しかるべけれども、唯肝心の武藝の疎ならん事を恐るのみ、其學問の本意は天地人倫の道を曉し、本性に歸し、忠孝の二ッを失せまじきが爲也、此忠孝の二ッを廢する事は、本其家產を破り、我が家の武備を忘るゝよりおこれり、家業におこたらず、武備に全き時は、忠孝二ッともに存せり、
現代語訳
一つ、武家は幼少からの育ちを大事にすべきです。七、八歳からの教えは、成人した後までよく覚えているものです。少年のうちに覚えたことを是とするのは、精神が純一で邪な智恵が少なく、ものをよく受け入れる器量があるからです。ですから、五、六歳から、武勇の義に勇んだ物語や、君や父に至極の忠孝を尽くした人の事跡を語り聞かせ、五常(仁義礼智信)の端々がどこともなく幼い心に徹底して、節義に服し、移ろわない志を生じさせ、その性が清潔でありのままであるように育てるべきです。かりにも逆心のある謀叛人の噂を語り聞かせてはなりません。たとえば近世の明智光秀のような物語の草紙などは、手にも触れさせてはなりません。七、八歳から書筆の道を学ばせ、十一歳ごろから学問に進ませるべきです。その段階は、孔子・孟子の書を最初とし、小学・近思録をよく素読し、七書(武経七書)に移り、名師に従って、その奥義を修めるのです。もっとも座合・剣術・槍術・弓馬・鉄砲・軍旅の芸は、十三、四歳以上、弱冠(二十歳)の前後に、昼夜を問わず励むべきです。余力があれば、和漢諸家の書を読むこともよいですが、ただ肝心の武芸がおろそかになることを恐れるのみです。その学問の本意は、天地人倫の道を悟り、本性に帰り、忠孝の二つを失わないようにするためです。この忠孝の二つを廃することは、もとはその家産を破り、わが家の武備を忘れることから起こります。家業を怠らず武備が全きときは、忠孝の二つがともに存します。
解説

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『武備和訓』・卷一・子どもには幼いころから義理と学問を教える一武士の子どもに總卷の比より義理を敎て、假にも利に聰からん事を禁むべし、天下にも換がたき義の一字なるに、同じ武士にて明智光秀がごとく、雪と墨とにかわる事は、是利を重むじて、義をかろんずるが故也、(利とは道なくしてみだりに人の國郡をかすむるごときの軍術などを習聞をいへり、武士軍學する事は勿論の事なれば、まづ王覇の論を尋聞て七書の義をきはめ、其後和軍を習ふべし、)君君の道を盡す時、臣臣の道を致す事は勿論なれば、忠とするに足らず、君道なき時、臣二心なきを以忠とはいふ也、光秀其性勇敢にして、誠少く、學問に志ざれば、仁義の道をしらず、僅十餘日の天下を貪りて、其名を禽獸に同ふしたり、吁慮べしや、かならず、武士の子たらん者には、利慾を戒め、學問して、仁義の勇を曉さすべき事、間斷あるべからず、
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『武備和訓』・卷五・兵書を学び、武芸の的を見失わない一武士は、十三四歳より必軍旅の藝を習ふべし、孔孟の書のみを熟讀して道を行ふ則は、軍道素より其中にありと云人あれども、尤聖賢のはだへある人は、天理の大道を統て、陰陽とともに進退すれば、何事をか爲ざるべけんや、平人の心は常に天道と齟齬たれば、豫して天理を察するといへども、天道の變化を識事ならず、經書の常理を致るといへども、聖敎の變理に通る事難し、吾國千古より、孔孟の道を學得て、孫吳の道を推て識ほどの人、未有能之なり、しかれば、武家必兵書を學びずんば家業を知とはいふべからず、兵法を知らずしては、其餘の武藝に精妙なりとも、的なくして、射る如くなるべし、前にもいふがごとく、たとへば射人堂を射て、通矢の多きを以天下無雙の名人とすれども、心ある武士是を譽ず、それ弓は軍陣の長器なり、大矢數のごときは戰陣の用樞にあらずして、唯名聞の利のみにかゝわる、射人弓を射る的のみを的とは思ふべからず、武藝は戰陣勝利の的こそ大事なれ、勝利の的のはづるゝをば武藝の達人とは仕がたし、是皆其大本兵法の道不立して、其末を學ぶ故なり、本を不齊して、末治らざる事は、聖人の敎也、兵法の道に精しからずとも、達人にむかひて其大意を尋問ひ、我好む所の藝の得失利害を致め、其藝の藝たる事を精熟すべし、
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『武家小学』・文武の偏りを戒める一士の子孫を敎戒するは。其智を正して其氣を勇になし。其爲す事は皆信あらしむるごとくに敎戒を垂べし。故に童子日々月々智惠益に隨て邪正を考へ。邪を戒て正を揚。仮初にも恐威事をせずして勇を養ひ。少しも僞り欺かず。戲遊にも必弓矢竹馬の禮を以て士の業をなさしめ。言語は皆武家諸禮の法を用ゆべし。偖幼稚の間精氣全備る中に。先文學をなさしめ聖賢の格言を覺さしむる事是古法也。論語にも仁智信直勇剛の六つを夫ゝに各好みても。文學を好ざれば各其蔽有といへり。故に第一文を學ばずんばあるべからず。然れども專ら詩文章をのみ玩び。本朝の風俗を忘れて。言語衣服祭禮等迄漢の風俗を摸さんと欲るは是又泥着の誤なり。凡萬の物玩び好時は皆志を奪るべし。書冊に至ても一向に好時は自ら志を喪ふといへり。然ば武を專とこのむ者も又心得有べし。或は短衣を着し臂を怒し刀を按り。自ら好で事の變あらん事を欲るの俗は。是又血氣の勇者の爲處にして大なる誤なれば。其過不及を愼べし。
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『文武訓』文訓上ここを以て、いとけなくわかき年、早く書をよむべし。もろもろの芸は、年たけてもならひやすし。只、書を読むことは、年たけては、おぼえよわく、気力すくなく、ひますくなし。このゆゑに、いとけなき時より、まづ、芸などのことわざはおろそかにしても、もはらつとめて書を読みならふべし。是、一生の身のたからとなるなり。書を読まざれば、道にくらきのみならず、万の事にくらし。書を読まざる人は、わがくらき事を知らず。はかなしといふべし。弓馬の芸をならひても、文字なければ、芸の理にくらくして其芸いやし。次に六芸をならふべし。もののふは、つるぎ、はこ、拳法などの術ならひ知るべし。文学は本なり、文武の芸は末なり。本なければ人の道立たず、末なければ人のわざ行はれず。
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『武備和訓』・卷二・道の大本を立て、利を捨てて学ぶ一武士文武の藝を習ふは、己れが仁義の家業を忘れず、忠孝を失ふまじき爲なれば、道の大本を立て、私の利を舍つべし、多くは道を捨て、利にもとづくにより、師を殺し、君父に乖く如きの人、武門に多し、君父師に背きて、己が身を立るは、禽獸にもあるまじき道なり、誠に小き蟲なれども、蜂にさへ君臣の義あり、主を殺す虫あれば、必ず臣讎を復する事目前也、然れば道をしらずして血勇に誇り、仁義の家業を忘れたるは、蜂にもおとりたれば、禽獸ともいふべからず、まして況や武士をや、武は則義なり、義は武の德なれば、武士を通稱して義士といはんも可ならんか、かならずしも、武士の義あるべき事の、勿論なるを思ふべし、次に智を明にして、善を善とし、惡を惡とし、假令君父師の事跡たりとも、惡を捨て、善を習ふべし、聖人にあらざれば、過なき事あたわず、されば軍術を學ぶとも、先づ仁義王道の兵法を尋聞て、道の大本を察し、其後和軍を習稽ふべし、深く文字に通ぜずとも、王覇の兵論を聞事難しとすべからず、先其大意を聞定て、後に和の軍術を習はゞ、心利貪にかたまる事あるべからず、必ず人少年の時、聞容たる事を是とし、壯年の後に聞事を非とするものなり、必ず心得べし、若心、利にうつり、忠孝にくらくば、長く大勇を曉る事あるべからず、當世には人文過半ひらけて、和げ著す處の書多く、俗に通ずる和漢の記錄ども不少ば、古を鑑として、今を稽へ、かりそめにも義路にあらずんば行べからず、道のくはしき事を知事ならずば、其道ありといふ噂ばかりも聞べし、
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『武士訓』卷一・第3段士たらんものは。特更おさなきより。まづ文學を專にすべし。學問は人の人たる道なれば。朝夕わするべからず。この故に。蒲宗孟が子孫をいましむる語にも。さむきに衣はなかるべし。飢に食はなかるべし。書をよむことは。一日も失すべからずといへり。學問といへば。ひろきことのやうなれども。つゞむるところ。忠と孝とのふたつにいでず。其他は二つの理にこもれり。いにしへの聖賢の御ことばによりて。心をおさめ。身におとなふ工夫のためなれば。四書。小學近思錄をよみ。師につきて。孝弟忠信禮義廉恥の理をたづね知べし(たゞし專ら程朱の說によりて。學ぶべし。)かくして餘力もあらば。五經にも及び。諸家にもわたるべし。たゞ一言半句にても。今日の上にひきうけて。修行とするを。學問の本意とするなり。たとひもゝとせのよはひをたもつとも。道をしらずして。空しく年月をすごすは。人の人たるにはあらざるなり。古語に腹不飽詩書謂之餒。目不接聖賢謂之瞽。耳不聞善言謂之聾。身不遠聲色謂之窄。行不脫凡俗謂之痼と有。もつともいましめとすべし。