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武備和訓 / 卷二・力の誇示を戒め、游俠を退ける

一右の戒ものがたりにつひていふ事あり、彼淸水氏は、元來寺澤家の浪人なりけるが、後に黑田家の陪臣となれり、或時冑の名鍛、妙珍と云者の家に至り、樣の鍪を乞て見けるに、最上の重鍪を出して淸水に見せけるが、淸水曰此冑の如きは我心にいらず、是は我拳を擧ても能挫くべしと、鍛冶大に詈りて曰、御士の言は鐵石のごとく成べし、其冑拳を以て碎き給はゞ、御望に任せ、價をうけず、妙珍が秘製を用ひ冑を作りて進ずべし、疾ゝ冑を破給へと募る、元來淸水は大兵ならず、面相容貌頗平人に類ひしければ、絕世の强力とはおもひかけざるも理なり、淸水莞爾として、冑を左の掌にのせ、右の人さし指を以壓之に、鐵砲の痕より大に指の形に壓窪めり、其後鍪を碁盤にのせ、拳を擧げて徐に打之けるに、冑ひしげて荷葉の風に破たるごとくになれり、後に細川家に至り、臂力を以食祿五百石に仕官せり、劔術、柔術、其外武藝に聞ゆ、誠に絕代の壯士なり、愚云、淸水力に誇る意あり、冑を碎きたるは血氣の甚きものなり、妙珍が詈る事ありて、後に冑を碎ねば、男夫の道立ぬになりゆきたるは、先の過言ある故なり、游俠は武道にあらず、武士萬人に優る力ありとも、常に隱して人に知られず、忠義にあらざればこれを奮じと覺悟すべし、

新字:一右の戒ものがたりにつひていふ事あり、彼清水氏は、元来寺沢家の浪人なりけるが、後に黒田家の陪臣となれり、或時冑の名鍛、妙珍と云者の家に至り、様の鍪を乞て見けるに、最上の重鍪を出して清水に見せけるが、清水曰此冑の如きは我心にいらず、是は我拳を挙ても能挫くべしと、鍛冶大に詈りて曰、御士の言は鉄石のごとく成べし、其冑拳を以て砕き給はゞ、御望に任せ、価をうけず、妙珍が秘製を用ひ冑を作りて進ずべし、疾ゝ冑を破給へと募る、元来清水は大兵ならず、面相容貌頗平人に類ひしければ、絶世の強力とはおもひかけざるも理なり、清水莞爾として、冑を左の掌にのせ、右の人さし指を以圧之に、鉄砲の痕より大に指の形に圧窪めり、其後鍪を碁盤にのせ、拳を挙げて徐に打之けるに、冑ひしげて荷葉の風に破たるごとくになれり、後に細川家に至り、臂力を以食禄五百石に仕官せり、剣術、柔術、其外武芸に聞ゆ、誠に絶代の壮士なり、愚云、清水力に誇る意あり、冑を砕きたるは血気の甚きものなり、妙珍が詈る事ありて、後に冑を砕ねば、男夫の道立ぬになりゆきたるは、先の過言ある故なり、游侠は武道にあらず、武士万人に優る力ありとも、常に隠して人に知られず、忠義にあらざればこれを奮じと覚悟すべし、

書き下し

一右の戒ものがたりにつひていふ事あり、彼淸水氏は、元來寺澤家の浪人なりけるが、後に黑田家の陪臣となれり、或時冑の名鍛、妙珍と云者の家に至り、樣の鍪を乞て見けるに、最上の重鍪を出して淸水に見せけるが、淸水曰此冑の如きは我心にいらず、是は我拳を擧ても能挫くべしと、鍛冶大に詈りて曰、御士の言は鐵石のごとく成べし、其冑拳を以て碎き給はゞ、御望に任せ、價をうけず、妙珍が秘製を用ひ冑を作りて進ずべし、疾ゝ冑を破給へと募る、元來淸水は大兵ならず、面相容貌頗平人に類ひしければ、絕世の强力とはおもひかけざるも理なり、淸水莞爾として、冑を左の掌にのせ、右の人さし指を以壓之に、鐵砲の痕より大に指の形に壓窪めり、其後鍪を碁盤にのせ、拳を擧げて徐に打之けるに、冑ひしげて荷葉の風に破たるごとくになれり、後に細川家に至り、臂力を以食祿五百石に仕官せり、劔術、柔術、其外武藝に聞ゆ、誠に絕代の壯士なり、愚云、淸水力に誇る意あり、冑を碎きたるは血氣の甚きものなり、妙珍が詈る事ありて、後に冑を碎ねば、男夫の道立ぬになりゆきたるは、先の過言ある故なり、游俠は武道にあらず、武士萬人に優る力ありとも、常に隱して人に知られず、忠義にあらざればこれを奮じと覺悟すべし、

現代語訳

一つ、右の戒めの物語について言うことがあります。あの清水氏は、もともと寺沢家の浪人でしたが、後に黒田家の陪臣になりました。あるとき、冑の名鍛冶である妙珍という者の家に行き、様々な兜を見せてほしいと頼んで見ていましたが、最上の重い兜を出して清水に見せたところ、清水は、この冑のようなものは私の気に入らない。これは私が拳を挙げてもよく砕けるだろう、と言いました。鍛冶は大いに罵って言いました。お侍の言葉は鉄石のようであるべきです。その冑を拳で砕かれたなら、お望みに任せて、代金を受け取らず、妙珍の秘製の方法で冑を作って差し上げましょう。さあさあ、冑を破ってください、と迫りました。もともと清水は大兵(大男)ではなく、顔かたちもまったく普通の人に似ていたので、絶世の強力とは思いもよらなかったのも道理です。清水はにこやかに、冑を左の掌にのせ、右の人差し指でこれを押すと、鉄砲の痕から大きく指の形に押しへこみました。その後、兜を碁盤にのせ、拳を挙げてゆっくり打ったところ、冑はひしゃげて、蓮の葉が風に破れたようになりました。後に細川家に行き、腕力によって食禄五百石で仕官しました。剣術・柔術その他、武芸で知られました。まことに絶代の壮士です。私(著者)が思うに、清水には力を誇る意があり、冑を砕いたのは血気がはなはだしいものです。妙珍が罵ることがあって、後に冑を砕かなければ、男の道が立たないことになりゆきになったのは、先の過言があったためです。游俠(任俠の徒)は武道ではありません。武士は万人に優る力があっても、常に隠して人に知られず、忠義でなければこれを振るわないと覚悟すべきです。

解説

怪力の武士が、軽い一言のせいで引くに引けなくなり、兜を砕いてみせた逸話に続けて、著者が力の誇示を戒めます。先の過言がなければ、そうする必要もなかったという指摘が核心です。游俠は武道ではなく、力は隠して、忠義のときにのみ用いよという結びです。現代の管理職に置き換えれば、権限や実力を誇示すると、後に引けなくなる場面が生まれます。力があるほど軽はずみな言動を控え、本当に必要な場面で使う。その節度が職場の信頼を守ります。
『人生の方程式』の表紙

人生を、一行の式にしてみた。

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この章句が説くこと

『武備和訓』片島武矩武備武芸鉄砲心得

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