武家小学 / 文武の偏りを戒める
一士の子孫を敎戒するは。其智を正して其氣を勇になし。其爲す事は皆信あらしむるごとくに敎戒を垂べし。故に童子日々月々智惠益に隨て邪正を考へ。邪を戒て正を揚。仮初にも恐威事をせずして勇を養ひ。少しも僞り欺かず。戲遊にも必弓矢竹馬の禮を以て士の業をなさしめ。言語は皆武家諸禮の法を用ゆべし。偖幼稚の間精氣全備る中に。先文學をなさしめ聖賢の格言を覺さしむる事是古法也。論語にも仁智信直勇剛の六つを夫ゝに各好みても。文學を好ざれば各其蔽有といへり。故に第一文を學ばずんばあるべからず。然れども專ら詩文章をのみ玩び。本朝の風俗を忘れて。言語衣服祭禮等迄漢の風俗を摸さんと欲るは是又泥着の誤なり。凡萬の物玩び好時は皆志を奪るべし。書冊に至ても一向に好時は自ら志を喪ふといへり。然ば武を專とこのむ者も又心得有べし。或は短衣を着し臂を怒し刀を按り。自ら好で事の變あらん事を欲るの俗は。是又血氣の勇者の爲處にして大なる誤なれば。其過不及を愼べし。
新字:一士の子孫を教戒するは。其智を正して其気を勇になし。其為す事は皆信あらしむるごとくに教戒を垂べし。故に童子日々月々智恵益に随て邪正を考へ。邪を戒て正を揚。仮初にも恐威事をせずして勇を養ひ。少しも偽り欺かず。戯遊にも必弓矢竹馬の礼を以て士の業をなさしめ。言語は皆武家諸礼の法を用ゆべし。偖幼稚の間精気全備る中に。先文学をなさしめ聖賢の格言を覚さしむる事是古法也。論語にも仁智信直勇剛の六つを夫ゝに各好みても。文学を好ざれば各其蔽有といへり。故に第一文を学ばずんばあるべからず。然れども専ら詩文章をのみ玩び。本朝の風俗を忘れて。言語衣服祭礼等迄漢の風俗を摸さんと欲るは是又泥着の誤なり。凡万の物玩び好時は皆志を奪るべし。書冊に至ても一向に好時は自ら志を喪ふといへり。然ば武を専とこのむ者も又心得有べし。或は短衣を着し臂を怒し刀を按り。自ら好で事の変あらん事を欲るの俗は。是又血気の勇者の為処にして大なる誤なれば。其過不及を慎べし。
書き下し
一士の子孫を敎戒するは。其智を正して其氣を勇になし。其爲す事は皆信あらしむるごとくに敎戒を垂べし。故に童子日々月々智惠益に隨て邪正を考へ。邪を戒て正を揚。仮初にも恐威事をせずして勇を養ひ。少しも僞り欺かず。戲遊にも必弓矢竹馬の禮を以て士の業をなさしめ。言語は皆武家諸禮の法を用ゆべし。偖幼稚の間精氣全備る中に。先文學をなさしめ聖賢の格言を覺さしむる事是古法也。論語にも仁智信直勇剛の六つを夫ゝに各好みても。文學を好ざれば各其蔽有といへり。故に第一文を學ばずんばあるべからず。然れども專ら詩文章をのみ玩び。本朝の風俗を忘れて。言語衣服祭禮等迄漢の風俗を摸さんと欲るは是又泥着の誤なり。凡萬の物玩び好時は皆志を奪るべし。書冊に至ても一向に好時は自ら志を喪ふといへり。然ば武を專とこのむ者も又心得有べし。或は短衣を着し臂を怒し刀を按り。自ら好で事の變あらん事を欲るの俗は。是又血氣の勇者の爲處にして大なる誤なれば。其過不及を愼べし。
現代語訳
一、武士の子孫を教え戒めるには、その智を正しくして、その気を勇ましくし、その行うことは皆、信があるように教え戒めを垂れなさい。そのため、子どもが日々月々、智恵が増すにつれて邪と正を考え、邪を戒めて正を挙げ、かりそめにも卑怯なことをせず勇を養い、少しも偽りや欺きをせず、遊びにも必ず弓矢や竹馬の礼によって武士の業をさせ、言葉はみな武家諸礼の法を用いさせなさい。さて、幼い間、精気が完全に備わっている中に、まず学問をさせて聖賢の格言を覚えさせるのが古法です。『論語』にも、仁、智、信、直、勇、剛の六つを、それぞれ好んでも学問を好まなければ、それぞれに弊害がある、といっています。ですから第一に、学問をしなければなりません。しかし、ひたすら詩文だけを弄び、本朝の風俗を忘れて、言葉や衣服、祭礼まで漢の風俗を模そうとするのは、これもまた執着の誤りです。およそ万の物を弄び好むときは、みな志を奪われるでしょう。書物においても一向に好むときは、自然と志を失うといいます。それなら武を専らに好む者も、また心得があるべきです。短い着物を着て肘を怒らせ、刀に手をかけ、自ら好んで事変があることを望む風俗は、これもまた血気の勇者のすることで大きな誤りですから、その過不足を慎みなさい。
解説
この章句が説くこと
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『武教小学』子孫敎戒(一)子孫の恩情は、天道の自然、血脈相続の成す所なり。人倫の厚き、何事か之に及ばん平。我が身既に没して、嗣子放僻なれば、則ち家絶え身滅ぶ。何を以て恩愛の甚しきに、教戒を垂れざる事あらん哉。士は、大丈夫を以て勇と為す。愛恵の切なるに於いて、信勇之を戒めざれば、則ち志士仁人に非ず。(孟子曰く、富貴も淫すること能わず。貧賤も移すこと能わず。威武も屈すること能わず。此を之れ大丈夫と謂う。)凡そ幼稚の間は、気の稟くる所、唯だ天然にして、心知未だ主とする所有らず。其の習い日に長じ月に益し、善悪の機する所、甚だ慎む可し。張横渠曰く、今の世の男女、幼より便ち驕惰懐了し、長ずるに到りて益々凶狠なり、と。又曰く、子を愛して教えざるを、驕子と曰う、と。士の子孫を教戒するは、其の知を正しくし、其の機を勇ましくし、其の事を信にす。(曲礼に曰く、幼子には常に視て誑くこと勿れ。立つに必ず方を正しくし、傾き聴かず。云云。)故に知の発するに於いて、邪正を考え、邪を戒め正を揚げ勇を養いて、之を恐れ威さしめず。少事と雖も、詐偽を以てせず、戯遊には必ず弓矢竹馬の礼を以てし、言語は皆武義礼譲の節を以てす。其の精気を全うし、情欲を寡なからしめ、教うるに文学を以てす。(論語曰く、仁を好みて学を好まざれば、其の蔽や愚。知を好みて学を好まざれば、其の蔽や蕩。信を好みて学を好まざれば、其の蔽や賊。直を好みて学を好まざれば、其の蔽や賊。勇を好みて学を好まざれば、其の蔽や絞。剛を好みて学を好まざれば、其の蔽や狂。云云。凡そ幼稚精気全備の節は、先ず学を以て先聖の格言を覚えしむ。
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『武教小学』子孫敎戒(二)是れ古の法なり。)然れども或いは記誦に陥り、或いは詞章を玩べば、則ち倭俗を忘れて漢様を欲す。(婚冠喪祭衣服言語、必ず漢俗に模せんと欲するは、是れ泥着の致す所なり。)明道曰く、凡百の玩好は皆志を奪う。書札に至るまで、好に向かいて着すれば、亦自ら志を喪う、云云、と。人に気稟の異有り。故に其の軽重清濁を考え、習い馴れしむ。言語已に通ずれば、則ち師を選び友を考え、人品の下に到らしむること勿れ。(康節邵先生、子孫を戒めて曰く、上品の人は、教えずして善し。中品の人は、教えて後に善し。下品の人は、教えても亦善からず。教えずして善きは、聖に非ずして何ぞ。教えて後に善きは、賢に非ずして何ぞ。教えても亦善からざるは、愚に非ずして何ぞ、と。)師弟の相接するは、尤も敬恭す可し。兵書武冊は、汚席に置く可からず。盥漱して之を披く。師を貴ぶこと父兄の如くす。(父兄は、天然の序なり。師は我を導き、道義に到らしめ、五倫の明らかなるを知らしむ。其の恩情至って厚し。豈に忽にするが如くならん平。我士と為りて、武書武事を軽んずる者は、志士に非ざるなり。)凡そ女子の教戒は、甚だ以て慎む可し。其の法多く儒弱を以て教えと為す。大いに誤りなり。士の妻室たる者は、士常に朝に在りて、内を知らず。故に夫に代わりて家業を戒む。豈に儒弱を以てせん平。夫れ男は内を知らず、女は外を言わず。宮室の為に内外を弁ず。(内則に曰く、礼は夫婦に始まる。宮室の為に内外を弁ず、云云。)男女の為に椸枷を同じくせず、敢えて夫の楎椸に懸けず。舅姑の道を能くす。(皆内則の言也。
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『武家小学』・子孫への厳しい教え一子孫の恩情は天道の自然にして血脉の相續する處なれば。人倫の中に於は厚の至にて何事も是に及はなし。我身旣に沒して後家督の嗣子身持放蕩なれば。家を絕し身を滅す也。恩愛の甚しきを以て。敎戒なく子孫不行跡なるは是父の誤也。夫士は大丈夫を以て勇とす。故に其身富貴にても人をあなどらず。能道を守り。貧賤にても志賤からず行潔く。威猛き人にも恐れず勇氣撓ざる也。然ばこの大丈夫の志を以て愛惠の誠を子孫に盡さば。敎戒を嚴しく致べき事也。然るを一偏に不便なりとのみ思ふて。子孫を愛す計りにて敎なく育れば。姑息の仁とて老姥等が仕業なり。丈夫の志にはあらず。却て子孫の仇と成也。士は信勇を以て敎戒むべし。戒ざれば志士仁人にあらず。
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『武家小学』・幼少期の習い一凡幼稚の間は氣の稟る處唯天然にして生のまゝ成ゆゑ。善惡を辨る事あたはず。心にいまだ主とする所なく。物に移り染易く。其習ふ事は日々月々成長するに隨て知惠增善惡の兆所なれば甚愼べし。惣じて最初心に見馴聞習ふ事はよく覺へ染て。終に其身の得手と成て一生涯ぬけざるものなれば戒愼べし。都て男女とも幼稚の時より戒なく氣まゝに育れば長と成て驕り惰て家業を愼まず。又敎なき時は癖功者付て物事を意にすまし父母の命を背きて己が意の儘の働を爲べし。されば他の諫言は猶更聞用る事なきゆゑ天地の道理に背て。終に天下の廢人と成べし。子を愛して敎ざるをば。子を驕らする不慈の父といへり。
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『武士訓』卷一・第4段世俗の說に。われは武人なり。武をこそ專らにすべけれ。文はまなぶにたらずといふは。武の本意をしらざるなり。文武は。車の兩輪のごとく。鳥の二翼にひとしければ。かた〳〵かけてはたちがたし。邵堯夫文武吟にも。旣爲文士。必有武備。文武之道。皆我家事と賦せり。但し文武をまなぶに。まづ文學をすゝめて忠孝の道をさとしめ。其のちに武術をならはすべし。武術を前にして。文學を後にすることなかれ。許棐氏が語に。讀孔孟之書而不嗜殺人者。未爲仁人也。讀孫吳之書而不嗜殺人者。仁人也とあるを考べし。軍學すらすでにしかり。况や其以下の小藝をや。文學は木の根本のごとく。諸藝は枝葉にひとしといへり。幼より文學をせざるうちに。外の藝にわたれば。事によりて。先入主となりて。害をまうくることも多しとなむ。
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『武家小学』・師を敬い書を尊ぶ一偖人には氣稟の異あり。故に其氣の輕重淸濁の品々を考て。夫ゝに習すべし。詞も通じ物事合點の行程に至らば。師を選び朋友を考て。人品の下に至らざるどくに育べし。師弟の相接りは尤敬恭すべし。稽古惰弱にて學ぶ所實なければ敎を受て益なき也。經書武冊等は汚たる座席には假にも置べからず。是書冊を貴ぶ計にはあらず道を尊ぶが故也。手洗ひ口漱て書を披見べし。師を貴ぶ事父兄のどくすべし。師は我を導て道と義とに至らしめ。五倫を朋かに知らしむる。其恩情は至て厚し。故に忽にすべからず。况士として兵書又は武の事を輕ずるは志士にあらず。

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